子供達の事情 3
「……んで? 明日何かあんのか?」
夕飯を食べている時、斬影が思い付いたように大和に問い掛けてきた。
大和は頷いて、
「ああ……あいつら、明日探検するんだとか……」
「ほう?」
他人事のように答える大和。
斬影は興味を引かれたように相槌を打った。
「探検ねぇ。俺もガキの頃はよく近くの森に入り込んでやってたモンだ」
湯飲みに口を付けながら、何やら懐かしそうに物思いに耽る斬影に、大和は一言付け加える。
「この山で」
その瞬間。
斬影は「ブーッ!」と、思い切り吹き出す。
それを横目で見やり、大和が半眼で呻く。
「……汚ね」
「ゲッホ!……ゲホ……おま……そこはちょっと心配するとかだな……!」
激しく咳き込み、言いかけていた言葉を飲み込むと、斬影はかぶりを振った。
片膝を立てて、声を張りあげる。
「いやそれより! 何だと!? 明日探検するっ!? この山で!? あのチビ共だけでかっ!?」
「ああ」
狼狽える斬影をよそに、大和は至って冷静だった。
斬影は頭を掻きむしりながら座り直す。
「冗談じゃねぇぞ。ここは行楽気分で気軽に足踏み入れていい程安全な場所じゃねぇんだ。大体、ガキの足じゃ日が暮れるっつぅの」
「一応止めた。それでも行くって言ってるんだから、好きにさせれば良いだろ」
それを聞いて、斬影は心底嫌そうな顔をした。
「俺ぁ嫌だぜ。酒買いに山を下りたら、ガキの死体が転がってるなんてのを見るのはよ」
「斬影の酒が切れる頃には骨も無くなってるだろ」
「怖い事言わないのっ!」
あっさりと――恐ろしい事を言う大和に、斬影は思わず突っ込む。
ふと気付いて、斬影は口を開いた。
「っていうか。お前は行かねぇのかよ?」
大和は箸を止めて答える。
「……何で自分が住んでる山を今更用も無く歩き回らなきゃならないんだ? そんな面倒な事に付き合えるか」
そう言って、再び箸を動かす。
「そりゃまぁそうだが……」
斬影は口元に手を当て、
「……けどお前。せっかく出来た友達だろう?」
「別にそんなんじゃない」
ぶっきらぼうに言う大和に、斬影はため息をつく。
「どうせ上までは来られねぇだろうし、下の方なら大してデカイ妖魔も居ねぇ。小物なら、お前が付いててやれば、いきなり襲って来る事はないだろ。万一、危険なヤツが居てもお前ならそういう気配も分かるだろうし……」
一拍置いて、斬影は大和の方へ視線を向けた。
「ちっと付き合ってやれば良いじゃねぇか」
「……そんなに言うなら、斬影が行ってやれば良いだろ」
大和の言葉に、斬影は軽く笑う。
「俺が行ってどうするんだよ。あのチビ共が自分達で計画立てた事だろ? 子供ってのは、多少危ない事をしながら成長していくモンなんだよ」
「取り返しの付かない事になる前に止めるのが大人なんじゃないのか?」
「……もっともらしい事言いやがって……」
冷静に切り返す大和に、斬影は低く呻いた。
こほん……と、咳払いをし、
「まぁ……とにかく。行ってやれよ。どうせ暇だろ。お前」
「…………」
大和は斬影から視線を外すと、ため息まじりに呟いた。
「……めんどくさい」
完全に興味が無い様子の大和に、斬影は説得を続ける。
「そう言うなって。それにお前……気に入られてるみてぇじゃねぇか。特に……ほれ、あのおだんご頭の……」
言うと、大和は少し視線を上に向け、
「……ああ。なんでか知らないけど」
「なんでって……そりゃお前……」
言いかけて、斬影は言葉を濁した。
口の中でモゴモゴと呟き、
「……色々あんだよ」
「……ふーん」
心底どうでもよさそうに呟く大和を見て、斬影は何となくあの少女に申し訳なく思った。
