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砲撃開始

 暗号通信を、給水のために停車した駅で行った。

 連絡先は『第二十七協調炭鉱』。

 百人規模のパルチザンに包囲され、炭鉱警備員三人と移送部隊随伴歩兵一個分隊だけで支えている炭鉱だ。

 この戦力差で陥落しないのは、中世の平城の如く放水路が堀の様に周囲を囲っているため。

 それに、露国の機甲部隊一個中隊が急行中で、無理な力押しをしなくても炭鉱の奪還は時間の問題なのだ。

 それを、我々が横から殴りつける。

 包囲の穴をこじ開け、敵機甲部隊が到着する前にさっさっと引き揚げちまおうというわけだ。

 問題は、この包囲戦で移送用のトラックが半減してしまったこと。

 機材が第一優先任務となっているので、百二十名もいる、炭鉱技師とその家族を移送する手段が無い。

 放水路が凍結しているのなら、徒歩で渡ることが出来るのだが、今の時期は人の体重を支える程の厚さの氷は張らない。

 独国の勢力圏である波国に避難するには、パルチザンの包囲を突破しつつ、放水路上流と下流にあるどちらかの橋を渡るしかないのだが、民間人を徒歩で……となると困難であるし、機甲部隊到着までの時間的な余裕はない。

 われわれ『ならずもの小隊』の指揮官、サボゥ・シェーンバッハ中尉は、おそらく「場合によっては、民間人は切り捨てろ」という指示は受けているのであろうが、なんとしても救う気だ。

 ノルマンディー上陸作戦の側杖で家族全員を失った身としては、蛮族なみの無法集団である露国軍の中に民間人を置き去りにするなど、問題外なのであろう。

 だから、知恵を絞ったのだが、荒唐無稽な俺の案は即採用になったのだった。

 打ち合わせは、給水のための僅かな停車時間に行われた。

 炭鉱技術者など手先が器用な人材が多い上に、機材も揃っているので「なんとかなりそうだ」という回答がかえって来たらしい。独国人のクラフトマンシップに幸あれ。


 汽車も規定を無視して夜通し走ってくれた。

 国境に近いこの周辺は、パルチザンやゲリラの活動が活発で、線路の爆破などが行われているのだ。

 鉄道警備隊所属の武装保線車が先行しつつ、安全を確保してくれていた。

 我々が、蛮族に包囲されている民間人を助けに行くということが分かっているらしい。

 貴重な八時間を稼いだ。移動距離を考えると、異例なほどの時間短縮だった。

 包囲されている炭鉱にとっても、急行する我々にとっても、値千金の八時間。

 貨物からの、荷卸し作業も早かった。

 軽戦車の『山猫ルクス』は、クレーンでそのまま吊り出し、鉄道作業員が手を振って応援する中サイドカー隊と一緒に駆けて行く。

 扱いやすい俺が乗っているⅣ号戦車も、履帯の嵌め直しを終えて、暖気運転を始める。

「さあ、行こうか」

 車長のテルオー曹長が、咽に付けたタコマイクを押さえつつ言う。

 Ⅳ号戦車の搭乗員が全員拳を突き上げた。

戦車パンツァー・フォー前へ!」

 テルオー曹長の号令とともに、エンジンがガルルンと唸る。

 履帯が地面を掻く擦過音。

 巻き上げられた土砂が、履帯カバーや側面シュルツェンに当たるシャリシャリという音。

 Ⅳ号戦車は、整地された平らな路面では時速40キロメートルで走行する。

 ここは、砂利道なのでおよそ時速35キロメートルが限界か。

 快速のペンギンに慣れてしまったので、じれったいほど遅く感じるが、英国のマチルダやチャーチルなんかの糞戦車に較べれば、軽騎兵並みに速い。

 交戦想定エリアまでは、小一時間ほど。

 足が遅いフラッグ車ポルシェ・ティーガーは、後方で待機しつつ、遠距離射撃を行う。

 重戦車というよりは、自走砲的な使い方をするらしい。

 従って、主力はわがⅣ号戦車ということになる。

 久しぶりの実戦。腕が鈍っていないといいのだが……。


 事前の情報と、索敵の結果、唯一残った橋にパルチザンは集中しているらしい。

 多勢を利用して、数ヵ所同時攻撃なら、対処は難しかっただろうが、炭鉱守備隊は、唯一残った橋の正面に主力を集中させ、その側面を守るため、両翼に機関砲陣地を置いている状況らしい。

