空の涙 7
斬影は、目の前にいる少年に視線を向けた。
あの妖魔達が狙っているモノ。
それは――……
「……分かった。あいつらの目的……狙っているモノが何なのか……」
感情の無い声で、斬影が呟いた。
「……何だ? 妖魔が狙ってるモノって」
「…………」
「……斬影?」
斬影は、ゆっくりと息を吐いた。
そして、静かに告げる。
「お前だ。大和」
「なっ……!?」
「妖魔が狙ってるのは……お前だ」
妖魔との距離は、少し開いたようだ。
斬影は、木の影に身を潜める。隠れたところであまり意味は無いだろうが。
どのみち、この先に“道”は無いのだ。
「……何で……奴らが俺を狙ってるなんて事が分かるんだ?」
「それは……」
斬影と同じように身を潜め、大和が訊いてくる。斬影は、この時まで“本当の意味で”その言葉を口にした事は無かった。
『まるで鬼のようだ』などと、冗談まじりに言う事はあっても。
大和の問いに、斬影は無理矢理、言葉を吐き出した。
「それは……お前が……鬼の血を引いてるからだ」
「!」
その言葉は――自分と少年との距離を、ひどく遠ざけるような気がした。
驚いて、目を見開いている大和に、斬影は苦笑いを浮かべる。
「腹が減ってるだけなら、近くにいくらでも村や町があるんだ。そっちに行けば良い。それをせず、こんな所までわざわざ出向いて来るって事は……他に目的があるって事だ」
斬影は刀の柄を握った――強く。
やるべき事は決まっている。
刀に触れたまま、斬影は口を開く。
「妖魔は力のある者の血肉を喰らって、自分の能力として吸収する。人間はそういう力を持つ者が少ないから、奴らにとって俺は餌に過ぎん。とは言っても、あれだけ大勢で来たら腹の足しにもならん」
斬影は大和の方へ視線を向け、
「……だが、お前は違う。お前の中には鬼の血が流れている……」
「…………」
「お前が生まれた場所や詳しい事情を知ってる訳じゃねぇけどな」
斬影は僅かに顔を伏せる。
「……それでも……お前が捨てられていた場所から大体の見当はつく……」
その場所で、白い髪、赤い眼を持つ妖の話はひとつしかない。
一夜で村を滅ぼし、人を喰らい尽くす――白き鬼。
斬影は皮肉げに笑った。
「爺さん婆さんが孫に聞かせる御伽話みてぇな話だがよ。そりゃあ、とんでもねぇ化け物だったらしいぞ。天を駆け、風を、炎を──天候さえ自在に操る妖力無辺の妖だったそうだ」
「…………」
大和は黙って斬影の話を聞いていた。
「……鬼の血を引く者は皆処刑されたと言われているが……お前の先祖はどうにか生き延びたんだろう。そうして産まれたのが……お前だ」
「…………」
話を聞いて――大和は言葉が出ない。ただ黙って斬影を見詰める。
斬影は、僅かに腰を落とす。
「……鬼の血は……欲しいだろうな。喰えば、それだけ大きな力が手に入るんだからよ」
斬影が刀を抜く。
刹那――
『ギャアァァァァッ!』
斬影の刀が断末魔の悲鳴と共に大木諸共、妖魔を斬り裂いた。
彼は妖魔を跨ぎ、茂みから出ると、そのまま刀を構える。
「斬影!」
大和の声に、斬影は肩越しに大和の方を見やる。
「どうせこのままじゃ逃げ切れん。まっ、やるしかなかろ」
「……さっきは相手に出来ないって……」
それを聞いて、斬影は笑った。
「そりゃ、小遣い稼ぎに命懸ける気はねぇよ。だが……」
妖魔の群れ――火炎球を放つ竜。
斬影はそちらに向き直り、
「弟子の――……いや。息子の命が懸かっちまったからな」
「!」
大和は顔を上げた。
「何ならお前はこの騒ぎに乗じて逃げても良いんだぜ?」
「…………」
それを聞いて――大和は眉をひそめる。
斬影は、もうこちらを見ていない。ただ真っ直ぐ妖魔の群れを見据えている。
刹那、斬影の体が揺れたかと思うと、次の瞬間にはこちらに向かってくる妖魔五匹、そのすべての足が斬り落とされていた。
まるで、影が妖魔の足を斬り落としたかのようだ。
足を斬られた妖魔は、なす術なく倒れていく。
それらには目もくれず、斬影は次々と妖魔をなぎ倒す。
――その時。
「!」
斬影が足を斬った妖魔が翼を生やし、斬影に襲い掛かる。
『ギャアアァァァァッ!』
「おっ」
背後から上がった妖魔の悲鳴を聞いて、斬影は肩越しにそちらを見やる。
見ると、大和が刀を担ぎ半眼で呻いた。
「……ちゃんとトドメ刺せ」
「助かったぜ」
「…………」
大和は、無言で斬影の側に歩み寄る。
「逃げないのか?」
斬影の問いに、大和は小さく答えた。
「逃げない。一人で逃げるのは……一人は――……嫌だ」
「そうか」
「……それに」
「んっ?」
大和は刀を構える。
「あいつらは俺を狙ってるんだろ? なら、俺が片付ける」
ちらと斬影を見上げ、
「斬影こそ逃げたら良いだろ」
それを聞いた斬影は、大和の頭を軽く小突く。
「馬鹿言うな。ガキ一人残して逃げるなんて……ンなカッコ悪い真似が出来るか」
「……格好の問題じゃないと思うけど」
そう言うと、大和は嘆息した。
そして一気に駆け出す。
疾風の如く妖魔の群れの間を駆け抜け、大和がその群れの間を抜けた瞬間――妖魔は、一斉に血煙をあげて倒れていく。
それを見た斬影は、胸中で独りごちた。
(……本当に……大したガキだ)
一瞬で――しかも正確に急所を突いている。
……しかし。
「雑魚はともかく……あの火トカゲをなんとかせんとな」
斬影は上空を睨み据えた。
彼の言う“火トカゲ”とは、上空から火炎球を放っている赤竜の事だ。
あれを止めなければ、じわじわと焼かれる。
「あんな所まで刀届かねぇしなぁ……」
あれ程までに高い妖力を持つ妖魔は、この山には居なかったはずだ。
「……あれ。どうするんだ?」
大和がぽつりと訊いてくる。
斬影は頭を掻く。
「……どーするってもな。あんな妖力のある妖魔には、人の刀じゃ歯が立たん」
炎をかわし、斬影が口を開く。
「そもそもだ。ああいうのは、こんな人里に近い場所には住んでねぇ。あんなモンが雀かなんかのつもりで空飛んでたら、人間なんざあっという間に滅ぼされちまう」
目の前の蝙蝠を斬り捨て、
「だから俺はこの山を選んだんだよ。“人の手に負える程度の妖魔が適度に住んでる”この山をな」




