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シュトライバー大尉の拳銃

 撤収の準備が続くメール・レ・バン。

 ベルリンへの帰還命令を受けたはいいのだが、大反攻作戦を喰ったばかりの独国軍は、未だ混乱状態にあり、移動手段が無い状態だった。

 だが俺は、熟練の下士官で、戦場暮らしも長い。何もないところから、何とかするのが独国軍の下士官だ。身一つで移動するなど、幾らでも手段はあった。

 ここで、ぐずぐずしていたのは、クーゲルブリッツのつるんと丸い砲塔を搭載した僚機、P-21の行方を探っていたからなのだが、どうやらそれも限界に近づいていた。

 刻々と入ってくる、米軍を中心とした連合軍は、確実にノルマンディに強固な橋頭堡を築き、占領下の仏国解放への第一歩を踏み出したようだ。

 伝手を使っての捜索は、もう無理らしい。それどころではないのだ。

 生意気だった、クルト・ヴァランダー准尉の顔を思い出す。

 これで、ともに戦った少年兵は皆死んでしまったことになる。

 いつだってそうだ。あっという間に逃げてしまったアルブレヒト・ホフマン大佐の様な卑劣な男が生き延びて、勇者ばかりが死んでゆく。

 気が重いが、非公式な捜索の打ち切りを、元・指揮官のアルフレード・シュトライバー大尉に報告に行かなければならない。


 病室は静かだった。

 士官用の個室が与えられており、加えてシュトライバー大尉は物静かな男だった。

「やあ、ディーター。もう、出発かね?」

 いつからか、この海軍予備役士官は、俺の事をファースト・ネームで呼ぶようになっていた。海上を走る戦車……前例のない珍兵器を運用する責任士官という重圧から解放されたせいか、表情すら明るい。

 まるで、冬の枯れ野のような、しんと冷えた気配を纏っていた『死にたがりのシュトライバー』の面影はない。

 なんだか、憑き物が落ちたかのようだ。

「そろそろ、ベルリンに顔出さないと、まずいっす。P-21は、引き続き捜索を頼んでおいたっすよ」

 それを聞いて、シュトライバー大尉の顔が曇った。

「そうか……、出発前の忙しいときに、面倒をかけたね」

 ぽつんと、呟く。あのノルマンディの決戦の前夜、フランツ・オイゲン准尉の相談に乗っていた大尉を思い出す。

 突き放すように冷たい男に思われがちだが、この予備役の海軍士官には傷を負った者に寄り添うことが出来る優しさがあった。まぁ、本人は意識していないのだろうが。

「それじゃ、そろそろ行くっす。後方輸送のトラックに便乗させてもらえることになったんすよ」

 何を、言わずもがなの事を言っているのかと、自分でも可笑しくなる。

 認めたくないが、俺はこの男と別れがたく思っているのだろう。戦場で培った絆というやつか。

「ディーター、こいつをもらってくれ」

 ベッドの脇の小さな棚から、ホルスターと拳銃をシュトライバー大尉が取り出した。

 いつも、きれいに整備し、彼が大事にしていたワルサーP38だ。

「官給品じゃないすか。受け取れないっすよ」

 俺は断ったが、シュトライバー大尉は笑ってそれを差し出してくる。

「怪我が治ったら、私はどうせ軍法会議だ。今更、官給品紛失の罪が加わっても大したことじゃないさ。それに、もう、私には必要ないんだよ」

 くそっ! なんて顔で笑いやがる。

 どうやら、アルフレード・シュトライバーの戦争はもう、終ってしまったみたいだった。

「まぁ、そういうことなら……」

 気まずい思いで、拳銃を受け取る。心がザワつくのは、なぜだ?

 なんだか、自分が置いて行かれた様な気になっちまったからか?


