表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/76

冷たい雪 1

 

 それは、寒い冬の夜だった。

 音も無く、ただ静かに雪が降り積もる。


(……お前なんて……生まれなければよかった――……)


 ――冷たい。

 そう感じた。

 それは雪だったのか、それとも――……




「…………」


 大和はゆっくりと目を開いた。

 もう幾度となく見た夢。

 眠っている斬影を起こさないよう、大和は静かに部屋を出た。

 まだ夜の明けきらぬ朝の空を眺める。

 冷たい雪は、今も少年の心に降り続いていた。


        ◆◇◆◇◆


「……うーん……」


 斬影は腕組みして眼前の少年を見据えた。

 銀髪紅眼の少年――大和は、頬杖をついてぼんやりと窓の景色を眺めている。それは別に珍しい光景でも何でもないのだが、今日は少し様子が違っていた。

 食事も摂らず、その場から動く気配を見せない。


「……どーしたよ? 今日はまた随分とご機嫌ナナメじゃねぇか」


 朝から全く口を開こうとしない大和に、斬影は話し掛けた。

 数日前、買い物に連れ出してから口を開くようになった大和。

 その日を境に、少しずつではあったが、感情を表すようになっていた。それが朝起きてみれば、どういう訳か、以前と同じように感情を消している。


「……別に」


 漸く口を開いたかと思ったら、素っ気なく言葉を断ち切る。

 斬影は嘆息した。


「……何だ。悩み事か?」


「…………」


 茶を啜りながら、


「あれか? 恋煩いか? こないだ町で見掛けた娘が気になるとか……」


 その瞬間。

 ガンッ!――


「あだっ!」


 斬影の顎に、大和の投げた薪が直撃する。

 まったく意識していない状態で受けた為、斬影はそのまま倒れた。

 しかし、ガバッと跳ね起きると、大声で怒鳴る。


「てめぇ! ンなモン投げんじゃねぇ! 顎砕けたらどうすんだっ!」


 大和は薪を投げた腕を引っ込めた。斬影の方には見向きもしない。

 斬影は顎をさすりながらぼやく。


「……ったく。こっちも見てねぇのに命中率高過ぎるんだよ」


「そこに居るのが分かってるんだ。動いてないんだから見なくても当たる」


「ああそうかい。そりゃ大したモンだ」


 斬影が投げやりにそう言うと、大和は無言で立ち上がった。斬影の横を通り過ぎ、戸口に手を掛ける。


「……おい。何処行くんだ?」


 斬影が訊くと、


「……別に」


 そう言って、大和は部屋から出て行った。



 大和は無言で歩き続けた。

 そこに行こうと思った理由は分からない。

 暫く歩いて――やがて大和は足を止めた。


「…………」


 そこは昔、自分が捨てられていた場所。

 びっしりと雑草が生い茂った巨木の根元――そこに自分は置き捨てられた。以前は夢に見ても、それほど深く考えなかった。気分が良いモノでも無かったが。

 大和はその樹に手を触れさせる。

 どうして今になってこんなに気になるのか……


         ◆◇◆◇◆


 斬影は長いつまようじをくわえ、虚空を見据えた。


「……ん~……何を考え込んでるのやら」


 大和が出て行った戸口の方を見やり、ため息をつく。

 訊いた所で、大和は口を割らないだろう。

 と――


「おう。何処行ってたんだ?」


 がらっと何の前触れもなく戸が開き、大和が顔を出した。


「……散歩」


 斬影の問いに、大和は短く返事を返す。


「…………」


 暫し考え──斬影は立ち上がると、立て掛けてあった木刀を手に取る。

 そして、


「大和」


 その木刀を一本、大和の方へ投げた。大和はそれを受け止めると、怪訝な表情を浮かべる。

 斬影はニッと笑い、


「ちっと付き合え♪」


「……良いけど……」


「よしよし。んじゃ行くか♪」


 斬影は、大和の頭を撫でると部屋を出ていく。

 いまいち釈然としない面持ちで、大和は斬影の後について行った。



 木刀がぶつかる度に、甲高い音が辺りに響き渡る。

 大和と打ち合うのは、久し振りだった。

 剣を握り向かい合うと、目の前の少年は、少年だという事を忘れそうな程に鋭い眼光を宿す。

 背筋に冷たいモノが走り、斬影は胸中で皮肉げに笑った。


(本当に……末恐ろしいガキだぜ。コイツはよ……!)


