生け贄 1
「すっかり暗くなっちゃいましたねー」
窓の外を見て、小夜が口を開く。
「……そうだな」
「月が綺麗です」
「…………」
どこまでも明るい――というか、軽い調子で小夜は窓の外を眺めている。大和は無言でため息をついた。
大和が何か言うより先に、彼女が小さく呟く。
「……そろそろ村の人が迎えに来るかも……」
その声には――先程までの明るさは無かった。
小夜は窓から離れて、大和の正面に座る。
にっこりと笑って、
「ありがとうございました。私、父も母も四年前に病気で亡くして……一人暮らしだったので、側に人が居て嬉しかった。大したおもてなしは出来ませんでしたけど……私は楽しかったです」
「…………」
彼女がそう言った時だ。
静かに――戸を叩く音が響いた。ほんの一瞬、小夜の体が震える。
彼女は立ち上がると、戸口の方へ向かった。
「時間だ」
「はい」
村人に連れられ、彼女は出ていく。
小夜は振り返り、
「じゃあ……私行きますね」
笑顔でそう言って、小夜は戸を閉めた。
部屋には、大和一人が残される。
「…………」
窓から、暗闇に消えていく小夜の姿を見て、大和は嘆息した。
刀を握る。
この村の話を聞いた時から、大和はそのつもりだった。
自分はこの村を出る。
――どんな手を使ってでも。
「……無理しやがって」
低く呻いて――大和は家を出た。
◆◇◆◇◆
頭から白い布を被せられ、小夜の視界が閉ざされる。
小夜を乗せた駕籠は、洞窟の中を真っ直ぐ進む。
(……やっぱり……ちょっと怖くなってきちゃった……)
俯いて、小夜は着物の裾を強く握りしめる。
やがて、駕籠が止まった。
外から静かな声が聞こえてくる。
「……いいか。小夜。決して動くな。妖魔を見るなよ。その布を取っては駄目だ」
「はい」
小夜が答えると、足音が遠ざかって行く。
周囲に人の気配が無くなる。
「…………」
暫くして――地響きと共に、重い鎖の音が近付いてきた。駕籠が壊され、ひやりとした洞窟の空気を肌に感じる。
近付いてくる鎖の音に向かって、小夜は叫んだ。
「あ……あのっ! お願いです!……どうか……私の話を聞いて下さい!」
すると、ピタリと鎖の音が止まる。
低く獣が唸るような音の後に、太い声が響いた。
『……話……だと?』
「あ……はい!」
小夜は、裾を握る手にますます力を込める。
(……通じた。あの人の言った通り……)
大和の姿を思い浮かべ、小夜は再び口を開く。
「私……あなたにお願いがあるんです。ひとつだけ……聞いてもらえないでしょうか」
『願い……?』
妖魔は、興味を引かれたように唸ると、
『……いいだろう。言ってみろ』
「ありがとうございます」
小夜は頭を下げ、
「村を覆っている壁を……結界を解いてもらえないでしょうか。村の人は皆食べる物が無くて困っています。小さな子供も……ひもじい思いをしているんです」
『…………』
「ですからどうか……結界を解いて下さい。お願いします!」
◆◇◆◇◆
「……ちゃんと置いてきたか?」
「ああ」
洞窟から出て来た村人と、外で待機していた村人が声を掛け合う。
「……しかし……可哀想な事だ。まだ若いのに……」
「仕方ないだろう。そうしなきゃ生きていけんのだから」
村人は空を見上げた。
「日が昇る頃には喰い終わって……妖魔も眠りにつく……外へ行く準備をしておかないとな」
男は皮肉げな笑みを浮かべ、
「ま、あの娘は身寄りが無いんだから仕方ない。こうなる運命だったんだよ。誰だって自分の子が可愛いに決まってる」
(……ああ。そういう事か……)
聞こえてきた言葉に、大和は深いため息をついた。
刀を握る手に力がこもる。
(……こんなヤツらの為に……)
胸中で呻いて――大和は茂みから出ると、洞窟の方へ走り出した。
「なっ……何だ!? お前はっ!?」
「おいっ! 誰かあいつ止めろっ!」
突然飛び出して来た大和の姿に驚く村人を蹴散らし――大和は、一人洞窟の奥へ向かった。
「……行っちまった……」
「どうするんだよ。生け贄は置いてきた。中には妖魔が溢れてるんだぞ。何も無しじゃ中に入った途端喰われちまう」
「万一、儀式の邪魔でもされたら……」
と――
狼狽える男達の背後から、声が掛かる。
「まぁ……肚括るしか無いねぇ」
「ばーさん」
姿を見せたのは、大和がこの村で最初に出会った、あの老婆だった。
「アレに許された者でなければ、捧げ物無しじゃあ洞窟を無事に通れない。あの坊やは途中でくたばるかもしれないねぇ。それなら問題は無いさ」
老婆はヒヒヒ……と笑う。
「だが、もしかしたら奥まで辿り着くかもしれない。そしたら……あたしらは覚悟を決めなきゃならない」
「…………」
老婆は一拍置いて、言ってきた。
「妖魔の逆鱗に触れて村ごとすべて滅ぶか――……あの坊やが妖魔を倒して出て来るか。二つに一つだ」
「そんな簡単に……」
不安げに言う男に、老婆は嘆息する。
「どの道……この村に“身寄りの無い子供”はもう居ないんだ。次はアンタらの子が喰われる事になるよ」
「!」
「そうそう都合良く余所から人が迷い込んで来るとも思えないしねぇ。まぁ覚悟を決めるんだね」
村人は言葉を失い、無言で洞窟を見詰め続けた。
◆◇◆◇◆
『…………』
妖魔は黙って小夜の言葉を聞いていた。
そして――
『命乞いかと思えば……面白い。いいだろう。その願い……叶えてやる』
小夜は顔を上げる。
「本当に!?」
『ああ……お前を喰った後でな』
「それでも良いです」
――これで少しは道が開ける。
これで……少しでも村が変われば良い。
小夜は目を閉じた。
刹那。
『グァァァァァァッ!?』
「!?」
何かとてつもなく重たい物が、地面に落ちた音と衝撃――それと同時に悲鳴が上がる。
『き――……貴様ぁぁぁ……よくもワシの首を……!』
妖魔が苦々しく呻く。
その時。小夜はふと、隣に人の気配を感じた。
そして、声が響く。
「五つもあるんだ。一つくらい無くなっても、困らないだろ」
(……えっ!?)
「まぁ、どのみち全部斬り落とすけどな」
聞こえてきた声に、小夜は驚く。
(この声……まさか……どうしてこんな所に……)
と――その時。
『ああぁぁぁぁぁっ!』
小夜の思考を打ち砕くように、妖魔の怒声が洞窟内に響き渡る。
『図に乗るなっ! この……小僧――――っ!』
五つの首を持つその竜は、長い尾を振り上げ、こちらを叩き潰そうとする。
大和はそれを見た瞬間、小夜を抱き上げ――即座にその場所を離れた。
「えっ? えっ!?」
困惑した様子の小夜は無視して、洞窟の隅――比較的安全そうな窪みを見付け、大和はそこに彼女を下ろす。
「あの……」
「そこでじっとしてろ」
何か言いたげな小夜の声を、大和は遮った。
刀を構え――告げる。
「……こんな馬鹿げた儀式……俺が終わらせてやる」




