白き鬼 9
「――――っ!」
大和は声にならない叫び声をあげる。
鬼は笑いながら言った。
『その容姿と若さだ。それに妖気の巡り方……俺が封じられていた時間を考えても息子という事は無いだろう。だが……俺の血を引いてるのは間違いない』
「…………」
『俺の血を引く者は皆殺されたと聞いていたが……長生きはするものだな。生きて子孫に会えるとは思わなんだ』
「……俺は……」
かつて、斬影に言われた事が脳裏に甦る。
――鬼の血を引く者は皆処刑されたと言われているが……お前の先祖はどうにか生き延びたんだろう。そうして生まれたのが……お前だ。
「…………っ!」
『おっ』
大和は鬼の手を振り払い、顔を背ける。
『……ふむ』
鬼は小さく息を漏らすと、立ち上がった。
『確か……大和……と、あの女は呼んでいたか。それがお前の名か?』
鬼の問いに、大和は低く呻く。
「……だったら何だ」
『大和。お前、俺と来る気は無いか?』
「な……に……?」
大和は顔を上げた。
鬼は微笑む。
『その姿では人の世は生き辛いだろう? 俺と来ればもっと自由に生きられる』
「……俺に……妖として生きろと言うのか……?」
『楽しいぞ。こちらの世界は。お前が力を示せば、生まれや育ちは関係無い。妖の世は力が全てだからな』
「…………」
大和は唇を噛み締める。
妖として生きるということは、つまり人間の敵になる――という事だ。
人外の力を持ち、人々から距離を置かれてもやはり……
真っ直ぐ鬼を見据え、大和は言い切った。
「断る」
『…………』
暫しの沈黙。
鬼は黙って大和を見下ろしていたが、やがてため息をついた。
鬼が口を開く――より先に、声が響く。
『鬼様の誘いを断るとはなんてヤツだ! 俺なら二つ返事で――……』
『…………』
鬼は、無言で足元に転がっていた石を拾い上げると、久遠の方へ思い切り投げ付ける。
『痛いっ!』
『……下がっておれと言うたであろうが。何故出てきておるのだ。お前は』
『いえ……つい』
鬼は嘆息して、久遠から視線を外す。
と――
「大和!」
鬼の横を通り過ぎ、小夜が大和の許へ駆け寄ろうとする。
鬼はすかさず小夜の腕を掴んだ。
「あっ!」
『話の途中だ。お前も下がっていろ。後でゆっくり相手をしてやる』
鬼は小夜を久遠の方へ投げる。
「きゃっ!」
『わっ!?』
『しっかり押さえていろ』
そう言うと、鬼は大和を見下ろし、
『もう少し考えたらどうだ?』
「必要無い。俺はお前について行くつもりは無い」
『……そうか』
鬼は再びため息をついて、大和の頭を踏み付けた。
「…………っ!」
『残念だな。俺はお前の事が結構気に入ったのだが』
『鬼様ぁぁぁっ!?』
久遠が顔面を蒼白にして叫び声をあげる。
「くっ……!」
大和は鬼に踏み付けられ、地に這いつくばったまま刀を振った。だが、それは当然、あっさりと防がれる。
鬼は大和の手から刀を奪うと、妖しく笑んだ。
『……その真っ直ぐな姿勢も、意志の強そうな瞳の色もな……』
「…………」
鬼はそう言って、大和の頭から足を退ける。
そして――大和の左手に刀を突き立てた。
「…………っ! ああああぁぁぁぁっ!」
「大和っ!」
大和の絶叫と小夜の悲鳴が辺りに響き渡る。
『鬼様に逆らうから……』
「……っ……!」
大和は歯を食い縛り、拳を握り締めると、力を解放する。
その瞬間、強烈な風が吹き荒れた。
『!』
『うわぁぁぁ!?』
「……大和……っ!」
鋭い風が吹き抜けた――
その時。
ぴっ……
『…………』
鬼の頬に小さな傷が付いた。
そこから僅かに血が滲む。
『……風の刃か……』
『鬼様っ! 顔に傷がっ!?』
『……騒ぐな。掠り傷だ』
喚く久遠を一瞥して、鬼は軽く頬をなぞり、指に付いた血を舐めた。
『成る程……大したモノだ。人の身でそこまで力を扱えるとは……』
鬼は目を細め、
『……だがまだ未熟だな』
「くっ……そ……」
大和は低く呻いた。
切り刻むつもりだったが、狙いが定まらない。
というより――
(風が……鬼を避けてるような感じだ……)
鬼は大和の方へ手を差し出す。
『大和。やはり俺と来い。そうすれば力の使い方を教えてやる』
「…………」
大和は鬼を睨み付け、
「……断るって言ってるだろうが」
そう吐き捨てる。
すると、鬼は声をあげて笑った。
『強情な奴だ』
差し出していた手を引き、
『良いだろう。大和……お前にひとつ良い事を教えてやろう』
鬼は大和に背を向けた。
刹那――
ふわっ……と、鬼の髪が風に揺れる。
「!」
『風の力を扱うというのがどういう事か……それを見せてやる』




