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機動部隊との決着

 榴弾では、軽戦車とはいえ敵を仕留めることは出来ない。

 だが、今回はたまたま敵の乗員を脱落させる事は出来た。

 スチュアートが怯んだ。フラフラと酔っ払った様な動きをして、こっちに側面を向けていた。

「次弾徹甲! 急げ! 急げ!」

 敵の側面を照準に捉え続ける。装填が間に合えば、撃破は可能だ。

 ガチン、ガチンと立て続けの着弾。鋼を巨大なハンマーでぶっ叩いたような耳障りな音が、車内に響いた。

 BT-7の47ミリM1934が、俺たちを捕捉したのだ。

彼我の距離はおよそ七百メートル。

 正面装甲を向けた直後なので、幸いな事に貫通弾は無かったが、操縦席の視界用フラッペなどの装甲が薄い部分にピンポイントで当てられると、抜かれる距離だ。

 その間に、スチュアートが急制動をかけて、ぐるりと方向転換する。

 機影が照準器からロストした。

「くそ!」

 俺は罵りながら砲塔旋回ハンドルを回した。

 だが、快速のスチュアートは、その旋回スピードを凌駕していた。

「全速後退! 路肩で右側面を守れ!」

 飛び跳ねるように急発進して、放水路脇の砂利道からⅣ号戦車が後ろ向きにズリ落ちる。

 高低差は僅かだが、車体の下半分は道路に隠れるようになった。

 履帯が砂利を跳ね飛ばし、砂塵除けの履帯カバーに小石が当たる細かい連続音が聞こえた。

 俺たちは後進しながら、追撃してくる軽戦車を迎え撃つ形になった。

 まるで、重装歩兵が盾を構えて軽騎兵の突進を防いでいるかのように。

 スチュアートが、我々の右側を追い越す動きを見せる。

 本当は、路面で守られていない左側面を狙いたいのだろうが、水害対策でやや盛り土になっている放水路の側道を乗り越える時に減速するのが怖いのだろう。

 かといって、このまま加速して右側を通過するのも危険。

 ならば、相手の採るべき作戦は、右側を追い抜く構えを見せつつ俺たちを牽制し、後続のBT-7に狙撃を行いやすい状況を作る……と、いったところか。

 スチュアートの37ミリ戦車砲M6からマズルフラッシュが見えた。

 シュッという空気を裂く音が、Ⅳ号戦車の僅か頭上を走り、遅れて鋭い砲声が響く。

 テルオー曹長が、車長席のキューポラに慌てて身を伏せ、

「くそ! くそ! 今のは近かったぞ!」

 と、口汚く罵る。

「髪を何本か、引きちぎられたんじゃねぇんですかい」

 ガクンと車体を減速させ、再び急発進させながら、操縦手リヒテンシュトーガ上等兵がまぜっかえす。

 年齢のわりに、髪が薄いのがテルオー曹長の悩みのタネだった。

 Ⅳ号戦車の変則的な動きに幻惑されて、スチュアートの次弾は後方に流れ、放水路の半ばに水柱が立った。

「ストレスで禿る前に、やっつけちまおうぜ」

 ゲラゲラと笑いながら、俺がスチュアートを追尾する。

「お前ら、覚えとけ!」

 傷ついた演技をするテルオー曹長のセリフに、たまらず装填手のテッケンクラート二等兵が噴き出した。


 士気が落ちていないのは良い事だが、事態はジリ貧だ。

 残った一台のスチュアートが手強い。

 動きにパターンを作らないのだ。操縦手の腕がいい。

 ただし、砲手が凡庸なのでなんとかなっている。撃つタイミングが速いし、狙いが雑だ。

 問題は、BT-7の狙いが正確になっている事。

 俺たちが、うるさいハエの様に飛び回るスチュアートにかまけ、自分たちに狙いが来ないとタカをくくったのか、回避行動もとらすに行進間射撃に徹しているのだ。

 路肩で右側面を守り、正面装甲を向けてエンジンルームなどの弱点をカバーしているが、数を頼りに包囲され、近距離から側面や後方を撃たれたら、相手がいくら豆鉄砲でも撃破されてしまう。

