生け贄 2
『貴様……どうやってここまで来た……』
竜の問い掛けに、大和は即答した。
「別に……普通に走って。ここまで一本道だったからな。迷う方が難しい」
『……ワシの手下共はどうした』
大和は目を細める。
刀を肩に担ぎ、
「あんなの……俺が昔住んでた山の妖魔の方がよっぽど強かったぞ」
『…………』
洞窟の隅で、そのやり取りを聞いていた小夜は、ただ混乱していた。
(ど……どうしよう。こういう時どうしたら良いの?)
ふと、頭に被せられている布に触れる。
(……これ……取って良いのかな? もう儀式どころじゃないよね?)
小夜は恐る恐る布を捲り上げた。
その開けた視界の先には、大和と――これまで見た事も無い巨大な竜とが対峙している。
そしてその足元には、同じように巨大な竜の頭が転がっていた。
「あっ!」
思わず声を上げて――小夜は慌てて口を塞ぐ。
「…………」
ちらりと、大和が小夜の方に視線を向ける。
竜は微かに息を漏らした。
『……ただの人間にしてはやるようだな。それで? 貴様はあの娘を助けにでも来たのか? 酔狂なヤツだ』
大和は竜の方へ向き直り、
「勘違いするな。てめぇを斬らなきゃ、外へ出られないって聞いたから斬りに来ただけだ」
『ふん。まぁ何でもいい……この首の礼はさせてもらうぞ』
大和は刀の切っ先を竜に向けた。
「いらねぇよ。そんなモン。全部斬り落とすって言っただろ」
『まぁそう遠慮を……するなっ!』
「!」
再び竜が尾を振り下ろす――その瞬間。
大和はその軌跡の外へ飛び退く。竜の尾はそのまま地面を抉り、大量の土煙を舞い上がらせた。
小夜は咳き込む。
目を開けている事も出来ない。
「ケホッ! ケホッ……!」
「……その布被っとけ」
頭上から大和の声が聞こえてくる。
大和は小夜の頭上にある、少し出っ張った岩肌の上にいた。
「あ……あのっ!」
「……何だ」
「どうしてここに……」
「…………」
大和は、トンッ……と軽い音を立てて着地する。
「……さっき言った。この村を出る為だ。それに……お前にも言ったぞ。俺はどんな手を使ってでも出て行くって」
「……あ」
確かに――言っていた。
だが、まさか妖魔を退治するという事だとは。
大和は僅かに腰を落とす。
「……生け贄捧げて自分達だけ生き長らえようなんて思ってるうちは……お前が死のうが、何願おうが……村は何一つ変わらない」
「…………!」
小夜は、はっと息を呑んだ。
大和は素早く駆け出し、竜が尾を持ち上げた瞬間――その尾を駆け上がると、高く跳躍する。
そして振り抜いた刀は、竜の首をまた一つ斬り落とした。
『グッ……アアァァァァッ!』
竜が絶叫する。
大和は刀を構え直し、
「後三つ」
『き……貴様ぁぁぁぁ……!』
低く呻いて、竜は大和の足元を払うように尾を振り動かした。
大和はそれを跳んでかわす。
その瞬間、
「!」
竜の前足が大和を蹴り飛ばした。
激しく壁に叩き付けられる大和。
「あっ!」
『……煩い蝿め……』
小夜はそれを見て、思わず大和の許へ駆け寄る。
「ちょ……ちょっと待って……待って下さい!」
大和を庇うように両腕を広げ、
「この人は村の人じゃありません! 私を食べたら儀式は終わりでしょう!?」
『……娘。その小僧がこの村と関わりがあるか無いか……それはもはや問題ではない』
「そんな……その……首を斬ったのは悪い事かもしれないですけど」
竜は尾を振り上げた。
『お前は喰う。その小僧は殺す……そして村の連中もだ』
「えっ!?」
竜の尾が振り下ろされる――瞬間。
小夜は突き飛ばされた。
「きゃっ!?」
短く悲鳴を上げ、小夜が倒れる。
彼女が起き上がった時には、先程まで居た場所が竜の尾で破壊され、壁の一部が崩れていた。
「大和さんっ!」
『……死んだか?』
そう言って、竜が尾を持ち上げた時。その尾は、半分ほどの長さで斬り落とされる。
『ガァァァァァァァッ!』
竜の絶叫が響き、狭い洞窟内を振動させた。
そして――土煙の中、ひとつの影が揺れ動く。
「あっ!」
「……じっとしてろって言っただろうが」
ちらと小夜の方へ視線を向け、大和は半眼になって呻いた。
『……しぶとい奴だ……』
大和は口の中の血を、唾と一緒に吐き捨てる。
手の甲で口元を拭い、
「……あんなモンで死ぬか」
「あの……!」
「そこを動くな」
小夜が駆け寄ろうとする気配を感じて、大和は制止の声をあげた。
「でも……」
「気が散る」
短く告げて、大和は呼吸を整える。
尾は短くなったが、それでも、狭い洞窟で――しかも足元にいる人間を潰すのには十分だった。
竜は、思い切り尾を振り下ろす。
『くたばれ! 小僧っ!』
「危ないっ!」
「……もう少し楽に倒せると思ったんだけどな……」
その呟きが終わる頃――振り下ろされた竜の尾が、地面を砕く。
「大和さんっ!」
竜が尾を持ち上げる。
そこに大和の姿は無かった。
そして――
『グワァァァァァァァァッ!?』
竜の悲鳴と共に、首が二つ落ちた。




