それからの事 2
「お待たせしましたーっ!」
薬箱を持った小夜が部屋に戻ると、大和が倒れていた。
「えっ!? 大和さんっ!?」
小夜は慌てて大和の許へ駆け寄る。
「だ……大丈夫ですか!? やっぱりどこか酷く痛めて……」
泣きそうな表情で、小夜は大和の顔を覗き込む。
そして、首を傾げた。
「……あれ?」
大和の顔色は特に悪い訳でもなく、苦しんでいる様子もない。
寧ろ、呼吸は穏やかで落ち着いている。
これは――
「もしかして……寝てる?」
小夜は安堵の吐息を漏らした。
そういえば、彼は昨日あまり寝ていないのではないだろうか。
何より、あれほど巨大な妖魔を一人で倒したのだ。疲れが出て当然だろう。
小夜は大和を布団の上まで移動させると、傷の手当てをしながら、微笑んだ。
「……お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さいね」
大和が目を覚ましたのは、次の日の夕方。
「……んっ……」
ゆっくりと目を開ける。
最初に見えたのは見慣れない天井。
瞬きして――大和は腕を伸ばす。
その腕には、包帯が巻かれている。
「…………」
大和は起き上がり、体に触れた。
傷の手当てがしてある。
自分が眠っている間に、彼女が手当てしたのだろう。
漸く記憶が繋がって――彼はため息をついた。
「……こんな大袈裟にしなくてもいいのに……」
大和は視線を窓の方へ向ける。窓から見える空は、茜色に染まっていた。
どうやら、自分はかなり眠っていたらしい。
と――
「……あっ。目が覚めたんですね!」
声のした方へ視線を向ける。
見ると、小夜がこちらに歩み寄り、
「気分はどうですか? どこか痛むところはありませんか?」
そう言って、傍らに座る。
「……別に無い」
短く答えてやると、小夜はホッと表情を緩めた。
「良かった。なかなか目を覚まさないので……ちょっと心配しました」
「……そんなに寝てたのか?」
「あれから丸一日経ちましたから」
「……そうか」
少し目を閉じただけのつもりだったが……
「それより」
と、小夜がこちらの顔を覗き込み、
「お腹。空いてません?」
「ああ……あ。いや別に」
その言葉に一瞬頷きかけて――大和は即座にかぶりを振る。
それを見た小夜は、にこにこと笑顔で言ってきた。
「心配しないで下さい。普通にお粥を作っただけですから」
「……アンタの普通は普通じゃなかったんだが。っていうか俺は病人じゃない」
「まぁまぁ。ちょっと持って来ますね♪」
「…………」
ぱたぱたと部屋を出ていく小夜を見送って、大和はため息をつく。
とりあえず、よく寝た。
そのおかげで、力を使った後の疲労感は消えていた。傷は大した事ない。これなら明日にでも動ける。
大和は小夜の作った粥(幸いな事にまともだった)を平らげ、一言彼女に告げた。
「……俺は明日この村を出る」
「えっ!?」
それを聞いた瞬間、小夜は驚いて目を丸くする。
身を乗り出し、訊き返してきた。
「明日!?」
「ああ」
「どうしてそんな急に……!」
何故か狼狽える小夜に、大和は淡々と告げる。
「別に急じゃない。俺は元々この村に来る気はなかったし……本当ならあの騒ぎの後、すぐにでも村を出るつもりだったからな」
「……でも……まだ怪我だって治ってないのに……」
大和は軽く手を振る。
「何度も言ってるだろ。大した事無いって。こんなのはすぐ治る。それに……長く留まって、村の連中に騒がれるのも面倒だ」
「…………」
小夜は俯いた。
肩を落とし、
「そう……ですか……」
暗く沈んだ様子で続ける。
「……大和さんが決めた事なら……仕方ない……ですね」
「…………」
小夜は暫く口を噤んでいたが、やがて顔を上げ、
「じゃあ……今日はゆっくり休んで下さい」
「……ああ」
にっこりと笑って――小夜は食器を持って部屋から出て行く。
食器を片付けながら、彼女はある事を考えていた。
「……明日……」
当然の事ながら、彼がいつまでもこの村に留まるはずがない。
出ていく日が来る事は分かっていた。
それが――明日。
「……よし」
片付けを終えて――小夜はぐっと拳を握り、ひとつ頷いた。




