旅の終わり 1
あれから一ヶ月が過ぎた。
一ヶ月前、北の空に巨大な光の柱が天に昇り、それを境に、世間を騒がせていた鬼の襲撃がぴたりと止んだ。鬼に襲われ壊滅状態にあった村や町は、徐々に復興の動きを見せ始めている。
また、鬼を恐れ他の土地に移っていた者達も、自分の住んでいた場所へ戻っていく。
少しずつだが――人々の生活に笑顔が戻りつつあった。
「ねっ。知ってる? この辺りを襲ってた鬼って退治されたんだって」
「そういう噂だろ?」
「でも、一ヶ月前に光の柱が空に現れて……あれ私見たけど綺麗だった……じゃなくて、あれは鬼が封印されたか倒されたかどっちかだって。鬼に襲われる事も無くなったんだし、倒されたのは本当だと思う」
「どっちでも良い。そんなの。どうせ妖魔が全部居なくなった訳じゃないんだ」
町の住人がそんな事を話しているのを聞いて、小夜は大和の顔を見上げた。
「大和が鬼を倒したって知ったらみんなビックリするね♪」
「……別に俺が倒した訳じゃない。あんなの……一人じゃどうにもならなかった」
小夜の言葉に、大和は嘆息する。
実際、一人で戦っていたら一太刀も浴びせる事は出来なかっただろう。
あの鬼を倒す事が出来たのは、自分一人の力ではない。
「あれは――……」
と、大和が口を開いた時。
ガシャアァァァァン!
「ど……泥棒――っ! 誰かそいつを捕まえてくれぇ!」
「!?」
大きな物音がしたかと思うと、すぐ近くの青果店から悲鳴があがる。
人混みを掻き分け、こちらに走ってくる一人の男。
その腕には野菜や果物が抱えられている。
それを見て、大和は深々とため息をついた。
「……こういうのを見ると日常に戻ったって気がするな」
「……えっ?」
大和の小さな呟きを聞いて、小夜が小首を傾げる。
それは無視して、大和は逃げる男の足を引っ掛けた。
「うああぁぁぁぁぁっ!?」
男は、為す術なく前のめりに転倒する。
派手にコケた男は、がばと跳ね起きると、怒声を張りあげた。
「てめぇ! 何しやが……あっ! てめぇはあの時の白髪野郎!?」
「……あの時?」
「大和……知り合い?」
「さぁ」
一人喚き散らす男に、大和は肩をすくめる。
「またてめぇ俺の邪魔……」
男が大和に掴み掛かる――より先に、男は店員に取り押さえられる。
「捕まえたぞっ! この盗人!」
「ちくしょう! てめぇ! 今度会ったら覚えてろよ!」
ズルズルと引き摺られていく男を無言で見送って、大和は嘆息した。
と――
「あっ!」
突然、小夜が声をあげる。
ポンと手を打ち、
「そうだ大和。私、千乃に会ってくるから大和はどこかで時間潰してて」
「は?」
「大和もたまには一人でゆっくりしたいでしょ? それとも一緒に来る?」
「……いい」
「じゃ、後であそこのお茶屋さんで落ち合お♪」
ぱたぱたと手を振って、小夜は人混みに消えていく。
大和は一人で町を見て回った。小夜と行動を共にするようになって、一人で居る時間は少なくなっていたので、少しホッとする。
穏やかな町並みを眺めていると、あの戦いは夢だったような気さえした。
◆◇◆◇◆
良く晴れた昼下がり。男は、のんびりと茶を啜っていた。
通りから少し外れた場所にある、寂れた茶屋である。客は自分以外に見当たらない。
空を見上げ――彼は、ぽつりと呟いた。
「……こうしてのんびり茶ぁ啜ってると思い出すな。元気にやってるかねぇ……あいつは」
色々と思い出し、男は笑う。
“あいつ”は元気に違いない。
噂は時折耳にしていた。自分の記憶にあるのは、幼い少年の姿だが……きっと今も、刀を振り回しているのだろう。
暫し思い出に浸って――男は腰を上げる。
その時――彼の目の前を、みすぼらしい格好の男が、何やらぶつぶつと溢しながら歩いてきた。
それは特に気に止めるほどの事でも無い。
が――
「……ちっくしょう。あの白髪野郎……今度会ったらタダじゃおかねぇ……!」
その男が口にした言葉を聞いて、彼は目を見開いた。
「……白髪……」
小さく呟いて、彼はその男の肩に手を置く。
「よぉ」
「!? な……何だ? てめぇは……」
突然声を掛けられて、男は仰天した。
彼は構わず、愛想笑いを浮かべながら口を開く。
「その“白髪野郎”について……ちょ~……っと詳しく話聞かせてくんねぇか?」
「…………」
眩い笑顔で話し掛けられて、その男はただ沈黙していた。




