白き鬼 1
『鬼様ーっ! お酒ありました~♪』
酒瓶を手に駆けてくる久遠に、鬼は手を挙げる。
『おお。寄越せ』
『は~い♪ どうぞ♪』
鬼に酒瓶を手渡すと、久遠はキョロキョロと辺りを見回し、
『それにしても……』
『ん?』
『綺麗さっぱり更地になりましたねぇ』
『そうだな』
鬼は酒を呷る。
口元を手の甲で拭い、
『何しろ百年振りだからな。手加減出来なんだ』
久遠の案内で降り立った村は、その姿を変えていた。
家は焼け落ち、辺りは一面焦土と化している。
『しかし……ここまで物を壊すつもりではなかったが』
『いえっ! 先程の鬼様のお姿を見て、私は感動しました! やはり貴方様はこの地を統べるに相応しいお方です!』
『……何を大袈裟な』
小さく呻いて、鬼は嘆息した。
久遠はうっとりとした表情を浮かべていたが、くるりと鬼の方へ向き直り、
『大袈裟ではありません。鬼様のお力があれば、この地から人間共を追い払えるハズです!』
キッパリと言ってくる。
鬼は軽く息を吐き、
『……それはどうだろうな。まあ、この辺り一帯を更地にするくらいは出来ようが……』
空になった酒瓶を投げ捨てる。
『俺はそんな事をするつもりは無い。物を壊したり、人を怖がらせるのはあまり趣味ではないしな』
『鬼様……』
それを聞いた久遠が、ぽつりと呟く。
『……でもさっきちょっと楽しそうでした』
その瞬間。
ゴッ!――
久遠の頭上に鬼の踵が落ちる。
『痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!』
頭を抱えてのたうち回る久遠に、鬼が低い声音で告げた。
『……次は割るぞ。その頭』
『うう……』
目に涙を浮かべながら、久遠が立ち上がった。
頭をさすりながら、
『でも……本当に……鬼様ならこの地に新たな妖の世を作れると思うのですが……』
『そんなモノに興味は無い。大体、人間が気に入らなければ自分で追い払えばよかろう。別段、俺は人間を嫌っている訳ではないぞ。人間の味方という訳でもないがな』
『…………』
黙って俯いている久遠は置いて、鬼が歩き出す。
『……鬼様? どちらへ?』
『ここは退屈だ。別の場所へ行く』
『ああっ! ちょっと待って下さい!』
久遠が慌ててついてくる。
鬼は軽く手を振り、
『お前はもう来なくて良いぞ』
そう言うと、久遠はかぶりを振る。
『いいえ! どこまでもお供致します。私は貴方様に一生付いていくと決めたのですから!』
『……俺はお前の飼い主になるつもりは無いんだが……』
自分の後ろをとてとてついてくる久遠を見て、鬼はため息をついた。
久遠は目を閉じて、祈るような格好で語り出す。
『私はあの日決めたのです。百五十年前のあの日……鬼様に命を救われた時から貴方様について行こうと……あれっ!?』
久遠が目を開いた時、鬼の背中は遥か前方に霞んで見えた。
『ああっ! 鬼様ぁ!』
『そんな昔の話は覚えておらぬ。ごちゃごちゃ言っていると置いて行くぞ』
『ま……待って下さいーっ!』
久遠は全力で走り出す。
鬼の肩に飛び乗り、
『次は何処へ行くんです?』
訊かれて、鬼はふむ……と唸り、
『そうだな……何か面白いモノがある場所だな』




