白き鬼 10
鬼の周囲に緩やかな風が渦を巻く。
『安心しろ。切り刻んだりはせぬ』
鬼は振り返ると、大和に向けて手を翳した。
「!」
その瞬間――息が出来なくなる。
(……息が……出来な……)
その場から動こうとすると、鬼に突き立てられた刀が手を抉り、その痛みに喘ぐ。それはさらに大和の息を絞りあげる。
鬼はごく平らかな抑揚で言ってきた。
『良いか……大和。力を扱うには、まずその力が何なのか……それを知る事から始めねばならぬ』
「…………!」
『風を操るという事は、空気の流れを操るという事だ。どうだ? 苦しいだろう? 今、お前の周囲の空気を遮断し、流れを止めているからな』
鬼は続ける。
『お前がしてみせたように相手を切り刻む事も出来る。だが、そんな派手な術を使わずとも、こうして空気の流れを止めてやれば相手を殺せる。容易い事だ』
そう言って、鬼は大和の周囲の空気を元の流れに戻す。
「っ……はぁ……はぁ……」
喘ぐように空気を求める大和を見て、鬼は笑みを濃くした。
『力は見て感じ、知る事……そして、それを理解し、修練を経て漸く扱えるようになる。お前はまだ力を知る段階……言ってみれば、子供が刃物を振り回しているようなモノだ』
「…………」
大和は無言で鬼を見据える。
『まあ、教えられる者がおらぬのだから……それは仕方が無い。それでもお前はよく力を制御している』
鬼は大和の手から刀を引き抜く。
「…………っ!」
『尤も……人の身で扱える力など高が知れている。お前はもっと強くなれるのだがな……』
鬼は刀を振り上げた。
『だが……俺と来る気が無いのならば……お前はそこまでだ』
「!」
巨大な刀が、大和目掛け振り下ろされる――刹那。
「……や……」
小夜の叫び声が響く。
「やめてぇぇぇぇぇっ!」
その声では鬼の刀を止められなかった。
が――
『!』
勢いよく振り下ろされた刀は、何かに弾かれ――弧を描いて地面に突き刺さる。
『……これは』
『鬼様っ!』
鬼は弾かれた刀と、大和を交互に見る。
大和の周囲には、何か透明な壁ようなモノが見えた。それが大和を覆い、刀を防いだ。
無論、大和が何かした訳では無い。
ならば――
『…………』
鬼は大和の側に歩み寄り、手を伸ばす。その瞬間、鬼の指先が焼け焦げる。
暫し焦げた指先を見詰め、
『……そうか……』
鬼は顔を上げると、視線を小夜の方へ向けた。
『お前の仕業か』
「……小夜?」
「……えっ? わ……私」
自分に向けられる視線に困惑する小夜。
鬼は心底面白そうに笑った。
『はははっ! これは良い。俺も随分と面白い時代に目覚めたものだ』
『……鬼様?』
鬼は笑いながら、小夜に近付き、彼女の顎を持ち上げる。
「……あ」
『お前……あの女の生まれ変わりか』
「……えっ?」
鬼の言った言葉の意味は、小夜には分からなかった。
だが鬼は納得したようで、ひとつ頷くと小夜を担ぎ上げる。
「きゃっ!?」
「小夜!」
鬼は刀を収め、
『大和。この女は俺が貰っていく』
「何っ!?」
鬼はそう言うと、ふわりと舞い上がる。
「あっ……や……離し……」
『わわっ! 待って下さい! 鬼様ぁぁぁぁぁっ!』
久遠は慌てて狐の姿に戻ると、鬼の背中にしがみつく。
『気が向いたらお前も俺の所へ来い。ああ。お前が来なくても、この女は殺さぬから安心しろ。こいつは俺の女にするだけだ』
「なっ……!?」
次第に地面から離れていき、小夜は小さく声をあげる。
「や……大和……」
『ではな』
「待てっ!」
「大和……大和ぉっ!」
小夜の声は無視して、鬼は空高く舞い上がると、一陣の風を残して去って行った。
「小夜!」
大和は叫んで、鬼の後を追おうとした――が、体が動かない。
徐々に意識が白んでいく。
(……小夜……)
混濁する意識の中、大和はただ彼女の名前を呼んだ。