 スチュアートに向って、偏差射撃を試す。

 だが、読まれた。こっちが放った75ミリ砲弾は、地面を抉っただけだった。

相手は、決して単調な動きはしてこない。

 たいした集中力だ。まぁ、一発でも当たれば、消し飛ぶのが分かっているので、必死なのだろう。

「BT-7を先にやっちまいますぜ。ラチがあかねぇ」

 そう宣言する。

 BT-7からの45ミリM1937が、砲塔を掠め、車体右側面の追加装甲シュルツェンに穴を開けて虚空に飛び去る。

「任せる、何とかしてくれ」

 テルオー曹長が言った。彼もまた、こっちがジリ貧なのを意識していたのだろう。

 スチュアートを狙うようなふりをして、照準器の隅にBT-7を捕える。

 ナメた事にだいぶ距離を詰めてきていて、目測では五百メートルほど。ツルンとした特徴的な円筒形の砲塔まではっきりと見えた。

 チカチカとBT-7の備砲が瞬き、たて続けに着弾する。

 魔法の様に、追加装甲にポカッと穴が開き、車体に二つ火花が散った。一発は、シュっという空気を裂く音を残して、飛越する。

 ガクン、ガクンと着弾の衝撃で車体が揺れ、パラパラと錆び止めのペンキが降る。

 右側面に走り出たスチュアートが、グンっと距離を詰めて来て、砲撃してきた。

 距離は三百メートルといったところか。

 37ミリ戦車砲M6は初速が速く、貫通力がある。

 ひやっとしたが、砲弾は路肩に当たって土と小石を跳ね上げただけだった。履帯を狙ったらしい。

 砲塔をスチュアートの方に向ける。

 小癪な軽戦車は、急角度で方向を変え、回避行動を採った。

 そのまま、砲塔を振り戻す。

 こっちの左側面に回ろうと、道路を乗り越えようとする動きをBT-7が見せていたのだ。

 こいつを待っていた。

BT-7の角ばった車体が、斜めに持ちあがる。

元々、紙装甲と馬鹿にされている戦車だが、更に無防備な底面が見えていた。

「ナメすぎだ、馬鹿め!」

 引鉄を引く。砲弾を放たれた。

 75ミリ砲弾は、下方から斜め上方向にBT-7を貫く。

 円筒形の砲塔の天辺から放った砲弾が飛び出し、斬首されたように砲塔が車体から外れて転げ落ちた。

 この車両に続いて、路面を越えようとしていた残り三台が、慌てて元に戻る。

「次弾徹甲! 装填急げ!」

 この機を逃したくない。

 再び、土煙を蹴立てて、スチュアートが接近してきた。

 注意をこっちに向けさせることで、BT-7が逃げる余地を作ろうということなのだろうが、その手は喰わない。

 左右の動きを取り混ぜず、直線的に後退しているBT-7に狙いを定める。

「装填完了!」

 シャコンという、小気味が良い尾錠を閉める音と共に、テッケンクラート二等兵が叫ぶ。

 ほぼ同時に、俺は引鉄を引いた。

 75ミリKWK L/48 の鋭い砲声。

 反動を吸収する減衰器の発条の音。

 火薬が燃焼する硝煙の匂い。

 照準器の中で、まるで脅されてビクっとしたかのようにBT-7が震え、正面装甲に大穴が開く。

 そして、数メートル片輪だけで危うくバランスを保ちながら走った後に、横倒しになった。

 燃料に引火したのか、それが突然炎に包まれた。

 BT-7から転げ出た乗組員が火だるまになっていて、奇妙なダンスを踊った後にバッタリと倒れる。

 俺はその光景から、無理やり眼を引きはがして、次のBT-7に照準を定めた。


 ―― あれは単なる戦争の部品…… あれは単なる戦争の部品……


 そう念じる。

 ガチン、ガチンと立て続けに、砲塔側面に着弾。

 口汚く罵って、テルオー曹長がキューポラの中に身を伏せる。

 スチュアートが、接近しつつ砲撃を加えてきているのだ。陽動を無視するなら、狙撃と、切り替えて来たのだろう。

 角度によっては、装甲を抜かれる状況だ。

 だが、今はBT-7の残り二台に集中する。

 俺たちの運と、操縦手のリヒテンシュトーガ上等兵の腕に、命を預けるしかない。

 盛大に土を掻き揚げ、後退していたBT-7が前進に切り替える。

 車体が軽いわりに高出力のエンジンを積んでいるので、小回りが利く。横へ、横へと動かれると、狙いが付きにくくなる。

 加速するための出鼻を、偏差射撃する。

 横に逃れようとしたコースと、俺の射線が交差した。

 BT-7の薄い側面装甲に火花。大穴が開いていた。

 砲弾に引火したか、重い砲塔がビックリ箱の仕掛けの様に吹っ飛び、車体から炎が噴き出した。

 それを見届けることなく、最後のBT-7に向って、砲塔を旋回させる。

 ジグザクに動きながら、後退しているBT-7が見えた。

 備砲の47ミリM1934がチカっと煌めいて、砲塔の防盾にガチンと着弾した。

 照準器の画像がブレたが、もう狙いは終わっている。

 引鉄を引く。

BT-7は角度をつけて砲弾を弾こうとしたが、無理だった。

 正面装甲にボコっと大穴が開き、つんのめる様にBT-7が動きを止めた。

「ああ、畜生! まずい! まずい!」

 テルオー曹長が喚く。

 路肩を乗り越えて、スチュアートが我々の真後ろに位置取りしていた。

 距離は百メートルもない。

 至近距離の直射で、エンジンルームを狙う気だ。

「超信地旋回開始! ケツを振れ!」

 角度をつける。これしか俺たちには取る手段が無かった。

 砲塔旋回ハンドルを回す。

 方向は百八十度回さなければならない。

 こっちの照準に捉えるまで、ニ・三発は喰らうタイミングだ。

 操縦手のリヒテンシュトーガ上等兵が、操縦席でのけ反るようにして、一杯にレバーを引く。

 ギャリギャリと履帯が砂利を噛む音が聞こえる。

 砲塔旋回ハンドルを回す俺の腕の筋肉が悲鳴を上げた。

 こっちを狙うスチュアートの冷たい殺気が流れ込んでくるかのようだった。


 ―― 撃たれる


 そう思って身を固くした瞬間、20ミリFlak C/30機関砲の軽快な連続射撃音が聞こえた。

 ようやく照準器の視界の端に捉えたスチュアートが、ガクガクと痙攣するかのように震えているのが見えた。

 その後方に、『山猫』の姿。主砲の機関砲がチカチカと点滅していた。

 教科書通りのタップ撃ち。

 この至近距離なら、軽戦車にしては装甲が厚いスチュアートでも、スポスポ貫通したことだろう。

 操縦席のフラッペが、内側から爆ぜる様に割れて、赤いペンキの様なものがそこから散る。

 まるで、スチュアートが巨大な生き物で、吐血したかのように……。


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