それからの事 1
「……出て来ないな」
「やっぱり喰われたんじゃないか?」
「儀式の邪魔をしてなきゃ良いが……」
口々に不安を漏らす村人に、老婆は嘆息した。
「うるっさいねぇ。そんなに気になるなら見て来れば良いだろう? ここでごちゃごちゃ言ってて何か変わるのかい?」
「そんな事言ったって……」
村人の一人が反論しかけた――その時。
「おいっ! 誰か出て来たぞ!」
「何っ!?」
その場に居た者全員、洞窟の方へ視線を向ける。
洞窟から出て来たのは――銀髪の青年。
「あっ……」
「……ふん。やっぱりね」
「…………」
村人には目もくれず、青年は真っ直ぐ歩いて行く。
彼には何か近寄り難い雰囲気があり、村人は黙って道を開ける。
「……何か……声掛けられる雰囲気じゃなかった」
「……ああ」
それから僅かに遅れて、声が聞こえてきた。
「ちょっと待って下さ~いっ!」
「小夜っ!?」
青年――大和から少し遅れて、洞窟から小夜が小走りで出てくる。
村人は彼女を引き止めた。
「あ。皆さん」
「小夜! お前、何で出て来たんだっ!? 儀式はどうしたっ!?」
訊かれて、小夜は笑顔で答えた。
「儀式なら終わりました。もう生け贄を捧げる必要はありません」
「……何だって?」
小夜は大和の背中に視線を向け、
「あの人が……大和さんが妖魔を退治してくれました。だから……もう大丈夫です」
「そんな……まさか……」
「生きて私が出て来たのが証拠です」
信じられない様子の村人に、小夜は洞窟を指さし、
「嘘だと思うなら行って確かめて下さい。奥にバラバラになった妖魔の死体がありますから」
◆◇◆◇◆
「…………」
大和は無言で歩く。
と――
「……また寿命が延びちまったねぇ……」
「…………」
その声に、大和は足を止めた。
声のした方を見やる。声の主は、あの時の老婆だった。
老婆は皮肉げな笑みを浮かべ、
「やっとじいさんのトコロへ逝けると思ったんだけどね」
「そんなに死に急がなくても、近いうちに迎えが来るだろ?」
「ふん。言うじゃないか」
老婆はこちらに歩み寄る。
「けど意外とお前さんより長生きするかもしれないよ?」
「……いつまで生きるつもりだ」
「お前さんが早死にするかもしれないだろう?」
「…………」
大和は半眼で老婆を見据えた。
「若いからってあんなモンに喧嘩売ってたら、命がいくつあっても足りゃしないよ。無茶もほどほどにするんだね」
言われて、大和は低く呻く。
「……別に売りたくて喧嘩売ってる訳じゃない。今回のは成り行きだ」
「…………」
老婆はため息をついた。
大和の方へ向き直り、
「……ありがとうね」
突然礼を言い出す老婆に、大和は怪訝な表情を浮かべた。
「……何がだ?」
「村を救ってくれて」
大和は嘆息まじりに口を開く。
「別にそんなつもりじゃない。礼を言われるような事はしてない」
「こういうのは、お前さんがどういうつもりかより、周りの人間がどう感じるかだと思うけどねぇ?」
「…………」
「ありがとうって言ってるんだから、素直に『どういたしまして』で良いじゃないか」
「……どういたしまして」
顔を背け、大和が呻く。
そのまま歩き出す大和を、老婆が呼び止めた。
「ちょいとお待ち」
「……今度は何だ」
「礼と言っちゃあなんだが……お前さんに一つ良い事を教えてあげるよ」
「……良い事?」
大和が振り返る。
老婆が頷く。
「そ。お前さんの……未来」
「……未来?」
「あたしはちっと占いをかじっててね。少し先の事が分かるのさ。未来って言っても、そんな何十年も先の話じゃない……そうだね。数日後の話かねぇ」
「何だそりゃ」
大和は眉根を寄せる。
「まぁお聞き」
老婆はもったいつけるように目を閉じ、ゆっくりと言ってきた。
「お前さん……数日後、とっ……ても面倒なモノを背負い込む事になりそうだよ」
「……はぁ?」
大和は訝しげな顔をして、
「それ……良い事か?」
「良い事だろ? 何かあるのを事前に知る事が出来たんだから。色々準備も出来る」
「何かって……面倒なモノって何だ?」
大和が訊くと、老婆は笑った。
「そりゃじきに分かるよ」
「……アンタ、最初に会った時もそんな事言ってた」
「おや。覚えてたのかい。すぐ分かったろ? 今回もすぐ分かる」
「分かってからじゃ、遅いんじゃないのか?」
疑わしげな眼差しを向ける大和に、老婆は人差し指をピッと立てる。
