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panic clover  作者: 夢月時雨
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第四話「朝とヒルと夜」

時計の短針が一時を指し示し、深夜と呼べる時刻が訪れた。

庭は失墜の黒に月下が濡れ、それを掻くように窓から溢れる電灯が灯っていた。

テーブルを囲んでいたのは五人。

興じているトランプゲームで最も定番なそれは、既に終盤を迎えていた。

由良の手の二枚のカードの左を迷いもなく奪い、そう宣言をした律人が机上の山にカードを叩き付けた。

「うし、あがりっと!」

カードを引く順番は時計回り。恵都、由良、律人、深雪、久遠の順。

「あ、ははっ、私もあがった!」

久遠のカードを取った瞬間に深雪の表情はぱあっと晴れ、にこにこと笑顔を咲かせた。

これはゲームだ。

勝利者には相応の栄光があり、敗北者にも罰ゲームがある。

早々と勝利者になることのできた二人はそれの回避に優越感を感じ、足元で続くぎりぎりの勝負に高みの見物を極め込んでいた。

「あーっ、もう!」

「負けないんだから!」「あ、俺もあがり」

「っ!?」

焦りの色を見せる由良と恵都を横目に久遠はカードを捨て、みんなの前にも一つずつ置かれたマグカップを口に付けた。

中には、熱い紅茶が満ちている。

「由良・・・・」

「恵都・・・・」

カードを一枚持つ恵都と二枚持つ由良が熱く、色気などない、それどころか威嚇し合うように見つめ合う。

「男の魅せどころだよ、お兄ちゃん」

「女の子叩きのめすのはどうかな、お兄ちゃん」

「頑張れお兄ちゃん」

「お兄ちゃんお兄ちゃん言うな!」

深雪の悪戯っぽい口調に律人も久遠も悪乗りし、恵都は狼が威嚇するように三人を睨み付けた。

愉快そうに笑う勝者側を他所に恵都は慎重に目の前の二枚のカードを見据え、どちらを取るか手を出して迷っている。

右に左に。

「早くしなよ」

「男らしくさあ」

「・・・・」

嬉々として野次を飛ばす二人。

久遠は既に勝負に興味をなくし、紅茶を片手にテレビのニュース番組に見入っていた。

「・・・・!」

ぎらりと目が光り、恵都は文字通り右のカードを奪い取った。

「うッ!?」

あからさまなほどにがっくりと項垂れる。

引いたのはピエロが逆立ちで玉乗りをしている絵柄のカード、つまりジョーカー。

「・・・・・・・・で、結局負けると」

呆れ気味にため息を吐く深雪の横で、万歳三唱の由良と頭を抱える恵都。「やったあー!」

「もう嫌・・・・」

この世の終わりのような顔で恵都が呟くと、ころりと笑顔の深雪が彼を更に追い詰める。

「罰ッゲーム!」

どこからともなく取り出されたものを見て恵都の顔は青ざめ、由良と律人はくっくっと笑い、久遠もちらりと一瞥した。

「猫耳プラス尻尾〜!」

それは青い毛並みの装飾品で、恵都の顔からはまだまだ血の気が引いていく。しかも、律人が後ろに隠していた手を前に出すと、そこにはひらりと何かがあり。

「プラスメイド服ね」

それはレースやフリルがやたらと付いたエプロンドレスだった。

「なんッ!? 後付けなしだろ!?」

あまりの恐怖と寒気に立ち上がる恵都を眺め、他の四人はそれぞれに目を見交わし、声を揃えてこう言った。

「敗者に拒否権なし」

「はあ!?」

全員が一致した返答の絶対性を恵都は痛いほどに知っていて、もう笑うしかないという風に彼は笑い始める。

テーブルにそれ等を並べた深雪が罰ゲームを改めて説明する。

「敗者さんには、明日一日これを装備して家事をしてもらいますっ。朝食から夕食、洗濯から掃除まで全てでっす!」

質問は受け付けません、とでも言いたげに口を挟む余地を恵都には与えず、口許を綻ばせる。

「うふふふ」

炎だって凍り付く微笑みで、じりじりとにじり寄る三人。

深雪は猫耳を、由良は尻尾を、律人は衣装をそれぞれに持って、その背後には風雲急を告げるようなオーラが立ち上っていた。

身の危険に小さくいやいやをする恵都はゆっくりと後退り、庭への硝子戸に背中をぶつける。

久遠は、興味なげにテレビを見つめていた。



「あ・・・・」

騒ぎも収まり、静けさに包まれたダイニングに、深雪の気の抜けた声がはっきりと響いた。

それまではテレビの音しかなく、みんなは何事かと傾注する。

庭を眺める深雪はマグカップを手にして、硝子に額を押し付けていた。

ひんやりしたそれは、心を落ち着かせる。

「どうかしたか深雪」

猫耳を生やした恵都はキッチンで洗い物をしていて、覗くように声を掛けた。

頭のそれは明日からの筈だったが、少し長い前髪が邪魔そうだということで、カチューシャ代わりに律人に装着させられていた。

無論、強制的に。

「あれ。゛冷たい月゛・・・・」

深雪は僅かに上向いて、それが月を見上げているであろうことは視線をたどるまでもなかった。

「冷たい月・・・・冷たい月・・・・ああ、おじさんの!」

パンッと爽快に手を叩いて、ソファの由良が振り返る。

「うん」

遠い目で外を見たまま深雪は頷き、複雑な顔をする忙しない恵都を見やった。

「父さんが、最後に書いた詩」

「・・・・」

部屋が少し静まり返る。

それはただ悲しむというより、懐かしむような温かみだった。

「・・・・・・・・あ、ごめんみんな。暗くなっちゃったね」

明るい調子でそう言った彼女は、にっこりと笑みを浮かべた。

時刻は一時半。

もう、みんなの中に睡魔が募る時間帯だった。

「さ、今日は取り敢えず寝よう」

まくっていた袖を直し、キッチンから出てきた恵都が部屋を見回した。

誰も何かを言うわけでもなく相づちを打ち、ぷつりと、久遠によってテレビの電源が落とされた。

「お休み・・・・・みんな」

四つの背中を見送る淡い呟きは、誰の耳にも届くことはなく、ただ密やかな夜闇に、虚しく溶けていく。

ただ、密やかに。



「夜」

月すら闇に覆われ、街の外灯のみが辛うじて明かりを灯す。

「夜」

季節を逸した風が吹き、黒く塗られた枝葉を静かに揺らす。

「夜」

黒いドレス服の裾が風に舞い、響く声はビルの屋上にあった。

「・・・・夜」

もう一度囁く。

「なぁに、朝」

応えた声に従い、振り返り、縁に腰掛けて足をぱたぱたさせる白い筈のドレス服の朝を、大きな月のこちら側に認める。

朝と夜、二人の少女は黒と白の対照な姿をしていて、蠢く街を見渡し、微笑んでいた。

「お兄様がお目覚めになられたわ」

気の遠くなる高さに並んで腰掛け、朝は同じ顔の長い白金の髪を撫でた。

「お兄様が?」

対の動作で朝の髪を撫で、瞳を見つめ合い、二人は額を合わせた。

「やっと・・・・始まるのね?」

夜は囁き、朝の髪からその指を頬へ伝わらせ、唇にそっと触れる。

「ええ・・・・やっと・・・・」

朝は囁き、夜の髪からその指を頬へ伝わらせ、唇にそっと触れる。

「やっと・・・・」

右手と右手、左手と左手を合わせて指を絡め、どちらともなく、二人は唇を重ね合わせた。

「楽園が」

「訪れる」

小さな囁きは、街へと染み込んだ。


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