子供達の事情 4
この刀一本で、妖魔の巣窟から少年達を無傷で帰せと言うのだから斬影も無茶を言う。
(……おとなしくしてくれれば良いけど……)
他の三人はともかく、菊助は大和の言う事に尽く反発する。
山に着いてから勝手な行動を起こされては、守れるものも守れない。
歩き始めて数時間。
昼も少し過ぎた頃――漸く山の入り口が見えた。
「よしっ! ここから山を登るぞっ!」
「……待て」
昼食を済ませ、山に入ろうとする菊助。
大和はその背中に短く制止の声を掛ける。
出端をくじかれたように、菊助は低く呻いた。
「……何だよ」
「そこは危ない。登るなら向こうの方が良い」
そう言って、大和は別の道を示す。
だが、やはりというか何というか――菊助が反発する。
「俺が隊長なんだ! 俺が行く道を決めるっ! お前は――……」
「黙れ」
「!」
菊助の言葉を遮り、その声と鋭い視線で菊助を黙らせる。
大和が静かな声音で告げた。
「ここから先は妖魔の巣窟だ。何処から登ったって奴等の通り道にはぶつかる。なら、わざわざ危険な道を行く必要は無いだろ」
「なっ……」
「これからは俺が先を歩く。お前達はその後をついて来れば良い」
その瞬間、黙っていられなくなった菊助が大和に掴み掛かる。
「何で下っぱについて行かなきゃならないんだよっ! 俺が……」
「…………」
言いかけて――菊助はその言葉を飲み込んだ。
菊助を見返す大和の眼には、彼を黙らせるのに充分過ぎるほどの威圧感があった。
「……死にたきゃ前を歩け。好きにしろ。その代わり、何があっても俺は手出ししない」
菊助は大和を掴んでいた手を離した。
大和は背後に居る子供達の方へ視線を向け、
「お前らもな。この山に入ったら、勝手に動き回るなよ。おかしな物には触るな」
「う……うん。分かった……」
「…………」
「行くぞ」
不満げな菊助は無視して、大和は歩き出した。
大和の背中には何か逆らい難い雰囲気がある。菊助は唇を噛み、強く拳を握りしめた。
大和の後を歩いていた綾那が、問い掛けてくる。
「危ない道とか、そうじゃない道ってあるの?」
「……無くはない」
綾那の問いに、大和は淡々と答える。
「ここは元々妖魔の住む山だ。さっきも言ったが、基本的には何処にだって妖魔はいる。けど、その中でも奴等が好む場所とそうでない場所ってのはある」
「へー」
「……魔物を探しに来たのに、避けてどうするんだ」
感心する綾那を尻目に、菊助はぶつぶつとこぼす。
大和は嘆息した。
「何処にだって妖魔はいるって言ってるだろ。斬影に、お前ら全員無傷で町まで送り届けろって言われてるんだ。わざわざ危険な道を歩いて、余計な面倒を増やす必要がどこにある」
きちんと整えられた登山道のようなものは無い。
頻繁に人が出入りする場所ではないのだから当然だが。
それでもいくらか登りやすい、妖魔の気配が少ない道を大和は慎重に選び、歩みを進める。
暫く黙って歩いていたが、菊助がつまらなさそうにぼやいた。
「……何だよ。何もいないじゃないか」
「警戒してるんだ。獣や妖魔は危険に対して敏感だからな。自分より強い者にはまず近寄らない」
「ふ~ん。じゃあやっぱり俺強いんだな♪」
機嫌良さそうに鼻の下を軽く指で擦る菊助に、大和は感情の無い声で呟く。
「……お前達だけで山に入ったら、足を踏み入れた瞬間食われてる」
「んな……」
弾かれたように目を見開き、菊助が大和に噛み付く。
「何だよっ! だったら魔物が出て来ないのはお前がいるからかっ!? お前が……この山の魔物より強いって言いたいのかよっ!」
「……さぁ。どうだか」
大和にはぐらかされて、菊助はまた不機嫌そうに顔をしかめる。
「……それより……あんまり大声出すな。下手に騒ぐと妖魔が集まって来る」
「…………!」
その言葉を聞いた瞬間、菊助の頭に血が上る。
菊助は持っていた木の棒で、辺りの茂みや木を叩き始めた。
「!」
「菊助っ!?」
「何やってるのっ!?」
「どうせ魔物なんかいないんだっ! 誰も見た事無いんだぞっ! そいつはただ自分が前を歩きたかったからそんな事言ってるんだっ!」
辺りを滅茶苦茶に叩きまくる菊助に、大和は舌打ちした。
素早く菊助の許へ駆け寄ると、彼の頭を地面に押さえ付ける。
「大和っ!?」
「おっ……お前っ! 何すん……」
「馬鹿か! お前はっ!」
菊助の頭を押さえ付けたまま、大和が怒鳴った。
「妖魔は目も鼻も耳も良いんだ! そんな事しなくても奴等の領域に足を踏み入れたら……」
言いながら、大和は刀を抜き放つ。
銀色の刃が閃き――茂みの奥から勢いよく飛び出して来た黒い影を一瞬で切り裂いた。
「襲い掛かってくる……!」
ドサッ……と、音を立てて何かが地面に落ちる。
それを見た瞬間、菊助が呻き声をあげた。
「……な……何だよ……コレ」
地面に落ちている黒いモノ――それは巨大な蝙蝠のような生き物だった。
大和は、刀に付いた血糊を振り払いながら答える。
「何って……蝙蝠だろ」
頬に付いた血を手で拭い、
「どっかで血を吸った後だな。道理で血が飛ぶと……」
菊助は、がばっと跳ね起きると、大和の胸ぐらを掴み大声で喚く。
「蝙蝠っ!? これが!? こんなデカイ蝙蝠なんか見た事ないぞっ!?」
その蝙蝠は、それこそ子供の頭などまるごと隠してしまうぐらい体が大きい。
唾を飛ばしながら叫ぶ菊助に、大和はあくまでも冷静に、
「妖魔だからな。これでも小さい方だ」
「いやぁぁぁぁっ! もう帰ろうよぉぉぉぉっ!」
突然の出来事で何が起きたのか理解出来なかったのか――漸く理解出来て、綾那が泣き出した。
沙月も綾那にすがるようにして、しくしくと泣き声を上げている。
「…………」
泣きじゃくる綾那達を、大和は無言で見据える。
「……っていうか。や……大和。それ……本物か?」
びくびくと震える手で、涼助が大和の持っている刀を指さす。
大和は頷いた。
「ああ。玩具じゃ妖魔は斬れないから」
「……ぐっ」
菊助が呻く。
「それより……お前ら、妖魔の証が欲しいんだろ? ならコイツの羽根もいで持って帰れば良い」
「……えっ?」
言うが早いか、大和は手早く蝙蝠の羽根を切り取ると、菊助らの前に差し出した。
「ん」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ! こっち向けないでぇぇぇっ!」
子供達が悲鳴をあげて、一斉に引く。
「……何だよ。こういうの探しに来たんじゃないのか?」
半眼で呻く大和に、菊助が怯えたように声を裏返し――それでも強気な口調で言ってくる。
大和との距離は若干離れていたが。
「そっ……それもまあまあな獲物だけど……ちょっと大きくて持って帰るの大変だから、もっと小さいのを探す」
「小さいの……」
大和は持っていた蝙蝠の羽根を投げ捨てた。
「……あんまり用も無く斬りたくねぇんだけど」
そう言って、刀を収める。




