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運命 変わる時

 

 残る一つの首に、鋭く光る銀色の刃が突き付けられる。


「これで最後だ」


 大和は、竜の背後――背中の上から告げた。


『……グゥ……ワシの首を落としたところでワシは死なんぞ。長く眠る事にはなろうが……いずれ再生する……ワシが目覚めたらこの地に住む者を皆殺しにしてくれる!』


 大和は目を細める。


「……そうだな。てめぇみたいにデカイ妖魔は、体に蓄えられた妖力も多いだろうからいずれ回復するかもしれない」


 大和は竜の首筋に当てた刀に力を込める。


「けど……それも体がバラバラになったら出来ないだろ?」


 竜は嘲笑する。


『その小枝のような刀でワシの体をすべて斬り裂けるものか』


「……どうかな」


 大和は刀を振り抜いた。

 ずるり……と、竜の首が落ちる。

 刹那――


『……ガッ……』


 竜の胴体がバラバラに斬り裂かれていく。


『なん……だと……? こんな……事が……』


 首だけになって、消えていく意識の中、竜はただ自問する。


(これは……何だ? 何が……ワシの体を……)


 ふと、竜は気付いた。

 洞窟内に渦巻く――風。


(刀で斬られたのでは無い……そうか……これは――……)


 竜は大和を睨み据え、呻き声をあげる。


『……風の……刃……』


「…………」


『貴様……ただの人間では……なかったか……』


 大和は竜を見下ろす。

 刀を鞘に収め、


「……俺は人間だ。鬼の血を引く」


 竜は目を見開いた。


『鬼……そうか。お前……あの鬼の――……』


 竜の声はそこで途切れた。

 妖気も消える。

 大和は嘆息した。


「……妖魔にはあまり名前が知られてない方が良いんだけどな……」


 と――

 急に酷い眩暈がして、大和はその場に膝をつく。


「……っ……まだ……力の加減が……」


 大和は長い旅の間、鬼の力を扱う術を身に付けた。

 一つは妖気を抑える事。

 そして、もう一つは――この風の力。

 だが、それはまだ不安定だった。特にこの風の刃は、思うように扱えない。

 また、これ程巨大なモノを斬った事は無かった。

 村の周囲の妖気が散っていく。

 それを感じて、大和は小さく呻いた。


「……疲れた」



 小夜は、最後の瞬間を黙って見詰めていた。

 終わった。

 何もかも全て。

 今までこの村を縛っていたモノが崩れていく。誰もが諦めて、見ようとしなかったモノ。

 それを、彼はたった一人で打ち破った。


「…………」


 ふわりと――優しい風が彼女の髪を撫でる。

 暫く無言で立ち尽くしていると、突然大和がその場にしゃがみ込んだ。

 小夜ははっとして、彼の許へ駆け寄る。


「大和さんっ!」


 大和の顔を覗き込み、


「大丈夫ですか?」


「……何でもない。大丈夫だ」


 声を掛けると、割としっかりした声で返事が返ってくる。


「どこか痛むんですか?」


 見た目には大きな傷は見当たらない。

 ――が、竜の尾に激しく打ち付けられていた。もしかしたら、骨や内臓が傷付いているかもしれない。

 大和はかぶりを振る。


「少し眩暈がしただけだ。怪我も……別に大した事ない。かすり傷だ」


 そう言うと、大和は軽く手を振り、


「俺の事はいいから……お前は村に戻れ。ここへ来る途中に居た妖魔は俺が全部斬ったし、外の妖気も消えた。一人でも危険はない」


「……大和さんは?」


 訊くと、大和はその場に腰を下ろす。


「俺は少し休んでから行く」


 そう言って大和は額に手を当てて、目を閉じる。


「…………」


 小夜は大和の正面に移動すると、持っていた白い布を彼の頬に宛がう。

 その瞬間、大和が驚いたように目を見開いた。


「なっ……!? 何やって……!」


「ここ。血が出てるから……止血だけでもと思って……」


 彼女の手を払い退け、大和は後退する。


「あっ」


「そんな事しなくていい! 俺の事はいいから、お前は早くここを出ろ!」


 小夜はぐっと拳を握りしめ、大和の方へ詰め寄った。


「そんな……怪我人を放ってなんか行けません!」


「怪我人じゃないっ!」


 小夜が近付いた分だけ、大和は下がる。


「だって……立ち上がれない程に辛いんでしょう?」


「……だから……眩暈がしただけだって言ってるだろ」


「血だっていっぱい……」


「これは殆ど俺の血じゃない」


「……本当に何ともないんですか……?」


 小夜が訊くと、大和は嘆息した。

 壁に凭れ、


「だからさっきからそう言ってる」


「そう……ですか」


 小さく呟いて――小夜は、全身から力が抜けていくのを感じた。


「!?」


 ふらっ……と、小夜が倒れそうになったところを、大和が抱き止める。


「おいっ!? 何だ! どうした?」


 小夜は大和の顔を見上げ、


「あ……すみません。あの……何か安心したら力が抜けちゃって……」


「…………」


 小夜は力無く笑う。


「……変ですね。大和さんの方が怪我もしてて大変なのに」


 彼女は俯いた。


「でも……みんな無事で、大和さんも無事で……もう生け贄も捧げなくてよくなって……そう思ったら……私……」


 彼女の声は、途中でくぐもる。それでも聞き逃す事は無かった。

 大和は黙って彼女の言葉を聞いている。

 やがて、小夜は大和にすがるように着物を掴んで、肩を震わせて泣き出した。


「!」


 一瞬驚いたが――大和はその場に留まる。


「…………」


 死ぬ事が怖くないはずがない。

 どんなに覚悟を決めていても、最後の瞬間は躊躇いがあるだろう。それをこの娘は表に出さず、周囲の者に心配を掛けまいと気丈に振る舞って……

 大和は、ため息をつく。

 抱き寄せる事も、言葉を掛ける事もしない。

 ただ無言で、彼女の嗚咽を聞いていた。



「……落ち着いたか?」


「はい……すみません。私ったら……」


 暫く泣いて――小夜は漸く顔を上げる。

 手で涙を拭い、


「もう大丈夫です。何から何まで……ご迷惑をお掛けして……」


「……別にいい」


 大和は立ち上がった。


「立てるか」


「あ……はい!」


 小夜は元気よく頷くと、服に付いた土を払いながら立ち上がる。


「ならさっさとここ出るぞ。いつまでもこんな所で、のんびりしてられないからな」


「はい」


 先を歩く大和に、小夜はついて行く。

 ――と。

 一度だけ、彼女は後ろを振り返る。そこには、大和に倒された妖魔の姿があった。

 小夜は瞑目する。

 後はもう振り返らず――大和の背中を追った。



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