 カンッ!――

 一際高い音が響き――木刀が弧を描いて宙を舞う。


「…………っ!」


 一瞬後、木刀は地面に突き刺さった。

 大和はちらと木刀を見やり、ビリビリと痺れる腕をさする。


「……俺とはやらないんじゃ無かったのか?」


「おいおい。そこはお前、久し振りに師匠様が稽古つけてやったんだ。『ありがとうございます』と頭下げるトコロだろ?」


「…………」


 斬影は木刀を肩に担ぐ。

 大和はぷいっと顔を背けた。


「まっ、そんだけ元気がありゃ十分だ」


 笑いながらそう言って、斬影は踵を返す。


「さてと。飯の支度しねぇとな。昼はおめぇも食うだろ?……つか食え」


「…………」


 大和は無言で木刀を地面から引き抜く。

 その場から動く気配をみせない大和に、斬影は軽く手を振りながら告げる。


「俺は先に戻る。飯が出来るまでには戻って来いよ」


「…………」


 大和は、小さくため息を吐く。

 斬影の背中を見送って――その背中に深く頭を下げた。



 その日の夜。

 斬影が、ふと思い付いたように口を開いた。


「おお。そうだ大和。明日、町で祭りがあるんだとよ。行くか?」


「……祭り?」


 箸を止め、大和が聞き返す。

 斬影は頷く。


「お前行った事ねぇだろ? せっかくだからな。その時しか見られねぇモンもあるし……お前が好きそうなのもあるぜ?」


「好きそうなのって……」


 何の事か分からないというふうな表情の大和に、斬影は意味ありげに笑った。


「まぁあれだ。甘い物とか」


「!」


 大和は一瞬、思い切り吹き出しそうになる。


「なっ……!」


 言葉を詰まらせる大和の事は気にせず、斬影は続けた。


「お前、こないだ買った飴玉。あれ開けてその日のうちに空にしたろ? お前がそんなに甘い物好きだとは知らなかった」


「……あれは……」


 大和は口ごもり、視線を逸らす。


「不味かったら食わねぇだろ、お前。で、行くか?」


「…………」


 大和は暫し考え込んで、小さく呟いた。


「……行ってもいい」


 それを聞いて、斬影は満足げに笑う。


「そうかそうか! じゃ、決まりだな♪」


 と――ふと、斬影は大和の頭の上に居るそれに気付いた。

 びしっと指さし、思わず声をあげる。


「……って、大和! お前……! それ頭っ!」


「……頭?」


 斬影の言葉の意味が分からず、大和は眉根を寄せた。

 頭に触れる。

 すると、触れた先に何か温かくて柔らかい――髪の毛とは違う毛の感触を覚えた。


「ああ。こいつか」


 大和は、頭の上にいた白い毛玉をつまみ上げる。


「軽いから気付かなかった」


 その様子を見て、斬影が怒鳴った。


「妖魔に触るなって言ってるだろっ!?」


「……別にコイツは何もしない」


 大和は毛玉を再び頭の上に乗せる。

 白い毛玉はどうやら眠っているらしく、ぴくりとも動かない。


「いいから。そいつ外に出せ」


 苛立たしげに、斬影が口を開く。


「お前にとっちゃ帽子みたいなモンだろうがな。そんなんでも妖魔だ。犬や猫とは違うんだよ」


「……大差無い気がするけど……」


 ぽつりと漏らした大和の一言に、斬影は再び怒声をあげた。


「大差無いだとっ!? そいつはな……前に俺の刀かじって台無しにしたんだぞ!?」


「……何でも喰うんだな。お前」


 言いながら、大和は毛玉を窓から逃がす。

 大和の手を離れ、地面に落ちた毛玉は、ぴょんぴょんと跳ねながら姿を消していった。


「……ったく。いつも言ってるだろうが。妖魔に気安く触るなって」


「今のは連れて来ようと思って頭に乗せてたんじゃない。勝手に乗ってたんだ」


 珍しく反論してくる大和に、斬影は嘆息した。


「……なんか知らんが、お前はああいうのに好かれるからな。だから余計に気を付けろって言ってんだよ」


「…………」


 斬影は窓の外――大和が逃がした毛玉が消えて行った方へ、視線を向ける。


「妖魔に気に入られて、奴等に連れて行かれたら……人の世には戻って来られなくなる」


 斬影は大和の方へ向き直り、


「お前も“あんなの”には付いて行くなよ。俺は人攫いよりそっちの方がよっぽど怖い。ま、人攫いに遭う心配はねぇだろうが」


「……行く訳ないだろ」


 半眼で呻く大和の頭を、斬影はぐしぐしと撫でた。


「なら良い。ほれ、さっさと飯食っちまえ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