 放水路が堀の代わりになり、最小限の人数で守る事が出来ている。

 まるで『防衛側有利』という教科書通りの展開だ。

 ただし、時間的な余裕はない。

 現地スパイや偵察兵の報告によると、KV―1重戦車三両、T-34中戦車九両、BT-7偵察軽戦車三両、随伴歩兵一個小隊約百名からなる襲撃部隊があと二十四時間という距離まで接近しているらしい。

 足が遅いKV-1を置いて、快速のBT-7が先行し、その後続に足回りが良いT-34が続いているそうだ。

 格闘戦(近距離で撃ちあうこと)になれば、戦力的に当方が不利。

 作戦通りに、素早く撤退を進めた方が良さそうだ。

 敵主力のT-34が到着したらマズい。

「配置につきましたぜ」

 偵察を兼ねて先行した『山猫ルクス』の車長グッテンマイヤー伍長から通信が入る。

「状況報告。敵は散兵線を敷きつつ『放水路の放水路』に架かる仮設橋を挟んで交戦中。炭鉱の連中を釘付けするのが目的なんで、撃っては頭引っ込める戦い方っすね。側面攻撃の気配はなし。念のためサイドカー組が徒歩で偵察行ってるっす」

 ベルリンの下町なまりのグッテンマイヤー伍長の報告を聞きつつ、メモを取っていたテルオーが

「了解、あと十分ほどで、こちらも到着する。そしたら、行動開始だ」


 平地の様に見えて、多少の高低差はあるものだ。

 その稜線にあたる場所の手前で停車する。

 小銃の音が、俺の席にも聞こえてきた。ドードーという放水路の音も聞こえる。かなりの水流だ。

泳いで渡るのは無理だろう。守備隊が少人数で守れるわけだ。

 『山猫』のグッテンマイヤー伍長から続報が入る。

 やはり、パルチザンの任務は、橋を封鎖して釘付けにすることらしい。機関銃座を扇状に並べて斉射することで、その任を果たしている。

 統制された動きをしているそうなので、おそらく露国軍から派遣された士官が指揮を執っているはずだ。

 グッテンマイヤー伍長の通信を、はるか後方に待機しているポルシェ・ティーガーのシェーンバッハ中尉に転送する。

 回答に逡巡はなかった。

「観測砲撃を開始する。『山猫』は観測手を務めよ。『Ⅳ号』は直射にて独自に砲撃せよ」

 Ⅳ号戦車が傾斜に乗り上げ、稜線から砲塔だけを露呈する。『稜線射撃』。車体を斜面で守りつつ砲撃するという戦車乗りの定石の一つだ。

 露軍はパンツァーファウストなどの携行対戦車ロケット砲の開発が遅れているが、それをカバーするため対戦車ライフルを装備していることが多い。小癪なことに、それが優秀なのだ。Ⅳ号戦車の追加装甲であるシェルツェンは、この忌々しい対戦車ライフル対策なのだった。

 シュルシュルという、空気を裂く音。

 遥か後方で遠雷の様な重低音。

 ポルシェ・ティーガーが連合国に恐れられた備砲、88ミリKWK36を撃ったのだ。

 弾種は榴弾。

 ズシンという着弾音と共に、その地点を中心として地面の震えが放射状に広がる。

 油断しきっていたパルチザンは、ド肝を抜かれただろう。

「ようし、こっちも店開きだ」

 テルオー曹長が、車長席のキューポラのハッチを開け、双眼鏡を構えて身を乗り出す。

 ソロソロと前進する。

 斜面から砲塔だけが出る絶妙のタイミングで停車した。

 横目で、装填手のレヒャルト・テッケンクラート二等兵を見る。

 榴弾を抱えて、命令一下弾を装填するよう、待機していた。

 先読みするのは、いい装填手だ。訓練期間中に鍛えてやった甲斐があった。

「弾種・榴弾! 砲撃準備」

 テルオー曹長の声が聞こえる。俺は照準器を覗いていた。

 チカチカと銃火が瞬くのが見える。距離はおよそ三百ってところか?

「瞬発信管! 装填急げ!」

 着弾と同時に爆発するよう、安全装置を外してテッケンクラート二等兵がダイヤルを操作してガシャンと装填する。

 時間は五秒ちょっと。いいタイムだ。

「砲撃準備ヨシ!」

 カチカチと照準器を微調整しながら、テルオー曹長に報告する。

 通信士のロクス・メリエ伍長が、『山猫』から上がってきた着弾点の報告をポルシェ・ティーガーに中継していた。

「狙いがつき次第に撃て!」

 テルオー曹長からの指示。

 照準器の三角印に、俺は機関銃座を捕えていた。


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