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落し物

 死屍累々の河岸段丘を越える。

 仮設橋の半ばにまで守備隊が迎えに出て来ていて、手を振ったり歓声を上げたりしていた。

仮設とはいえ、大型の輸送トラックも通行できるように設計してあるので、まるで『仮設』という呼称は要らぬ謙譲の様に思える。

 車長席のキューポラから身を乗り出し、テルオー曹長が歓声に応えている。

 遠くで、軽快な機関砲の音。『山猫』の追撃戦の音だ。

 微速前進するⅣ号戦車と並んで歩いているのは、守備隊の隊長代行だった。

 まだ若い少尉で、バレンツ海に沈んだボーグナイン少尉と似た雰囲気があった。おそらく、学徒出陣で駆りだされた坊やだろう。

「助かりました。当方には包囲を破る兵力が無かったので」

 そんなことを、エンジン音に負けない様に声を張りながら言う。

「作戦の準備は、整っていますか?」

 気にするなという様に頷きながら、テルオー曹長が問う。

「ここは、手先が器用な人材が揃っていますからね」


 橋の入り口は、横出しにされたトラックが塞いでいた。

 七台のトラックで来た輸送隊も、四台が破壊されてその破壊されたトラックでバリゲードを作ったらしかった。

 本来の指揮官は歩兵分隊を率いていた古参の准尉だったが、最初の銃撃で死亡。

 階級の関係で、この炭鉱の警備主任をしていた、この学徒出陣の坊やが代行指揮官になったという経緯らしい。

 炭鉱の通信施設から、我々の指揮車であるポルシェ・ティーガーから通信が届く。

「悪いニュースだ。敵の機動部隊の速度が速い。どうも、レンドリース法で提供されたM5A1スチュアート軽戦車が混じっていたようだ。途中合流した部隊だったので、確認が遅れた。距離、およそ百五十キロのところまで迫ってきている。時間の余裕は二時間もないぞ」

 M5軽戦車は知っている。かなり足回りがいいので、主に偵察車両として使われていたが、備砲のM6 37ミリ戦車砲は初速が速く、そこそこの貫通力がある。硬芯徹甲弾(ACAP)が開発されてからは、侮れない戦車になった。

 その足回りとエンジンを改良したのが、M5A1軽戦車だ。

 米国の仮想敵は露国。

機体を貸し出すという名目で、露国での大地での走行性能をテストしていやがるのだろう。卑怯者のヤンクスが良く使う手だ。

 M5A1……通称『スチュアート』の最高速度は『山猫』とほぼ同じ。おおよそ時速六十キロメートルということころか。

 これで、一番容易だった、残ったトラックを使ってのピストン輸送という選択肢はなくなった。そんな悠長なことをしている時間はない。

「やはり、ここは『カルガモ作戦』しかないな」

 海上を走る戦車『ペンギン』をヒントに、考えた作戦だ。

 この炭鉱は放水路に囲まれた地形ということもあり、ここの警備隊には水陸両用の装甲トラック、LWSラント・ヴァッサー・シュレッパーが配備されている。

 そしてここは、雪深い地形でもあるので、冬季の泥炭輸送に牽引用の大型橇がある。

 加えて、多数の樽と、簡単な大工仕事も出来る職人たちが居る。

 そこで考えたのが、橇に樽を結び付けて『フロート』とし、連結してLWSで牽引。流れ逆巻く放水路を渡ろうというのだ。

 近くにある放水路に架かる橋は、パルチザンの手で爆破されてしまった。

 更に遠くの橋をトラックで目指すとなると、敵部隊に補足される可能性が高い。

 入植者を満載したトラックなら、尚更。

 そこで、民間人を先にLWSと橇で脱出させ、身軽なトラックを『山猫』に護衛させつつ脱出させ、わがⅣ号戦車が殿軍を務めて遅延戦闘を行う……というのが、作戦の骨子である。

 放水路を渡るLWSと橇がカルガモの親子の様なので『カルガモ作戦』と名付けられたのだ。

 LWSを指揮するのが、元々ここの警備隊六人と防衛の指揮を執った坊や。

 それに、サイドカー隊が付く。

 対岸に上陸後、サイドカー隊が偵察しつつ、橇を引きずって安全圏を目指す算段。

 無事に下流の橋をトラックが渡ったら、それに合流。

 あとは、駅まで一直線に進むだけだ。

「橇に乗り込む市民の皆さんの所持品は最低限に。トラックに出来る限り積んでいきますから」

 着ぶくれした鉱山技師とその家族が、ゾロゾロと樽を結びつけた橇に乗ってゆく。

 サイドカー隊一号車のミヒャエル・ブーニンとオリバー・シュピーゲルのコンビが非武装のLWSにサイドカーのグロスフスMG47機関銃を設置している。

 『山猫』の悪童たちは、明らかに入植者の若い娘を意識して、キメ顔をしながら、愛車にこびりついた泥などを掻き落としたり、酷使した砲身にグリースを塗ったりしている。

 俺には、その余裕がない。おっさん呼ばわりしていたシュトライバー大尉と俺は同じになってしなったのだろうか。

 輸送部隊の生き残りと、守備隊が残ったトラックに分乗して出発する。

 『山猫』が、その背後を守るようにして、出発した。

 LWSも、履帯を軋ませながら、合計百二十人もの市民を乗せた四つの橇を引きずって、放水路に向う。

 さすがに、陸上だと歩くほどの速度しか出ないらしい。

 LWSの甲板にあたる小さなスペースに作った銃座から、機銃手のオリバー・シュピーゲルが、炭鉱に残った我々に手を振る。

 俺たちは軍帽を振ってそれに答えた。

 炭鉱基地内を見て回る。

 書類は一ヵ所に集められ、廃油がかけられていた。

 大きすぎて持ち運び出来ない通信装置。

 乱雑な露国の炭鉱を、きれいに整備した施設。

 俺には名前も分からない、炭鉱用の重機。

 そこには、爆破作業員がありったけのダイナマイトを仕掛けてある。

 仮設橋にも、効率よく破壊出来るように計算された配備と量でダイナマイトが仕掛けてあった。

 炭鉱に居た、発破技術者の仕事だ。

 起爆キーは、テルオー曹長が預かっている。

 我々が撤収した後、ここは、跡形もなく消える。

 子供が落としたのか、熊のぬいぐるみが地面に転がっていた。

 赤いリボンが首に。多分、お菓子の包装から取ったものだろう。俺は、それを拾って砲手席に持ち帰った。

「なんです? それ?」

 目ざとく見つけた装填手のテッケンクラート二等兵が言う。

「落し物だよ。届けてやらなきゃな」


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