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ベルリンに降る雪

 借り上げた農場での訓練が続いている。

 一九四四年も十二月に入ろうとしていた。

 ノルマンディ上陸を阻止すことに失敗してから、もう半年が経過したことになる。

 ラジオの放送では相変わらず景気がいいニュースが続いているが、実際の戦況はひどいもので、わが軍はずるずると後退を続けている。

 米軍を主体とする連合軍の勢いは止まることなく、補給基地の設置すら間に合わないほどらしい。

 兵站線が伸びきっているということなのだが、航空戦力が殆どない独軍は、進軍する先鋒の背後を叩いてひたすら駆ける敵の矛先を鈍らせることすら出来ない。

 防御のための野戦築城すらせず、トラックを並べるだけというお粗末な敵の兵站基地が、敵の背後を支えていた。

 こうした稚拙な兵站は、本来は機動部隊の餌食なのだが戦闘車両が掩蔽壕から出ようものなら、待ち構えていた米軍・英軍の急降下爆撃機の餌食になってしまう。

 身軽な護衛戦闘機も、戦うべき相手がいないことから、ロケット砲を抱え爆撃機の真似事をしている有様だった。

 悲惨なのは、民間人だった。

 英軍はロンドン空襲のお返しとばかりに執拗な爆撃を続け、米軍もそれに便乗している。

 焼け出された難民の群れを、面白半分に機銃掃射するなど、糞ヤンクスは問題行動が多いが、上層部は見て見ぬフリだ。

 空軍もひどいが、陸軍もひどい。

 奪還した仏国全土で仏国人を、焼け出された独国系移民たちを、スパイという名目で家畜の様に殺し、若い娘は「兵士と民間人の自由恋愛」という名目で強姦された。

 両手を縛って走らせ、射撃の的にするといった蛮行も主に米軍が娯楽でやっていた。

 暴行や掠奪も横行し、まるで十字軍時代に逆行したような有様だった。

 そんな、生の情報を耳にしながら、俺たちは淡々と訓練を続ける。

 静かに深く糞ヤンクスへの憎悪をたぎらせながら。

 両親と身重の妻を殺され、天涯孤独の身となった『ならず者小隊』の小隊長サボウ・シェーンバッハ中尉も、普段と変わらず訓練を続けている。

 優先的に燃料を融通してもらえる俺たちは恵まれていた。

 新兵の戦車兵訓練学校など、荷車を手で押しながら戦車の真似事をする……などという事態なのだ。

 パイパー中佐が、実戦参加に拘るわけだ。

 事実、実際の戦場に一度でも立つと、動きが変わるものだ。

 俺の様に、現場を離れていて腕が錆びついていた者も、Ⅳ号戦車442号車の装填手テッケンクラート二等兵の様な甘い坊ちゃんも、等しく。

 間もなく、出撃という噂があった。

 軍事機密も、前線の兵士の間では『噂』という形で流れる。

 ガセも多いのだが、状況から考えると信憑性は高いと俺は踏んでいる。

 同盟国(実際は占領統治)だった白耳義国が陥落し、ブリュッセルが連合国が占領する事となり、いよいよ独国の喉元にナイフの切先が突きつけられる事態になったからだ。

 それに、士気を鼓舞するためなのか、勲章が授与され昇格人事も乱発されている。

 Ⅳ号戦車442号車の全員に『特別功労勲章』が授与され、同時に『撃破エース章』も授与された。単騎で七台もの敵戦車と交戦し、六台を撃破したことに関する褒章だ。

 それに、民間人避難に橇を筏代わりに使うなどの工夫を行ったことに関する勲功として、テルオー・バッカ―ド曹長が、野戦准尉に昇格となった。

 いつの間にか、彼が発案したことになっており、俺は手柄を横取りされた様な形になっていた。

 俺は気にしなかったが、横取りした当人のテルオー・バッカード曹長が意識していて、他の乗組員もいい感じがしなかったのか、なんだかギクシャクした雰囲気になったのが煩わしい。

 俺たちは民間人を、強姦・掠奪が身上のロスケから守るために派遣されたのであって、その行為によって授与される勲功は一つの結果に過ぎない。

 大事なのは、百名近い民間人が誰も殺害されたり、強姦されたりしなかった事。それだけだ。

「やっぱり、やりましたか。変わってねぇなぁ。今度は、背中から撃たれない様に気を付けてくだせぇよ」

 悪童の頭目アウグスト・グッテンマイヤー伍長は、そう言って笑っていたが。



 首都ベルリンも、空爆されるようになっていた。

 高高度からの爆撃なので散発的だが、これは我々が次第に追い詰められてきている証拠だ。

 このベルリンの郊外のどこかに高射砲陣地があり、おそらくペンギンの生き残りの一人機銃手を務めたエーミール・バルチュ伍長が、どこかにいるはずだ。

 高射砲陣地は軍事機密なので、気軽に訪ねていくことなど出来ないが、搭乗している442号車の微妙な雰囲気を味わっていると、何日も一緒に波間に漂った仲間が懐かしくなる。

 置かれた環境は、今より遥かに過酷だったが、一緒に困難に立ち向かう一体感のようなものが、ペンギンにはあったような気がする。

 極寒のバレンツ海で。

 荒涼としたフグロイ島の岩場で。

 見捨てられたベア島で。

 敵中深く潜入した白海で。

 血まみれのノルマンディーで。

 俺は戦った。この国美しい山河のために。

 俺には、ちょび髭の伍長殿への忠誠心などない。

 彼の信奉者どもにしても、それが都合がいいから信奉しているフリをしている者が殆どだろう。

 ユダ公は嫌いだが、民族ごと根絶やしするほど憎んでいるわけではない。

 被差別民出身の俺は、むしろ選民思想がベースとなっているこの国の仕組みが嫌いだ。

 だが、独国という美しい風土が好きだ。そして、俺に居場所を作ってくれた軍隊が好きだ。

 そのために、戦う。

 テルオー・バッカード准尉殿の様に、カツガツと野心を食い散らかすのもいいだろう。

 それも一つの生き方だと思う。


 ―― 俺は、何を求めて戦うのだろう?


 昔はそんなことは考えなかった。

 上手に大砲を撃つと褒められて、賞賛される。貧民窟ジプシー風情が……だ。

 しかし、戦場での『意味』を考えるようになってしまったのは、ペンギンの指揮官アルフレード・シュトライバー大尉に影響されたのかもしれない。

 救えなかった命への贖罪の為に戦う男だった。

 彼は説教じみたことなど一言も言わなかったが、その背中がいつも『なぜおまえは、ここにいるのか?』と、問いかけて来ていたような気がする。

「いけすかない、海軍野郎め」

 彼から受け取った、ワルサーP38をボロ布で拭って、ホルスターに収める。

 俺の部屋の中。

 窓の外は雪。

 灯火統制のために、闇に沈んでしまったかのようなベルリンに細かい粉雪が舞っている。

 俺の部屋のドアにノックの音がしたのは、その時だった。


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