「そうだねぇ……じゃあもう一つ」
「…………」
老婆はニヤリと笑い、
「ソイツはお前さんが苦手そうなモノだ」
「苦手そうなモノ……?」
大和が首を傾げる。
老婆は頷いて、何やら意味ありげな視線を向けてきた。
「アンタ……なかなか良い男だけど、女の匂いはしないからね。そういうのは扱いに困るんじゃないのかい?」
「……女?」
ますます困惑の色を強める大和に、老婆は心底面白そうに笑う。
踵を返し、
「まぁそう難しく考える必要は無いさ。ソイツはほっといても、向こうからお前さんの所へやって来る」
「……アンタの話は結局よく分からん」
「ちょっとした忠告だよ。信じる信じないは自由さ。後は自分の頭で考えるんだね」
「…………」
老婆はそのまま笑いながら去って行った。
結局その後、大和に残されたのは、訳の分からない疑念だけ。有り難くも何ともない戯言にしか聞こえなかった。
数日後、自分の所へ何か面倒なモノが舞い込んで来る――らしい――という何とも曖昧な忠告。
そんな曖昧なモノに対して、何をどう備えろというのか。
大和は目を閉じ――深々と嘆息した。
その時――
「大和さーんっ!」
「…………」
呼ばれて、大和が振り返る。
見ると、小夜と村人が駆けてくるのが見えた。
村人達は大和を取り囲む。
「話は小夜から聞いた! いや……ありがとう! 本当にアンタは村の恩人だ!」
「これで安心して暮らせるようになった!」
「…………」
すっかり浮かれた調子で騒ぎ立てる村人に、大和は一言告げた。
「……俺に礼を言う暇があったら、先に犠牲になった奴らを弔ってやれ」
「…………」
その場の空気が一気に冷える。
大和は踵を返し、歩き出した。
この村を最初に巡った時、それらしい墓は無かった。妖魔に喰われれば、骨の一つも残らない。
何もかもを喰らい尽くされ――その上、墓も無く自分達が犠牲になった事すら忘れられてしまう。
それは……あまりにも哀れだ。
小夜は村人達に頭を下げ、大和の後を追う。
彼に追い付いて、小夜は口を開いた。
「本当に……ありがとうございます。村の人達は……自分達のしてきた恐ろしい事に気付いてくれるでしょう。この村は……きっと変わります」
「……どうだろうな」
そんな所まで知った事では無い。また興味も無かった。
これから先の事は、この村に住む連中の問題だ。思わぬ形で騒ぎに巻き込まれたが、それが済めばこの村に用は無い。
大和が村の外に足を向けた――その時。
小夜が大和の腕を掴んで引っ張る。
一瞬、体勢を崩し――大和は驚いて、思わず声をあげた。
「っと……何だ! いきなり!」
小夜は腕を掴んだまま、
「何処へ行くんですか!?」
「何処って……そんなの俺の勝手……」
小夜はかぶりを振って、大和の言葉を遮る。
「ダメです! 傷の手当てもしてないのにっ!」
「なっ……」
必死に言ってくる小夜の表情を見て、大和は言葉を詰まらせた。
――が、彼女の手を振り払い、
「手当てなんか必要無い。かすり傷だ。さっきもそう言っただろ」
「かすり傷じゃないですよ!」
明るい所に出て、改めて彼の体を見ると、深い傷や激しい出血は見当たらないものの、やはり痛々しい。
小夜は再び大和の腕を掴む。
少し俯いて、
「……傷の手当てくらいさせて下さい。他に出来る事も無いですし……」
「…………」
大和は深いため息をついた。
「……分かった。分かったから手を離せ」
大和がそう言うと、小夜はぱっと表情を明るくした。大和の腕を引っ張ったまま歩き出す。
「本当ですか!? じゃあ、早く行きましょう!」
「だから手を離せって……」
こちらの言葉は無視して腕を引っ張る小夜に、大和は疲れたように呻いた。
「ちょっと待ってて下さいね」
小夜の家に着いて、大和は小さく息を吐いた。
彼女が薬を持って来る間、部屋で待たされる。
「…………」
早くこの村を出たかった。
これ以上、面倒な事は起こらないだろうが、長居したくなる場所ではない。
ぼんやりと天井を眺め――ふと、大和は我知らず目を閉じそうになっている事を自覚し、かぶりを振る。
瞼が重い。
そういえば、昨日はほとんど寝ていなかった。ついでに、この村へ着くまでの間も野宿続きで、まともに眠れていない。
その上、使い慣れない力を使ったのだから、疲労感を覚えるのは無理もない。
大和は、その場にくずおれるように倒れ込む。
彼が眠りに落ちるのに、そう時間は掛からなかった。




