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夜陰を衝いて

 闇夜のベルリンを駆け、伝令が持ってきたのは『非常呼集』の最優先命令書だった。

 俺は、常にまとめてある持ち出し用のダッフルバッグを担いで、まったく寛げなかった豪華な部屋を眺めた。

 数瞬迷ったが、殆ど手を付けていないコニャックの瓶を掴む。

 それを、ダッフルバッグに押し込んだ。

 ロストックの『幸運亭』を思い出す。

 何かを部屋に残しておくと、再びそこに帰ってこれる……という縁起担ぎをしていたっけ。

 だから、コニャックを残しておこうかと思ったのだが、やめた。

 絶望的な戦況。

 捕虜を慰みで殺す様な、糞ヤンクスに捕まるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 俺には漠然とした死の予感があった。一度戦闘が起これば、どちらかが全滅するまで殺し合うような戦になる。

 負傷者を救出する不文律の不戦時間を作り、敵味方が肩を並べて互いの負傷兵を救護するような騎士道に溢れた戦争など、アフリカ戦線だけだった。

 糞ヤンクスが噛んでから、戦争は血なまぐさくなった。

 我が国の同盟国である日国との戦線では、日国兵の頭蓋骨で灰皿を作り、大腿骨でナイフの柄を作って大喜びなのだそうだ。

いったい、どこの蛮族の話なのかと疑いたくなる。

 民間人への掠奪、暴行、強姦は当たり前。東南アジアの日国入植地などは、ひどい状況になっているらしい。民間人まで、死に物狂いで抵抗し、力尽きると集団自決するほどに。

 この欧州戦線でも、糞ヤンクスのおかげでひどい状況だ。

 攻防の激戦区になった白耳義国など、無差別爆撃でのコラテラルダメージがシャレにならない規模で拡大していた。『戦略爆撃』などと名前をつけ、確信犯でやっているのが性質が悪い。

 解放された仏国でも糞ヤンクスによる『自由恋愛』が多発しており、敵味方見境なしとは、恐れ入る。

 噂では、反攻作戦の舞台は白耳義国。

 視界の悪い森林地帯での小まわりが利く動きの訓練が多かったのが、その推測の根拠だ。

 間違いない、俺たちの戦場は『アルデンヌの森』のはず。

「マジノ線の勝利、再び」

 ということらしい。連合軍は、同じ手にひっかかってくれるかね?



 第一SS機甲師団本部の会議室に集められたのは、師団の急先鋒であるパイパー戦闘団らしかった。

 我々の役目は、槍の穂先。敵に突き込む嚆矢だ。

 その戦闘団の更に先端に、『ならずもの小隊』は居る。

 サイドカー部隊六人、山猫の悪童四人、442号車五人、ポルシェ・ティーガー五人。

 この二十名が、真っ先に連合国軍へ食い込む楔となる。

「諸君、先日の救出作戦、見事だった」

 全員が集まったのを見計らって、戦闘団の団長を務めるパイパー中佐が口を開く。

 独国が理想と掲げる、ハンサムなアーリア人の顔。

 その顔に刻まれているのは、『君たちを誇りに思う』という感情。

 だが、俺はこの最年少のエリートSS中佐の裏の顔を知っている。そうでなければ、テルオー・バッカード准尉や、山猫の悪童どものように、このカリスマ性にやられてしまったかもしれない。

 この男は、新生・第一SS機甲師団に危機感を抱いている。

 どの部隊より恵まれた補給を受けながら、一戦闘で燃料が尽きてしまうという、悲惨な状況が意味するところも。

 各部隊に密偵を送りこまなければならないほど、ガタガタということだ。

「いよいよ本番だ」

白布で隠されていた地図が晒される。やはり、アルデンヌ高原の森林の地図だった。

「作戦名は『ラインの守り』となる。機甲師団を中心とした兵力で、兵站が伸びきったヤンクスの鼻柱をぶん殴り、ブリュッセルを奪還する。我々はその先鋒となる。諸君らの小隊は、我らの進軍ルートの索敵、そして、何より重要なのは……」

