表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/76

空の涙 9

 

「…………っ!」


 妖魔の顔が近付いてくる。

 ほとんど息が触れる程に顔が近付いた――その時。

 ドッ!――


『……くぅっ!』


「!?」


 妖魔の顔が歪む。

 見ると、大和を掴んでいる妖魔の腕に、太い角が突き刺さっていた。

 先程、大和が倒した赤竜の角だ。


「……おいおい。いくらそいつが賢いっつっても……さすがにそういう事を教えるのは……ちっとばっかし早いんじゃねぇのか?」


「斬影!」


『……貴様……』


 不快そうに顔を歪め、妖魔が低く呻く。

 妖魔の意識が、自分から斬影に移った隙を、大和は見逃さなかった。


「離せっ!」


 宙吊り状態の体を揺らし、思い切り妖魔の腹を蹴り上げる。


『ぐぁっ!』


 蹴りの衝撃に苦悶の表情を浮かべ、妖魔はよろめく。

 大和は、蹴りの反動で大きく後方へ飛び退いた。

 斬影の許へ駆け寄る。


「斬影。大丈夫か?」


 それを聞いた斬影が笑った。

 大和の頭に手を乗せ、


「お前が俺を心配するなんてな……何ともねぇよ。大丈夫だ」


「…………」


 そう言う斬影の顔には、脂汗が滲んでいる。呼吸も荒い。

 斬影は笑みを消し、妖魔を睨み据える。


「それより……お前……早いとこ逃げろ。あんなのに捕まったら何されるか分かったモンじゃねぇ」


「…………」


 大和は、真っ直ぐな眼差しで斬影を見据えた。

 そして、


「逃げない」


 そう言って、大和は刀を握りしめる。

 妖魔の方へ向き直り、


「あれを斬れば良いんだろ」


「……それは……そうだが……」


 斬影は、ゆっくり呼吸を整えながら呻く。


「……奴の移動速度は半端じゃねぇぞ。少なくとも……俺には微かにしか見えん」


 見えたところで、体がその動きについていけない。

 斬影は小さく息を漏らすと、大和に問い掛けた。


「……お前……奴の動きが見えるのか?」


「見える」


 斬影の問いに、大和は即答する。

 そう言われて、驚くでもなかったが――斬影は目を見開く。


(情けねぇ話だ……)


 自嘲まじりに苦笑して、彼は刀を握る手に力を込めた。


『…………』


 ゆっくりとした動作で、妖魔は自分の腕から角を引き抜く。

 そして、その角を鋭い刃へと変化させた。それを、斬影の方へ向ける。

 静かに――だが、はっきりと怒りの色を滲ませ、


『……気が変わった。やはり……貴様から殺す』


「!」


 そう言うと、妖魔は恐ろしい速さで間合いを詰め、刃を振り下ろす。

 ギィィィィンッ!――


『!』


「…………っ!」


「大和っ!」


 鋭い金属音が響き、火花が散り、妖魔の放った重い一撃を、大和が受け止める。


『……退け。お前はこの男を始末した後、ゆっくり喰ろうてやる』


 それを聞いて、大和は妖魔を睨み付けた。


「誰がお前なんかに喰われるか。ついでに……斬影は殺させない」


「……ついでかよ……」


 斬影は、半眼になり呻く。

 ひとつため息をつき、素早く駆け出すと、妖魔の脇腹を打ち据えた。


『……ぐっ!』


 苦痛に顔を歪ませ、妖魔が後退する。

 斬影は、ちらと大和の方へ視線を向けた。


「こんな時くらい素直になっちゃどうかね」


「…………」


 大和は答えない。

 斬影は微苦笑を漏らす。


「まっ、そのくらいがお前らしくて良いけどな」


『…………』


 妖魔は、打たれた場所を軽く擦る。

 だが、それ以上の変化は見られず、致命的な打撃には至らなかったようだ。

 斬影が苦々しく呻く。


「……浅かったか。頑丈だな、おい」


『……小賢しい……』


 妖魔は、僅かに眉を顰める。

 ――が。


『……ふふっ』


「……何だ? 気でも触れたか?」


「…………」


 くすくすと笑って、妖魔は目を細めた。


『わざわざ手下を差し向けた甲斐があったわ。そうでなければ、私が出て来た意味が無い』


「何……?」


 斬影は眉根を寄せた。


「……まさか……ここ最近妖魔が暴れ回ってたのは……てめぇの仕業だってのか……?」


 妖魔は不敵な笑みを浮かべる。


『そうだ。先程まで貴様らを襲っていた奴等は、すべて私の下僕』


「……何だってンな事したんだよ」


 斬影の問いに、妖魔は深々と嘆息した。

 大和を指さし、


『知れた事……鬼の血を引く者の力を確かめる為に決まっておろう? 私が喰うに値するかどうか』


「なっ……」


 妖魔の口から出た言葉に、斬影は息を詰まらせる。

 妖魔はくつくつと笑う。


『少々遊びが過ぎたようだがな』


「……遊びだと?」


『鬼の血を引く者の力を調べて来いとは命じたが、他は何も命じなかったからな。随分と人間共を喰ったようだ。まぁ……私は人間の生き死に等に興味は無いが』


「……てめぇ……」


 斬影は妖魔を睨み付け、低く呻く。

 我知らず、刀を握る手にも力が入る。斬影が妖魔に斬りかかる――より早く、大和が妖魔に突っ込んで行った。


「なっ……!? 大和っ!?」


『……ふっ』


 妖魔は大和の刀を受け止め、嘲笑う。


『鬼の血を引くとはいえ……所詮は子供か……』


「……お前は俺が斬る」


『!』


 大和の刀を受けた妖魔が、徐々に押されていく。


(なんという力だ……これが鬼神の……)


 妖魔がそう思った時だ。

 ぴしっ……

 その音を聞いて、妖魔がはっと息を呑む。

 竜の角で造った刃に亀裂が生じている。


『馬鹿なっ!』


 妖魔の顔に、ありありと驚愕の色が浮かぶ。


「……斬るって言っただろ」


 その一言と共に、大和は刀を振り下ろす。

 大和の刀は、竜の角もろとも妖魔の体を斬り裂いた。


「大和……」


 真っ直ぐ振り下ろされた刀は、妖魔を深く斬り裂く。

 妖魔は折れた角を投げ捨て、胸元を押さえ飛び退いた。


『……ぐっ……こんな……こんな事が……』


 大和は、すぐさま妖魔との間合いを詰める。


『!』


 大和が振り下ろした刀が妖魔を捉える――その時。大和の動きがぴたりと止まった。


「!?」


 見ると、首を落とされた赤竜が大和の足首をしっかりと掴んでいる。

「こいつ……まだ生きて……!?」


 その隙に妖魔は詰め寄り、すかさず長い尾を使って大和の手から刀を弾き飛ばした。


「!」


『残念だったな。お前の力なら後一太刀で私にトドメを刺せただろうに……』


 そう言うと、妖魔は鋭い爪を伸ばす。


『安心しろ。私の爪には毒があってな。神経を麻痺させる。痛みはさほど無い……』


 妖魔は大和の肩を掴む。


『さぁ……鬼の力を私に差し出せ!』


「くっ……!」


 妖魔の爪が、大和を貫く――刹那。

 大和の足首を掴んでいる束縛が解けた。


(……えっ?)


 大和が混乱していると、何がなんだか分からないうちに、思い切り横に突き飛ばされる。


「…………っ!」


 なんとか受け身を取って、大和は顔を上げた。

 そして、その眼に映った光景に言葉を失う。


「……あっ……」


 大和は叫んだ。


「斬影っ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