小さな影 4
「……そっかぁ」
千乃は一人頷いて、
「でも……あれだね。よく知らない男に付いて行く気になったね」
「あ」
言われて、小夜はぽつりと呟く。
「そういえば……大和の事はあんまり知らないかも……」
「……まあ、悪い人間じゃ無いみたいだけどさ」
「大和……あんまり自分の事は喋らないから」
それを聞いて、千乃は思わず苦笑した。
あの口数の少なさと、愛想の悪さだ。普段の会話も弾むまい。
小夜は天井を見詰め、
「一人で旅をしてる事と、人を捜してるって事くらいかなぁ……あ。後、凄く強い」
「人を捜してるって?」
訊かれて、小夜は大和が言っていた事を思い返す。
「えっと……長い黒髪で、右目に眼帯してる、わりと背が高い男の人だって言ってた」
「うーん……ちょっと記憶に無いかも……その人って大和の何? 知り合いなんだろうけど……」
小夜は肩をすくめた。
「さぁ……大切な人らしいけど。会ったら一発殴りたいって言ってたよ」
「…………」
千乃は沈黙する。
軽く息をついて、
「……まぁ、ウチは色んな人間が来るから、そういう人が居ないか気を付けて見てみるよ。大和の知り合いなら退治屋かもしれないし。なら、どこかで話が聞けるかも」
「本当!? 何か分かったら教えて!」
小夜は跳ね起き、千乃の手を握る。
千乃は小夜を布団に押し戻し、
「分かった分かった。とりあえず、あなたはゆっくり寝てなよ」
日が傾き、通りから人気が無くなっていく。
穏やかな風が通り抜ける。夕餉の香りが漂いはじめ、路商や屋台が店をたたむ。
客足が落ち着いてきたところで、千乃も店じまいをはじめた。
「今日はありがとね。助かったわ」
「…………」
千乃は笑いながら、不機嫌そうにしている大和に話し掛ける。
「ほんと、こんなに客が来るとは思わなかった。明日もお願いしようかしら♪」
「……勘弁してくれ」
「冗談よ。でもちょっとくらいは手伝ってくれると有り難いかも」
「…………」
大和は顔を背けた。
それを見て、千乃はクスクスと笑う。
「案外向いてるんじゃない? 商人」
「……冗談だろ」
「どうかしら?」
千乃はちらと大和の方へ視線を投げ掛け、そのまま通り過ぎる。
「……さてと。夕飯の支度しないとね」
夕飯を終えると、大和は夜の散歩に出た。
穏やかな良い夜だった。
あれだけ大勢の人間に囲まれた事は無いので、ひどく疲れたような気がする。
町外れまで歩いて、大和は空を見上げた。星は瞬き、月が辺りを優しく照らし出す。
こういう静かな場所は落ち着く。
「…………」
大和は嘆息した。
(……長居するつもりじゃなかったんだけどな……)
だが、病気では仕方がない。
自分は今まで病気らしい病気をした事がなかったから、こういう事態はあまり考えていなかった。
千乃の話では、明日にも状態は落ち着いて、明後日には完治するという。
のんびり……とはいかないが、それでも休息は取れた。
小夜の具合が良くなれば、すぐにでも発てる。
大和は刀に触れながら、来た道を戻った。
小夜を寝かし付けて、千乃は部屋を出た。
自分の部屋へ戻る途中、店の方で物音が聴こえ、彼女はそちらに足を向ける。
(大和が帰って来たのかな?)
大和は夕飯の後、散歩に行くと言ったきり戻ってきていない。
薄暗い店内に顔を出し、
「……大和? 帰ってきたの?」
千乃がそう声を発した時。
「!?」
突然、物凄い力に引っ張られ、おまけに口を塞がれる。
(な……何!?)
「……騒ぐな」
聞こえて来たのは男の声。
だが、大和ではない。
暗闇の中、複数の人間の気配がする。
人数までは分からないが――四、五人はいるように思う。
(……こいつら……泥棒!?)
