小さな影 2
光に近い方へ向けて、鱗を透かしてみる。
「……これは……竜の鱗?」
「世話になるのにタダって訳にはいかないだろ。それに……小夜に薬も貰ってる」
「ああ。そういう事? なら充分よ。お釣りがくるね」
「釣りはいらない」
「気前がいいね。後で返せって言っても返さないよ?」
「ああ」
「んじゃ、有り難く頂戴します♪」
千乃は鱗をしまうと、机を叩く。
「――さて。じゃあ上に戻ろうか」
「店は一人でやってるのか?」
大和が訊くと、千乃は頷いた。
「そうだよ。別に行列が出来る店じゃないしね」
彼女は後ろの棚を見ながら、
「それにウチは薬品専門だから揉め事も少ない。武具の素材は安くなるって伝えてるし、あたしの後ろにある棚には毒薬があるから殴り掛かってくるヤツはいないね」
千乃の一言に、大和は眉を顰める。
「……毒薬?」
「そっ」
彼女は徐に、小さな小瓶を取り出す。
中には紫色の液体が入っていた。
「……これは」
「人なら一滴であの世逝きの強力な毒薬よ。これぶちまけるって言ったら大抵のヤツは大人しくなる」
「…………」
「後ろの棚にはそういうのが多いから、ウチで喧嘩するヤツはいないね。だから用心棒もいらないの♪」
そう言って、彼女はにっこり微笑んだ。
◆◇◆◇◆
「……ん……」
小夜は目を開いた。
窓から朝日が射し込んでくる。
目を覚ました途端に感じる頭痛に、顔をしかめた。
「……ここは……」
ゆっくりと上体を起こし、部屋を見回す。
「あら。目が覚めた?」
小夜は声のした方へ顔を向ける。見ると、お盆を持った娘がこちらへ歩み寄ってきた。
彼女は、小夜の側に腰を下ろし、
「気分はどう? お粥作ってきたんだけど……食べられる?」
「……あ。えっと……」
「まだ熱が高いみたいだけど……明日には下がると思うから。ゆっくり寝てると良いよ」
「はい。あの……ありがとうございます」
小夜が礼を言うと、娘は笑った。
「いーの、いーの。気にしないで。それより、ほらお粥」
「あ、はい。いただきます」
小夜は娘から粥の入った器を受け取る。
粥を口に運ぶ小夜を見て、
「食欲があるなら大丈夫ね」
「なんか……すみません。ご迷惑をお掛けして」
「いいの。気にしないで。迷惑なんて思ってないから。そんな事思ってたら最初から声掛けないよ」
娘はぱたぱたと手を振る。
小夜はくすりと笑い、ふと気付いて声をあげた。
「……あ。そういえば大和は……」
「大和? ああ、あの白髪のお兄さんね。彼なら少し出掛けてくるって出てったよ。すぐ戻ってくるんじゃない? まぁ、ここには若い娘しか居ないし……居心地悪いんでしょ」
不安そうにしている小夜の顔を覗き込み、
「あたしは千乃。あなた小夜ちゃんっていうんでしょ? ここにいる間はゆっくりしてて良いからね」
「どうして私の名前……」
小首を傾げる小夜に、千乃は笑った。
「その“大和”に聞いたのよ。名前だけ。彼ってば、な~んか取っ付きにくい感じだね。堅いっていうかさ。まっ、顔は良いけど」
「えと……」
困惑する小夜の肩を千乃が軽く叩く。
「それより、早く食べちゃいな。食べたら薬飲んでね」
「はい」
「あなたも変に堅くならなくて良いからね。あたしは見ての通りだから」
「ありがとう」
「うん」
千乃は立ち上がると、
「後で食器取りに来るね。薬飲んだら寝てなよ」
「は~い」
頷く小夜を見て、千乃は笑って部屋を出て行った。
◆◇◆◇◆
大和は一人で町を歩いていた。
小夜の事は、千乃が看てくれると言っている。
実際――
「小夜ちゃんの事はあたしに任せてくれたら良いから。アンタじゃやり辛い事もあるでしょ。着替えとか」
――などと言われてしまっては、大和は黙るしかなかった。
そんな訳で、仕方なく町の様子でも見ようと外へ出たのだ。
町を歩いていて、ふと大和は思う。
(……似てるな。どことなく……)
何となく懐かしいような感じがしたのだ。
この町は、嘗て自分が歩いた町によく似ていた。町並みがというのではなく、その雰囲気が。
何するでもなく町を歩いて千乃の店に戻ると、男が数人――店の前でうろうろしている。
「…………」
立ち止まって様子を窺うが、客という訳ではなさそうだ。
大和が近付くと、こちらの気配に気付いてか――男達は店の前から離れていった。
裏口から店へ入ると、千乃が店を開ける準備をしていた。
「あら。おかえんなさい」
「……ああ。小夜は?」
「さっき薬飲ませたところ。まだ熱は高いけど……食欲はあるみたいだし、明日には熱も下がると思うよ」
「……そうか」
小さく息をついて、
「ところで……さっき店の前に妙な連中がうろついてたみたいだが……」
「……妙な連中?」
「客って訳じゃなさそうだったけど……」
千乃は作業をしながら唸り、
「うーん……まっ、客にしろそうじゃ無いにしろ、用があれば向こうから来るでしょ」
と、特に気にした様子もなく店を開ける。
本人がそう言うのだし、漠然とした不信感だけでは大和もそれ以上何も言えず、ただ黙って作業の様子を見詰める。
「おお。千乃。今日も頑張ってるね」
「あら。お爺ちゃん。いらっしゃい」
開店と同時、杖を持った老人が千乃に声を掛けてきた。
「毎日一人で大変だねぇ」
「別にどうって事ないよ」
千乃とは顔馴染みなのだろう。
他愛の無い世間話をしている。
「何か手伝える事があれば良いんだが……」
「いいよ。そんなの。気持ちだけで充分」
「そうかい?……おや?」
その老人が、ふと大和の方へ視線を向けた。
老人は暫く大和を眺め、千乃の方へ向き直る。
にっこりと笑顔を浮かべ、
「……そうか。千乃も好い人見付けたか」
「えっ?」
千乃はきょとんと目を丸くし――背後に控えている大和を見て笑い出した。
「あはは。違うよ。この人は旅の人。連れの娘がちょっと具合悪くしたから、ウチに泊めてあげてるの。病人連れて宿には入れないでしょ?」
「なんだ。違うのかい?」
「うん。違う」
「…………」
老人は大和の側に歩み寄り、
「千乃は本当に良い娘なんだ。一人でよくやってる。アンタも時々でいいから気に掛けてやってくれ」
「は……はぁ……」
老人の言葉に、大和は生返事を返す。
「もう。何言ってんのさ」
千乃は老人の背中を軽く押した。
「散歩の帰りに寄り道したんでしょ? 薬は用意しとくからさ」
「おお。そうだった。また無理して千乃に心配掛ける訳にはイカンしの。薬はまた取りに来るよ」
「うん。待ってるからね」
老人を見送って、千乃がこちらに向き直る。
頭を掻きながら、
「さっきのは気にしないでね。おしゃべりが好きなじいちゃんなの」
「別に気にしてない」
表情を変えず答える大和に、千乃は半眼になり呻く。
「……ハッキリ言われると結構傷付くよ?」
「……どうしろってんだ」
「もう少し歯に衣着せて喋った方が良いんじゃない?」
「…………」
言われて、大和は視線を逸らした。




