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空の涙 3

 

「あ……あの……でも刃物は危ないから触らないようにしてね……?」


 びくびくと震えながら、男が大和に忠告する。


「…………」


 特に何の反応も見せないが、大和は棚に近付くと、ただ黙って品物を眺めている。


「……あれはちゃんと理解してくれてんのか?」


 男が小声で斬影に問い掛けると、斬影は頷いた。


「ああ。あいつは元々あんまり喋らねぇし、こっちの言う事に反応しない事もしょっちゅうある。が、言われた事はちゃんと守る」


「……そうか……」


 仮にあの少年が何かしても、自分には止められない。

 自分に出来る事はただひとつ。

 さっさと鑑定を済ませ、金を支払い、この店での用事を無くす事だ。

 渡された物を見ながら、男がぶつぶつとこぼす。


「……しっかしまぁ……どういう育て方したらあんなガキに育つんだ」


 暫し虚空を見詰め――斬影が口を開く。


「どういう育て方……って言われてもな。ただ自然の中でのびのびとさせていたら……いつの間にかあんな感じに……」


「自然にあんなガキが育つかっ!」


 思い切り突っ込んでから――男は、はぁ……とため息をついた。

 机の上に金の入った袋を乗せ、


「……今回はなかなかの代物だったからな。こんなモンかな」


 斬影は渡された袋の中身を確認する。

 口元に笑みを浮かべ、


「ありがとよ」


 男は軽く手を振りながら、素っ気なく返す。


「用事が済んだなら、あのガキ連れて帰ってくれ」


「……邪険にするなよ。もうあいつに斬らせたりしねぇよ」


 明らかに煙たがっている男に、斬影は軽く肩をすくめる。

 武器棚を眺めている大和に視線を転じ、呼び掛けた。


「大和! 帰るぞ」


「……分かった」


 大和は小さく頷いて、棚から離れる。

 斬影は肩越しに男を見やり、


「じゃあな。また来るぜ」


「ああ。出来ればアンタ一人でな」


「……もう斬らせたりしねぇって」


 苦笑まじりに呟いて――斬影は店を後にした。



「……さてと。思ったより稼げたし、お前も初仕事にしちゃ、まずまずの働きだったからな。なんか美味いモンでも食ってくか?」


「…………」


 頭の後ろに手を組んで、斬影が大和に問い掛ける。


「こんな事でもなきゃ、お前はまず町に来ねぇしな」


 斬影が笑いながらそう言った時だ。


「大和っ!?」


「……ん?」


「…………」


 どこかで聞いた覚えのある声に呼ばれ――大和と斬影は足を止める。

 振り返った先にいたのは、菊助だった。

 菊助は、こちらが振り返ると、すぐさま駆け寄ってきた。


「やっぱり大和だ! そんな白い頭してるヤツ、他に居ないもんな」


「…………」


「あれから全然顔見せないし……何やってたんだよ」


 大和は視線を上に向け――ああ、と小さく呟く。


「……菊助……だっけ」


「……大和。お前ってヤツは……」


 斬影は思わず目頭を押さえる。

 だが菊助は気にしていないようで、


「ちょうど良かった! ちょっと来てくれよ!」


「……俺はちょうど良くないんだけど……」


「いいから来いって!」


 菊助は大和の手を掴むと、そのまま引っ張っていく。


「何か知らんが……ちっと付き合ってやれば良いじゃねぇか。飯は後でも食える」


「…………」


 斬影に言われ、菊助の手を振り払おうとしていた大和が、抵抗を止める。

 菊助はそのまま大和を引っ張って行った。

 それを見送って――ふと、斬影はある事に気付く。


「……あ。あいつに刀持たせたままだ」


 大和が無闇矢鱈と抜く事は無いだろうし、“子供”に抜けるような代物ではないから心配は無いだろうが――万が一という事もある。

 斬影は軽く頭を掻きながら、二人の後を追った。



 二人の後をついて行くと、そこはこの間の広場だった。

 広場には大和と菊助の他に、子供が三人居る。

 山登りの時に見たのとは違う子供だ。

 斬影は広場の入り口で、暫く成り行きを見守る事にする。


「ほらっ! 連れて来たぞ。こいつが大和だっ!」


 菊助は、バッと両腕を大和の方へ向けた。


「……そいつが?」


「うわっ! ほんとに髪が真っ白だ!」


「…………」


 自分を見て、なにやら物珍しそうにする子供達を半眼で見やり、大和はぽつりと菊助に問い掛ける。


「……何なんだ。一体……」


 訊くと、菊助が口を尖らせながら答えた。


「こいつらが俺達の取ってきた羽を、作り物だってバカにするんだ!」


「……で?」


 促すと、菊助は後を続ける。


「――で! 偽物じゃない、あの山での冒険が本当だって事を奴らに証明して欲しいんだっ!」


「…………」


 大和は無言で空を見上げた。

 ゆっくりと――まるで綿菓子のような雲が流れていく。

 ぼんやりとそれを眺めながら――呟く。


「……どうやって?……っていうか、何で俺がそんな事しなくちゃならないんだ?」


 言うと、菊助はこちらに向き直り、拳を握りしめて叫ぶ。


「何でって……あの羽はお前が妖魔を倒して手に入れたモンだろっ!? バカにされて悔しくないのかっ!?」


「……別に何とも」


 大和には、何故菊助がこんなに必死になるのか分からなかった。大和にとって、あの妖魔の羽は、それほど大した物ではない。

 ――と。

 一人の少年が口を開いた。


「ふん。そんなヤル気のない白髪チビに何が出来るって言うんだ」


「……白髪チビ……」


 言われて、大和は眉をひそめる。

 確かに、その少年に比べれば大和は小柄だが……

 大和の表情の変化には気付かず、少年は続ける。


「自分達で作った物を大袈裟に自慢して回って楽しいか?」


「何だとっ!? これは俺達が戦って手に入れて来たんだっ!」


「…………」


 “達”ではないと思ったが、敢えて大和は何も言わなかった。

 だがまあ要するに――……


「……こいつらが妬んで喧嘩ふっかけてきたから、黙らせろって事か?」


 大和がそう言うと、菊助は頷いて――こちらに玩具の刀を手渡してきた。


「そうだ! お前の強さをあいつらに見せてやれっ!」


 渡された刀に視線を落とし、大和は深いため息をついた。



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