鬼の子 1
「う~……さぶっ」
その日。
昨晩降り積もった雪で、山は一面真っ白だった。
その山を、一人の男が肩を竦めながら歩いていく。
長い黒髪を靡かせる二十歳そこそこの男。
「こいつが無いとどうも落ち着かねぇからな」
男は町で仕入れた酒瓶を撫でる。
と――
「……ん?」
男の視界に何かが見えた。
この雪山には似つかわしくないモノ――
男はそちらに足を向ける。
「……こいつは……」
そこに居たのは赤ん坊だった。
行きは気付かなかったが、布にくるまれたその赤ん坊の体は、半分雪に埋もれている。
男は雪を払い、赤ん坊を抱き上げた。
赤ん坊はぴくりとも動かない。
「……捨て子か。可哀想に……どら、埋葬くらいしてやるか」
男がそう言った瞬間。
赤ん坊の瞼が僅かに動いた。
「!?」
男は、心底驚いて赤ん坊を見る。
赤ん坊の眼が開く。
その眼は、まるで血のように紅く――そして何よりも、吸い込まれそうなほど力強く澄んでいた。
「いっ……生きてたのか!?」
男は信じられない思いで赤ん坊を見下ろす。
生きているハズがない。
だが、腕の中の赤ん坊は、確かに生きた眼でこちらを見ている。
「…………」
男は呆然と立ち尽くす。
暫し迷い――体も冷えてきたので、ひとまず家に帰る事にした。
――その赤ん坊を連れて。
「……さて……どうしたモンかな。このガキ」
連れ帰ったは良いものの、男――斬影は腕組みをして唸った。
ちらと、赤ん坊の方へ視線を向ける。
捨て子なら、親など捜したところで名乗り出る者も居ないだろう。かといって、また捨てるのも気が引ける。
斬影はボリボリと頭を掻くと、赤ん坊の顔を覗き込んだ。
「……しゃーない。暫く面倒みてやるか」
拾った赤ん坊は、黙ってこちらを見詰めている。
斬影はヒョイと赤ん坊を持ち上げ、
「そうだ。なんか名前を付けてやらんとな」
斬影は赤ん坊を持ち上げたまま、目を閉じて考え込む。
「……よし。“大和”にしよう。お前の名前は大和だ」
大和と名付けられたその赤ん坊は、じっとこちらを見ている。
特に反応らしい反応を見せない赤ん坊に、斬影は低く呻く。
「……気に入ったのか気に入らないのか……」
斬影は大和を布団の上に置いた。
「しかし……赤子ってのはこんなに静かなモンなのかね?」
拾って来てから、ただの一度も声を上げないその赤ん坊。
泣く事も笑う事もしない。
とりあえず呼吸はしているので、生きているのは間違いないのだが。
「まぁ良いか。そのうちなんか反応するようになるだろ」
面倒が少なくて済むと、笑いながら斬影は大和の頭を撫でた。
◆◇◆◇◆
山頂から見える景色を、一人眺めている少年。
白い髪に紅い眼。
その表情から感情は何一つ窺えない。
「大和。ここに居たのか」
背後からの声に、大和と呼ばれたその少年はゆっくりと振り返った。
拾ってから七年。
一度も声を出さないその少年に、斬影は話し掛ける。
「ちょいと町まで買い出しに行くんだが……大和、お前も来るか?」
「…………」
少年はただ黙ってこちらを見据えている。
斬影は腕組みしてひとつ頷いた。
「……と言ったところで、お前が何か言う訳無いからな。よし。お前も来いっ!」
斬影は大和の首根っこを掴むと、そのままズルズルと引き摺って行く。特に抵抗する素振りをみせないので、行っても構わないという事だろう。
これまでの経験から斬影はそう判断していた。
「これと……後は……」
「…………」
町に着くなり、早速荷物持ちをさせられた大和は、無言で隣を歩く男を見据える。
「何だ? 重たいなら少し持ってやるぞ?」
こちらの視線に気付いてか、斬影が大和の顔を覗き込む。
重たいとは思わなかったので、大和は視線を逸らした。
「おっ。あそこもちょっと見て行くか」
ふらふらと店を巡る斬影に、大和は黙って付いて歩く。
「おや。久し振り」
「おう。邪魔するぜ」
小さな暖簾を潜り薄暗い店に入る。そこは雑貨屋のようだった。さほど広くない店内には、日用品から何に使うのかよく分からない物まで乱雑に置いてある。
店主とは顔馴染みなのか、斬影は軽く手を挙げて挨拶した。
「最近、顔見ないからくたばったかと思ったよ」
「ぬかせ」
「はっはっ……おや?」
ふと、雑貨屋の店主が大和の方へ視線を向け、
「アンタにこんなでかい子供なんていたっけな?」
「あ? ああ、違う違う。こいつは……」
「アンタにゃ似てないね」
「だからそうじゃなくて……」
「ボウズ。名前は何てんだ?」
斬影の言葉は無視して、店主は大和に話し掛ける。