「と……とにかく。行ってやれって。これも……あれだ。修行だと思って」
「嫌だ」
「…………」
きっぱりと言い切る大和に、斬影は目を閉じた。
ふーっ……と、長い吐息を漏らし――やがて真摯な眼差しを向け、一言告げる。
「桜餅買ってやっから」
「…………」
その一言で、大和の動きが一瞬止まる。
暫しの沈黙。
大和はほんの僅か、何かを考える仕草を見せた後、黙々と箸を動かす。
今度は拒否の言葉は出て来なかった。
それを見た斬影は、笑顔で大和に訊ねた。
「行ってくれるんだな?」
「……あいつらの為じゃない」
相変わらず斬って捨てるような口調だが、それには構わず、斬影はがしがしと大和の頭を撫でる。
「よしよし! 話せば分かるじゃねぇか! 弁当くらいは作ってやるからな♪」
「…………」
やたら嬉しそうな斬影の顔を見詰めて――大和は深々と嘆息した。
――翌日。
朝早く大和は町へ行く準備をする。
正直、あまり気は進まない。
斬影の作った弁当を持って、家を出ようとした時。
「おっ。そうだ。大和」
「?」
呼ばれて振り返る。
「これ持ってけ」
そう言って、斬影が何か投げてきた。
大和はそれを受け止める。
それは――刀だった。
「これは……」
「お前が付いてれば、そんなに危険な事は起こらねぇだろうが……念の為な。いざって時に、木刀じゃあ心許ないだろ」
「…………」
大和は無言で刀を腰に差す。
「分かってると思うが……無闇矢鱈に抜くんじゃねぇぞ」
「……分かってる」
「後、帰って来たらちゃんと返せよ」
「……行ってくる」
「……ちゃんと返せよ……?」
念を押す斬影に背を向け、大和は無言で戸口に手を掛け――無言で戸を閉めた。
◆◇◆◇◆
「……大和……来ないね」
町の外、これから向かう山を見ながら綾那が呟く。
「寝坊したのかな?」
「大和がどこに住んでるのか知らないから、迎えにも行けないしね」
沙月もなにやら不安そうに漏らす。
「まったく。下っぱのクセに遅刻とはいい度胸だ」
腕組みをして、菊助が苛立たしげにぼやく。
「……もう少し待って……来なかったら俺達だけで行くしかないよ」
涼助がそう言った時だった。視線の先で小さな人影が揺れる。
その人影を見て、綾那が声をあげた。
「あっ! 大和!」
綾那はその方向に指を向ける。
「えっ!?」
全員がそちらに顔を向けた。
小さな包みを片手に、真っ直ぐこちらに歩いて来る白い髪の少年。
その少年――大和が、子供達に気付いて顔を上げる。
側まで来ると、菊助が早速大和に噛み付いた。
「遅いぞっ! お前、下っぱのクセに遅刻とはどういう事だっ!?」
大和は軽く息を吐いた。
ぽつりと呟く。
「……別に今日来る約束をした覚えは無い。ほっといて行けば良かっただろ」
言われて、菊助が苦々しく呻く。
「お……俺はそのつもりだったんだ! でもこいつらが待つって聞かないもんだから仕方なくだな……」
「…………」
「でも良かったー♪ 大和来てくれて♪」
嬉しそうな綾那の顔を見た菊助は、ますます不機嫌そうに顔を歪める。
「とにかく! お前は遅刻してきた罰として荷物持ちだからなっ!」
「……別にいいけど……」
大和は菊助の方に視線を向けると、ひとつ問い掛けた。
「……お前ら……武器を作るって言ってたけど……それはどこにあるんだ?」
斬影に刀を借りたので、自分には必要無いが、彼らが最低限身を守る武器というのは、あった方が無いよりはマシだ。
訊くと、菊助は自信たっぷりに胸を張り、
「俺はこれだっ!」
と言って、その武器とやらを示す。
それを見て――大和は眉をひそめた。
「……その棒切れが武器?」
「棒切れじゃないっ!」
