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空の涙 8

 

「人の刀じゃ歯が立たないなら……どうやって斬るんだ?」


 大和の問いに、斬影は肩をすくめた。


「あれを刀が届く所まで引き擦り下ろせれば……お前の刀なら……多分斬れる」


 意味ありげに、斬影は目を細め、


「そいつはちょいと良い刀だからな」


「…………」


 言われて、大和は改めて刀を見る。

 確かに、以前渡された物より格段に――比べるまでもなく――鋭く、切れ味がいい。

 鍔は無く、刃には金で、なにやら複雑で細かな紋様が刻まれている。

 大和が口を開くより早く、斬影が告げた。


「そいつは退魔刀だ」


「……退魔刀?」


 斬影は頷く。


「そ。文字通り、魔を退ける刀さ。妖魔に対して絶大な威力を誇る」


 そう言って、上空を旋回する赤竜を見据えた。


「刀が届きさえすれば、あのデカブツの首も斬り落とせるはずだ。届けばな」


「…………」


 大和は、視線を上に向ける。

 横目で斬影を見やり、


「……斬影のは退魔刀じゃないのか?」


 訊くと、斬影は頷いた。


「こっちは普通の刀。そりゃ、そこいらの安物よりは良いモンだけどよ」


 斬影は皮肉げに笑う。


「退魔刀ってのは普通の人間には造れん。“そういう力を持った者”が特殊な技法を用いて造るんだと。まず、造れる奴が少ないからな。その辺の店にゃ置いてねぇし……そうそうお目に掛かれる代物じゃねぇ」


「……ふーん」


 大和は小さく息を漏らす。


「……とにかく……この刀ならあれを斬れるんだな?」


「ああ」


「分かった」


 大和は頷くと、旋回している竜のちょうど真下にある木に向かって走り出した。


「……大和?」


 斬影は怪訝な表情を浮かべた。

 大和は地面を蹴り、木の枝を蹴り――あっという間に木のてっぺんまで駆け登る。

 それを見た斬影は、冷や汗を垂らす。


「……大和……お前……まさか……」


 斬影の不安をよそに、赤竜は大和の姿を見ると、真っ直ぐそちらに向かって降下していく。

 大和は突進してくる赤竜に向かって飛び出した。

 斬影が絶叫する。


「やっぱりぃぃぃぃぃぃっ!」


「……やっぱり……木が邪魔で来られなかっただけか」


 大和は不安定な体勢にも関わらず、上体を捻り、竜の首筋目掛け思い切り刀を振り抜く。

 刹那、竜の体が僅かに揺れ――ずるり……と、竜の首が胴から切り離される。大和は、即座に落とした竜の首と胴体を蹴り、体勢を整えると、もう一体の竜に向かって飛び出す。

 しかし――


「!」


 竜は、巨大な翼を羽ばたかせ、その風で大和を吹き飛ばした。


「大和っ!」


「……くっ!」


 大和は呻いて、破れかぶれに刀を振った。

 無論、刀が届くはずもない。

 だが――


「!?」


 斬影は我が目を疑った。

 大和が刀を振り抜いた瞬間――竜は血飛沫を上げて、真っ二つに割れていった。

 大和の刀は竜に届いていない。

 いや、仮に届いたとしても、あの巨体を真っ二つに出来る筈もない。

 そんな事を考えているうちに、大和が落ちてきた。

 斬影は、すかさず大和の体を受け止める。


「……っと!」


「…………っ!」


 何とか受け止め――安堵の吐息を漏らすと、斬影は大和を怒鳴り付けた。


「馬鹿野郎っ! 何てムチャしやがるっ!」


「……ああでもしないと斬れなかっただろ」


「それはそうだけどっ!」


 叫んでから、斬影はかぶりを振る。

 今はそんな事を言い合っている場合ではない。


「……まぁ、とにかく。“火の元”は退治した。今のうちにとっとと逃げるぞ」


 大和の放った斬撃も気に掛かるところではあったが、それらはすべて後回しだ。

 斬影が大和の首根っこを掴んで、歩き出そうとした――その時。


『……ほう。やはり……鬼の力は興味深い……』


 背後から声が聞こえてきた。

 艶のある女の声。斬影は、ゆっくりと視線をそちらに向ける。

 視線の先に居たのは女。だが、無論人間ではない。

 頭に二本の角を生やし、背には蝙蝠の羽を思わせる漆黒の翼を有する。

 妖艶な姿の女――いや、妖魔を見て、斬影は苦笑まじりに呻いた。


「こりゃ子供の教育によくねぇな」


 こちらの言う事は気に止めた様子もなく、女は細い指先を斬影の方へ向けた。


『お前には興味が無い。死にたくなければ、その子供を置いて立ち去れ』


 それを聞いた斬影は、吐き捨てる。


「馬鹿な事言うんじゃねぇよ。こいつ一人置いて行ける訳ねぇだろ」


 女は静かに吐息を漏らす。


『……去れ、と言ったぞ?』


「!?」


 女は一瞬で間合いを詰め、斬影の胸のあたりに右手を触れさせた。

 刹那、斬影の体が宙を舞い――凄まじい勢いで後方に飛ばされ、木に叩き付けられる。


「ぐあっ!」


「斬影!」


 大和がそちらに駆け出そうとした時、妖魔が大和の腕を掴む。


『お前は逃がさぬ』


「この……!」


「や……大和……!」


 妖魔は、軽々と大和を持ち上げる。


『あの鬼が封じられて百年……奴の血を引く者が居ると聞いて探していたが……漸く見付けた』


「…………!」


 妖魔は薄く笑んだ。

 嘲りと媚態とが入り混じったような目付きで。


『たかが人間の女一人に封じられた鬼だが……その妖力は尋常ではない。これまで大した力も無い妖魔を喰ろうていたが……それも終わりだ』


 ゆっくりと大和の頬を撫で、


『お前を喰って、私は鬼の力を手に入れる』



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