 弁舌さわやかに、パイパー中佐が捲し立て、地図の一点を指差す。

 ブリュッセルと我々が進軍するアルデンヌ高原の森林帯の中間にある、小さな集落ビューリンゲンだった。

「諸君らは、ここを急襲することになる。ここは、米軍の補給基地があり、ナメたことに、ほぼ非武装の輸送部隊があるだけなのだ。ここにガソリンがある」

 パイパー中佐は、自軍から補給できないなら、敵から奪えばいいと判断したらしい。

「スタブローにも同様の補給基地があり、同時に別の部隊が襲撃をかける手筈になっている。かなりの量の燃料が手に入るはずだ」

 パイパー中佐が話せば、なんとも景気のいい話に思える。だが、冷静に考えると自軍で賄う事すら出来ないほど、我々は追い詰められているという事に他ならない。

 優先的に物資を融通してもらえるはずの第一SS機甲師団でさえ、この有様とは。

 地図のアルデンヌの森を見る。


 ―― ここが、俺の墓場になるのか……


 不思議と恐怖は感じなかった。

 どうせ、この軍隊以外に俺の居場所はない。

 貧民窟に戻ることなど、今更出来ないのだ。

 小隊長のサボゥ・シェーンバッハ中尉を見る。この男も、パイパー中佐のまやかしに騙されなかった者の一人らしい。

 皮肉な笑みをちらっと漏らして、無表情の仮面にすぐそれを隠してしまった。

 悪童の頭 アウグスト・グッテンマイヤー伍長と目が合う。彼もまた幻惑されなかった一人の様だ。顔は笑っていたが、怖い眼をしていた。

 あまり事態が良くないのを悟ったか。もしくは、知っているか……だ。

 とにかく、燃料を奪取しないと初戦以降の戦闘は継続できない。一戦闘分の燃料しか我々には手持ちがないのだ。

 戦車の性能が良くても、乗員の練度が高くても、腹ペコの戦車では戦えない。

 あっという間に襲い、燃料を廃棄するヒマすら与えずに、圧倒する必要がある。ほぼ無防備の輸送部隊でも、燃料を燃やしてしまう事ぐらいは出来るし、そうされたら万事窮すだ。

「俺らの出番っすかね」

 隣に座っている悪童の頭、グッテンマイヤー伍長が、俺だけに聞こえるようにつぶやく。

「まぁ、そうなるわな」

 隠蔽性と機動力を兼ね備えているのは、彼等の山猫『電撃号』だけだ。

 ダッフルバッグから、上物のコニャックを取り出す。

「お前らにも、燃料が必要だろう。持っていけ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、山猫の車長がその瓶を受け取る。

「何よりっす」


 情報漏洩防止のため、俺たちはこのまま本部に残ることになった。

 態のいい軟禁だ。

 パイパー中佐は、この作戦が薄氷を踏む作戦であることを理解している。

 だが、これはチョビ髭伍長殿の肝いりの作戦であり、あからさまに反対する事は出来ない状況だ。

 ならば、せめて少しでもリスクを減らしておきたいと思ったのだろう。

 第一SS機甲師団本部のビルの前庭に、カモフラージュ・ネットと土嚢とバラックで簡易掩蔽壕が作ってあり、ポルシェ・ティーガー11号機、Ⅳ号戦車442号機、Ⅱ号戦車L型159号車こと『電撃号』が隠されている。

 進発は深夜。

 夜っぴて走り続けて、一気にミンデンという町まで抜ける。

 そこで、夜になるのを待ち、深夜にまた街道を走る。目的地は最前線基地となっているケルン。そこで、補給を受け山猫とサイドカー隊が敵の位置を掌握。

 我々の襲撃目標であるビューリンゲンまでは、待機場所となるケルンからおよそ八十キロメートルほど。そこで、急襲の機を測ることになる。

 我々が集められた会議室で、持参のダッフルバッグを枕に仮眠する。

 状況は絶望的だが、独軍の戦車兵はいつもそんな感じだ。

 制空権は失って久しい。

 夜陰に紛れ移動するしかない。

 軍の気象予報班の情報だと、天候は崩れてきているそうだ。本格的な雪になるかもしれない。

 数少ない……否、唯一の好材料がそれだ。

 吹雪の夜に、糞ヤーボ(独軍が名付けた戦闘爆撃機の総称)どもは飛ばないからだ。


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