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小さな影 1

 

 町に着いたのは、その日の夕暮れ。町のあちこちに明かりが灯り始める頃。

 行き交う人を横目に、大和は小さく息を吐いた。

 思えばあの村――小夜の住んでいた村を出てから、ゆっくり休めていない。

 その時も、面倒な騒ぎのおかげで苦労した。騒ぎの後、少しは休めたものの、もっと面倒なモノを背負う羽目になった。

 とにかく、たまにはゆっくり寝たい。

 そう思い――まずは宿を取ろうと思った時だ。


「!?」


 突然、小夜がこちらに倒れ込んできた。

 大和は慌てて抱き止め、呼び掛ける。


「小夜!?」


 小夜は大和の腕の中で、ぐったりとしていた。

 ゆっくり顔をこちらに向け、掠れた声で呟く。


「ごめん……なさい……何か……体がだるくて……」


「な……」


 小夜の額に手を当ててみると、かなり熱があった。

 大和が、どうしたものかと思っていた――その時。


「どうしたの?」


 背後から声が聞こえてきて、大和はそちらに顔を向けた。

 声を掛けてきたのは若い娘。年齢は、自分とさほど変わらないように見える。茶髪で、快活そうな瞳をしていた。

 彼女は大和の腕に抱かれている小夜を見て、


「あらら。彼女、具合悪そうね」


「ああ……ちょっと体調崩したみたいで……」


「あたしが診てあげようか?」


 彼女の一言に、大和は目を丸くした。


「……アンタ医者なのか?」


 訊くと、娘はかぶりを振る。


「じゃないけどさ。ちょっとそういうのは分かるつもりよ」


「…………」


「家すぐそこなの。ついておいでよ」


「…………」


 一瞬迷ったが、着いたばかりの町で、医者を探して歩くのも容易では無い。小夜も、自分の足で歩くのは辛いだろう。

 大和はひとまず、その娘について行く事にした。

 彼女の言う通り、家はすぐそこ――目の前の通りにあった。中に入ると、そこは雑貨屋のようだった。

 店の奥の部屋へ案内され、娘が布団を敷く。


「そこに寝かせてあげて」


 言われるまま、大和は小夜を布団の上に寝かせた。

 娘は小夜の側にしゃがみ込むと、小夜の額に手を当て、唸る。


「……うーん。風邪っぽいね。それに少し疲れも溜まってるみたい。熱は高いけど……安静にしてればすぐ良くなるよ」


「……そうか」


 ほっと胸を撫で下ろし、大和が息をつく。

 娘は小夜と大和の顔を交互に見て、


「アンタ達、旅の人でしょ? 病人連れて宿には入れないだろうからさ。この娘が良くなるまで家で休んでいくといいよ」


「……え。いや……でもそれは……」


 娘の申し出に大和がまごついていると、彼女は笑いながら言った。


「いーの、いーの。どうせ部屋は余ってるしさ。それに薬なら売るほどあるんだ」


「……売るほど?」


 大和が怪訝な表情を浮かべる。

 さっき通ってきた店内は、どう見ても普通の雑貨屋にしか見えなかったが……

 娘はこちらの刀を見て、意味ありげな視線を向けてきた。


「お兄さん。退治屋でしょ?」


「……ああ」


 僅かに警戒の色を滲ませ、大和は頷く。

 その気配を察してか、娘がぱたぱたと手を振る。


「警戒しなくても大丈夫。モノがあるなら引き取ってあげるよって話。ウチは“そういう店”だから」


「……まさか……」


 娘の言わんとする事を悟り、大和が呻く。

 娘は頷いた。

 ここは、単なる雑貨屋などではなく――妖魔の角や牙等を専門に扱う妖具屋だったのだ。



 小夜に薬を飲ませ、寝かし付けると、大和は娘に店へ案内された。


「ウチはね。上は雑貨屋、下は妖具屋を営んでるの。わざわざ人目に付きにくい場所に店構えるのも色々面倒だしね」


 地下の階段を下りると、そこにはもう一つの店があった。