「では、さらばだ。生意気な戦車野郎、死ぬなよ」


「了解っす、ポンコツの海軍野郎、アンタも達者で」


 互いに共謀者の笑みを浮かべながら、敬礼を交換する。

 凍えるバレンツ海で、激闘のセーヌ湾で、ともに戦ったシュトライバー大尉を見た、最後の姿がこれだった。


 負傷兵を乗せたトラックの助手席に座る。

 幌に赤十字のマークを付けた、傷病兵用の輸送トラックだが、くそヤンクスやくそトミーの戦闘機は、お構いなしに機銃掃射をしてくる。

 さすがに爆撃はしてこないが、それは人道的見地ではなく、爆弾がもったいないからだ。

 機銃掃射も、射的の的のような、遊び感覚なのだろう。

 殴り返す拳がないのが、なんとも腹立たしいが、仏国に上陸された今、欧州の制空権は、完全に連合国の物になってしまっていた。

 ヘッドライトもつけず、臆病なネズミの様に、夜陰に紛れて移動する。

 トラックの運転者は、兵站を担当する輸送部隊の軍曹で、数ヶ月前までアフリカ戦線にいたそうだ。

 偶然だが、英国軍トミーのジープ・パトロール隊に発見され、追撃されている時に、俺が所属していた中隊に助けられたことがあったそうだ。

 その恩返しという事で、便乗させてもらっているわけだ。

 かなりガタがきているトラックなので、簡単な修理などが出来る俺がいると、助かるということもある。

 何せ、俺以外の乗客は、衛生兵一名と、歩くことすら出来ない負傷兵が十名ほどなのだから。

 武装はない。

 シュトライバー大尉にもらったワルサーP38と、トラックに備え付けのKar98K・ボルトアクションライフルだけだ。

 どちらにせよ、戦闘機に見つかったら最後なのだ。武装など意味がない。

 暗視双眼鏡で、監視しながらの移動。

 出来れば、ロストックに立ち寄って、幸運亭の皆に我々の事を伝えたかったのだが、海岸線は危険ということで、大きくルートが外れてしまった。

 沿岸の港は、小さな漁村も爆撃対象になっているらしい。Uボートの掩蔽壕ブンカーがあるのではないか? と、疑ってのことだ。

 Uボートに対する連合国の憎悪の念は強い。それだけ、散々叩かれたということなのだろう。その執念が、対潜技術の急な進化を促し、それに対抗するために、ペンギンのような珍兵器が海上を走ることになったわけだ。

 我が物顔で、上空を飛ぶのは、P-47という米国軍の急降下爆撃機だ。サンダーボルトの愛称をもつこの戦闘機は、本来は高い運動性能で偵察機として運用されていたが、制空権を握り偵察任務の重要性が低下した現在は、ロケット砲を搭載して、低空に突っ込んで戦車やトーチカを爆撃する役目も担っていた。

 欠点は、航続距離の短さだったが、内陸に拠点が築かれつつある現在、制空権を失った独国軍はこいつらに悩まされることになる。

 事実、こうした急降下爆撃機は戦車の天敵で、戦車乗りは『ヤーボ』と呼んで恐れていた。『ヤーボ』とは、戦闘爆撃機ヤークト・ボンバーの略で、頭に『糞』を付けるのが通例だ。糞ヤーボどもめ。呪われろ。

 トラックの運転手に礼を言って、シュビーロー湖の畔にあるフェルという町で降りた。

 ここからは、ポツダムまでバスが運行されていて、ポツダムから鉄道でベルリンに入った。さすがに、まだこの近辺は爆撃されておらず、鉄道も普通に走っていた。いつまで、続くかわからないが。

 

 ベルリン市内にある、陸軍本部に出頭する。

 商業ビルを一棟丸ごと接収した本部は、軍の施設というよりまるで巨大な役所で、軍服の人事担当の兵士や総務担当の兵士がいなければ、役所だと言われても違和感がない。

 女性士官も多く、俺の経験上、権力を握った女性士官は、クズの男性士官より数段意地が悪い。まぁ、優秀な人材も多いがね。両極端なんだよ。

 配属転換担当の窓口を探す。

 ここで、正式な辞令交付を受けるのだが、いい担当士官に当たるのを祈るばかりだ。


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