菊助が持っているのは、少し太めの木の枝に、包帯を巻き付けただけの粗末な代物で、先の方は少し小枝が残っている。他にも壊れた鍋の蓋等、武器と呼ぶにはあまりにも稚拙な、ガラクタの寄せ集めだった。
大和は、目の前の少年達と自分の感覚の違いに眩暈を覚える。
心底――本当に心の底から――深い吐息を漏らし、大和は告げた。
「……荷物になるだけだから、そんなモン置いていけ」
「何だとっ!? そういうお前はどうなんだよっ!?」
大和の言う事は、必要以上に彼の神経を逆撫でするらしく、菊助は顔を真っ赤にして声を張りあげる。
大和は無言で、腰に差してある刀に触れた。
それを見た綾那達が、それぞれ感嘆の声をあげる。
「うわーっ! 凄いっ!」
「カッコイイー!」
「本物みた~い!」
「……ぐっ……」
菊助も大和の刀を見て、低く呻く。
自分の持っていた木の棒を引っ込め、
「ふ……ふん。格好だけは一人前か……」
悪態をつくが、大和は冷静に返す。
「鍋の蓋よりはマシだろ」
「うぬぅぅぅぅぅぅっ!」
地団駄を踏んで意味の無い呻き声を漏らす菊助を、涼助が宥める。
「まあまあ。落ち着けよ、菊助。ほら、そろそろ出発しないと」
言われて――菊助は唇を噛む。
むむっ、と唸りながら、
「……そうだな。下っぱが遅刻してきたから出発時間が遅れたし……急いで出発しないと」
そう言うと、菊助は全員の分の荷物を大和の前に差し出す。
「ほらっ! お前が持て!」
「…………」
渡された物を見下ろして、大和が呟く。
「……この棒切れは捨てて良いか?」
「だから棒切れじゃないっ!」
喚く菊助を横目に、大和は歩き出した。
「おい……どこ行くんだよ」
「……あの山に行くんだろ。なら俺が……」
言いかけた大和の声を遮り、菊助が大和の前に立ち塞がる。
「俺が隊長だぞっ! 俺が先頭を歩くっ!」
「……急ぐんじゃないのか……?」
「急ぐさ。だから俺が先頭を歩くんだっ!」
「……勝手にしろ」
大和は疲れたような表情を浮かべ、菊助から視線を逸らした。
「さぁ、行くぞっ!」
『おおっ!!』
菊助の掛け声に、他の子供達が元気に返事をする。
それには構わず、大和はこれから先の事を考えていた。
最初から期待はしていなかったが――この少年達の力は、自分の想像していたモノより遥かに頼りない。これなら下手な武器は持たせず、自分が守る方が面倒がなくて良い。
その辺に落ちている木切れを拾って振り回す菊助らを見て、大和は嘆息する。
(……来なきゃ良かったな)
胸中で呻き、大和は少し後悔していた。
斬影が度々、頭を撫でながら、「お前は手間が掛からなくて助かる」等と言っていた事を思い出す。
大和は、その言葉の意味が分かったような気がした。
確かに自分は、目の前にいる少年達のように、無茶で無謀な事はしていない。少なくとも、自分の手に負えないような事には、自ら首を突っ込んだりしなかった。
“それ”が危険である事、“それ”が自分の手に負えない事は分かっていたから。
だが、この少年達は違う。自分達がこれから行く先に何があるのか分かっていない。
それは――とても危険な事だ。
大和が難しい顔で黙り込んでいると、綾那が怪訝な表情を浮かべ、訊いてきた。
「大和、どうしたの?」
「……何でもない」
口でどれだけ危険を伝えても、彼らには理解出来ないのだろう。
それが“子供”というモノなのかもしれない。
大和は刀に触れる。
斬影も面倒な事を押し付けてくれたものだ。
「子供は多少危ない事をしながら成長する」――そう言っていた。
そして。
その危険を、“生きて”分からせる為に自分はここにいるのだ。




