邂逅 2
大きな町だった。
様々な店が軒を連ね、大勢の人が行き交う大通りを、一人の青年が歩いていく。
白い髪に紅い瞳。思わず振り返って見るほど、青年の顔は美しく整っている。
彼とすれ違う人の多くは、振り返った。それは別に、彼の容姿に惹かれたからという訳ではない。
いや、そういう者も中にはいるが、大抵の人間はまずこう言う。
『何故こんな所に妖が』と。
正確に言えば、彼は妖ではなく、妖の血を引く人間だが、普通の人間からすれば、どちらも同じようなモノだった。
人外の力を持っている事に変わりはないのだから。
彼はその視線にも、言葉にも慣れていた。昔からそうだ。
――そう。生まれた時から。
そして彼自身、普通の人間でない事は理解している。
人の多い場所はあまり好かない。
彼――大和は、無言で歩みを進めた。
大通りから少し外れた場所にある茶屋で、大和は一息ついた。
人が大勢居る場所は、面倒事も多い。
どういう訳か、自分の所には大なり小なり面倒事が舞い込んでくる。
極力、関わらないようにはしているが。
それでも、たまには町に立ち寄る必要があった。
生活費を確保する為だ。
彼は妖の血を引く者として恐れられる反面、その強さは一部の者の憧れでもあった。
大和は退治屋として妖魔を退治し、その角や牙を売って生計を立てている。退治屋の間で、彼はちょっとした有名人だった。
幼い頃から、手練れの退治屋でも苦戦するであろう妖魔を、次々と倒していく。鬼神のごとき強さを見せる少年の名は、瞬く間に広がった。
尤も――大和自身、そんな事に興味は無かったし、妖魔退治を生業にする者は、少なくないが多くもない。どちらかと言えば、恐れられる事の方が多かった。
それでも名が知れる事、それ自体は悪い事ではないと感じている。
もしかしたら、どこかで彼の耳に届くかもしれないと思ったからだ。
それは、大和が刀を振る理由のひとつでもあった。
自分に生きる術を与えてくれた人物。
彼が居なければ、今の自分は無い。
「…………」
大和は空を見上げた。
ゆっくりと雲が流れていく。
彼とは十年前に生き別れて、それきりだった。彼の噂は聞こえてこない。
当時は、それなりに名の知れた退治屋だったはずだが……
「……一体どこで何をしてるんだか……」
あの飲んだくれ、と胸中で毒づいて、大和は刀に触れた。
これも彼から与えられた物だ。
同じ道を歩んで行けば、いつか再会出来る――
そう信じて、大和は今日まで旅を続けてきた。
そして、これからもそのつもりだ。
長く旅をしていれば、居心地が良いと感じる場所が無いでもなかったが、居着く気にはなれず――気付けば、また別の土地へ足が向いている。それの繰り返しだった。
そろそろ行くか――そう思い、大和が立ち上がった――その時。
ガシャァァァンッ!――
「食い逃げだぁっ! 誰かそいつを捕まえてくれぇっ!」
すぐ隣の食堂から、叫び声が響く。
見ると、店の従業員らしき男と、黒い着物を着た痩身の男とが店から出てきた。
「…………」
大和はひとつため息をついた。
痩身の男が自分の横を通り過ぎる瞬間、男の足を引っ掛ける。
「どぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
男は、悲鳴をあげながら派手にコケた。
「てめぇ! 何しやがる!」
男が、顔を真っ赤にして怒声を張りあげる。
直後、追ってきた店員に取り押さえられた。
「『何しやがる』はこっちの台詞だっ! 食った分、きっちり払って貰うぞ!」
「ちくしょう! 覚えてやがれっ! この白髪野郎っ!」
ズルズルと引き摺られて行く男を見送って、大和は深々と嘆息する。
「……馬鹿ばっかりだ」
ぽつりと呟き、大和は町を出た。