「この店はこの女一人か?」
「……ああ。そのはずだ」
「よし。ちゃんと押さえとけ」
(ちょ……)
他の男が乱雑に店内を漁る。
千乃はそれを止めようともがくが、自分を押さえ付けている男はびくともしない。
「暴れんじゃねぇよ。痛い目に遭いたいのか?」
「へへ。少し痛め付けてやった方が大人しくなるんじゃねぇの?」
「違いない」
(冗談じゃない! こんな連中に……!)
男が何をするつもりなのか察した千乃は、必死に抵抗した。
すると、男は更に力を込めて、千乃を押さえ付ける。
「…………っ!」
「おい。あんまり騒がしくするなよ」
店を漁る男が笑いながら声を掛ける。
「どうせ誰も居ねぇんだ。少しくらい騒いでも問題ねぇだろ」
男の手が肩口に伸びた。
千乃はきつく目を閉じる。
(イヤだ! 誰か――……!)
千乃が胸中で叫んだ――その時。
ドガァァァッ!――
「!?」
「な……何だ!?」
派手な音を立てて、裏口の戸が破られる。
見張りをしていた男は店の中央まで吹っ飛ばされ、気絶していた。
壊れた戸を踏み越え、ひとつの影が揺れ動く。
(……あれは……)
「何だ!? てめぇは!」
「…………」
怒鳴る男の声には答えず、その影は素早く店を駆け抜け――銀色の閃きが、一瞬でその場に居た男五人を打ち倒した。
「……あ」
千乃は、その場にへなへなと座り込んだ。
何が起こったのか理解出来ず、小さな呻き声を漏らす。
――と、
「大丈夫か?」
頭上から声が降ってくる。
千乃が見上げた先に居たのは――……
「……大和」
大和だった。
大和は刀を収め、辺りを見回す。
足元で伸びている男を指さし、
「……何だ? こいつら」
訊かれて、千乃はため息まじりに答える。
「……見ての通りの泥棒よ。女一人でやってる店だから簡単に盗めると思ったんでしょ。多分、この辺りを荒らしてた奴らだと思う。なかなか捕まらないから町の人も困ってたの」
「……ふーん」
と――ふと、大和は気付いた。
「……こいつら……今朝この店の前をうろついてた……」
「えっ!? 大和が見た妙な連中ってこいつら!? なら何でその時やっつけてくれなかったの!?」
千乃は立ち上がると、大和に詰め寄る。
大和は半眼になり呻いた。
「……何となく怪しいからっていきなり斬れる訳ないだろ」
「……それは……そうだけど」
千乃は足元の男を見やり、
「斬るって……そういえば……こいつら死んでるの?」
訊かれて、大和はかぶりを振る。
「……気絶してるだけだ」
「……そっか」
それを聞いて、千乃は小さく息を吐いた。
さすがに店の中で死人が出たとあっては寝覚めが悪い。泥棒を役人に引き渡し、改めて店を見ると店内は散らかり放題だった。
「あ~あ。もう……せっかく片付けたのに、メチャクチャじゃない。それに……」
千乃はちらと裏口の方を見る。
裏口の扉は綺麗さっぱり無くなっていた。
じろりと大和を睨み、
「なにも扉ブチ抜いてくる事ないじゃないの」
「……仕方ないだろ。鍵がかかってたんだから」
大和は、決まり悪そうに視線を逸らす。
千乃は暫く大和を睨んでいたが、やがて嘆息すると、足元に散乱している商品を拾い上げる。
――実際、ああでもして、大和が来てくれなかったらと思うと……背筋に悪寒が走った。
「…………」
大和は、暫し片付けをする千乃を見詰めていたが、
「……手伝う」
そう言って、床に落ちている品物を拾う。
「ありがと」
千乃は笑って、一言付け加えた。
「でも、ちゃんと扉は弁償してもらうからね」