 ずらりと並ぶ薬品の数々。


「…………」


 娘は店内を示し、


「見ての通り、ウチは薬品専門だから、武具の素材はちょっと安くなっちゃうけど……そこは勘弁してね」


「……ああ。分かってる」


 妖魔の角や牙は、その土地によって価値が変動する。

 武具の素材になる物。薬の材料になる物。それらを最も高く買い取ってくれる場所で売るのが理想だが、旅をしていれば、そういう場所を選んではいられない。

 大和は、娘の前に集めた素材を入れた袋を差し出す。

 娘は早速、中身を検分し始めた。

 ふと思い付いたように顔を上げ、


「あ。そうだ。あたしは千乃。アンタは?」


「……大和。連れは小夜だ」


「大和と小夜ちゃんね。じゃまぁ、ちょっとの間よろしくね」


 千乃はそう言うと、大和の集めた素材に視線を落とす。


「……あら。これはちょうど品薄になってたから助かるわ。こっちの角もなかなか良いモノね」


「…………」


 大和は黙って、検分が終わるのを待っていた。

 この娘――、千乃の物を見る目は確かなようだ。

 大和がじっと彼女の手元を見ていると、千乃は僅かに視線をこちらに向け、


「……そんなに見られると気になるじゃない」


「あ……悪い」


「心配しなくても、あたしの目は確かだよ」


「……みたいだな」


 千乃はふっ、と笑ってみせた。


「女がこんな仕事してるのが珍しい?」


「……いや。まぁ……少し……」


 大和は視線を逸らす。

 彼女の言う通り、女が妖具を扱うのは珍しい。自分と同じくらいの年頃の娘が、こういう場所に居るのを大和は見た事が無かった。

 千乃は笑いながら、


「そりゃそうだろうね。妖魔退治なんてどうしても腕力の強い男が多いし、自分が取ってきた物の値段に納得いかなくて喧嘩ふっかけてくるヤツもいる……力で来られたら女は勝てないもんねぇ」


「…………」


 彼女はため息をついた。


「……これ……元々は親父の仕事だったんだよ」


「……親父?」


 千乃は頷く。

 作業をする手は止めず、


「そう。あたしの親父は薬の材料集めから調合まで自分でやってたんだ。長い間旅に出る事もあった」


「…………」


 千乃は顔を上げた。

 苦笑しながら、口を開く。


「一度旅に出ると、なかなか帰って来なくてね。長い時は半年ぐらい帰って来ない事もあるんだ。それでも、帰って来た時に色々教えて貰ったり、本で勉強したりした」


「その父親は?」


「帰って来たよ」


 大和が訊くと、千乃は一拍置いて言ってきた。


「……遺体でね」


「!」


 千乃は背を向ける。


「旅には出るけど、腕が立つ訳じゃなかったからね。旅先で妖魔に喰われちゃったんだ」


 彼女は振り返ると、代金の入った袋を大和の前に差し出した。


「退治屋に依頼して取ってきてもらえば良いのにね。そりゃ儲けは減るけどさ」


 千乃は頭を掻きながら、


「おまけに母さんは母さんで、親父が居ない間に変な男に引っ掛かって家出て行っちゃって……ホント困っちゃうよねー」


「…………」


 そう言って笑う。

 大和は言葉が見付からず、ただ沈黙していた。


「……ま。店が残ったから何とかなってるけどね」


「……そうか」


 小さく呟く大和を見て、千乃が手を振る。


「なんかつまんない話しちゃった。ゴメンね。ホラホラ、それ中確認してよ。大体そんなモンだと思うんだけど」


「……ああ。充分だ」


 大和は渡された袋をしまい、懐から一枚の鱗を取り出した。

 それを千乃の前に差し出す。


「それはそうと……これで足りるか?」


「ん?」


 千乃は差し出された鱗をつまみ上げた。



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