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panic clover  作者: 夢月時雨
11/13

第十話「神楽」

<制裁を>

<鉄槌を>

<罪在る者に断罪を>

──剣で腹から身体を壁に縫い付けられても尚、白髪の老兵の口からは歌うような言葉が零れ落ちていた。

辺りには火の手。

壁を這い天井を嘗め、退路も進路も等しく絶つ赤の障壁が伸びていた。

月の綺麗な夜だ。

しかし今や月は暗黒の煙と気配に霞み、清らかな闇夜の静寂は無数の剣合と絶叫悲鳴に塗り潰されていた。

ふと気付くと老兵は息絶えていて、肉が締まる前にその腹部から剣の刃を引き抜いた。

その過ぎた重みを床に引き摺りながら倒れた敵味方を横切り、一瞥すらくれずに前方だけを朧気な視界で見据える。

前も後ろも炎が立ちはだかっていた。

窓は熱気か、或いは戦闘の衝撃で割れてそこから赤い触手が伸びる。

聴こえるのは炎が大気を焼く音と、引き摺る剣の刃が地を削る音だけ。

故に、その物音が大きく脳に響いたのは得てして必然だった。

しかし、そもそも向かっているのはその音の下だった。

心配なのは、それを聞き付けて邪魔者が訪れることだけだが、それはあまりに些末。

火の手の傍を抜け、ある扉の前に立った。

扉の表面を撫で、煤を拭うとその下には赤い木の色が露出し、更に大きく手を上下すると素手が黒くなる代わりに扉が本来の美しさを取り戻した。

剣を軽く宙に持ち上げて下に向けた先端を床に突き立て、赤い薔薇の紋章が刻まれた扉に手を掛けた。鍵は掛かっていないようだった。

キイィ‥‥。扉が軋む。

部屋は、存外と綺麗な光景が保たれていた。

絨毯敷きで、天蓋付きの大きなベッドがあり、テーブルや書棚等がいつもと変わらず並んでいた。

その中で。

部屋の丁度中心に置かれた豪華な椅子に、一人の可憐な少女が腰掛けていた。

足は組まれ、両の肘掛けに肘をついて太ももに指を編んだ両手を置かれ、聡明な瞳は冷徹に細められていた。

開け放たれた窓から覗く真円を描く大きな琥珀を背に、長い白金の髪は風に踊り、スカートの裾は僅かになびいていた。

<遅かったわね>

鈴が鳴るような涼やかな声で、少女は囁いた。

<申し訳ありません>

謝罪すると、少女はほどいた手を二、三度振り、構わないと意思を示す。

そして

「私」はその少女の前で片膝を着き、胸に右手を当てて左手を腰の後ろに当てた。

<我は汝が右手の剣。彼の為、茨を薙ぎ払い血路を拓きましょう>

「私」は、誓いを果たすのだ。



おかしな夢を見た。

大きな月の、赦されざる夢を見た。

それはきっと悪夢だったと思う。

なぜなら、夢の世界でまで人が沢山死んでいたから。

それは、きっと悪夢だった。

見てはならない、神にすら禁じられた赦されざる悪夢だった。

──不意に。

物思いに耽っていた私は立ち止まり、傍のショーウインドーを見る。

そこに映った私の頬を、透明な液体が一筋、伝い落ちていた。

私は硝子に手を伸ばし、その滑らかな表面をそっとなぞる。

指先が、その液体で濡れるように錯覚した。

「雫玖‥‥?」

背後に心配げな神楽が現れ、硝子に映ったその横に久人君も現れた。

その、憂いを帯びた二人の表情で初めて、私の頬を伝う熱いものが涙だと判り、胸を焦がす想いが悲しみだと理解した。

ああ、私は泣いているのか‥‥。

私はおかしな納得を感じると、頬を撫ぜ、熱い熱を持った涙が乾いた指先を濡らした。喉元に重い感情が登り詰めた。

「雫玖‥‥」

「雫玖さん‥‥」

特別に言葉を掛ける訳でもなく、二人は私の名前を呼んで隣に並ぶ。

両側から肩を抱いて、二人はまるで私を癒すように心地好く静寂の世界を構築した。

──惨状だった。

眠りから覚め、未だ夢の世界に片足を浸けた状態だった私と、私達の前にそれは現れた。

山を築く、まるで人形にしか見えない歪な塊。

最初はそれが何なのか判らず、隣で嘔吐する久人君のその反応の意味が判らなかった。

ただ、胃が捻れるような異様な感触がお腹の中に生じ、そして何かの拍子に唐突に納得したのだ。

これは人形じゃなくて、人間なのだと。

覚悟していても直視に堪えず、臭いも気配も全てが我慢ならなかった。

だから、逃げた。

私は誰かの制止を無視してその山からひたすら遠ざかり、角を曲がって、初めてゆっくりと速度を落とした。

一瞬、視界が真っ白になって漆黒に堕ちて、私はショーウインドーに近付いた。

「辛いなら無理しなくていい。少し休憩しよう」

「そうしましょう、雫玖さん?」

神楽は私の体重を支えながら優しく髪をすいて、肩に回された手の温かさが心地好く吐き気を癒していき、久人君は自身も苦しい筈なのに努めて明るく、けれど辛さの隠しきれない弱々しい微笑みを掛けてくれた。

私は、ショーウインドーから二人を見ながら、頬の筋肉を柔らかく吊り上げて笑った。

大丈夫。そう言った自分の言葉はか細くて、自覚するくらいにとてもじゃないが大丈夫とはいえなかった。

「本当だよ、少し臭いに当てられただけだから気にしないで。流石の私も女の子だから、人の前では吐けないよ」

何かを言われる前に急いで二の句を繋げた。

久人君の表情が和らいだので、自然な笑みを浮かべられたことを理解し安堵する。ただ、神楽の方はまるで表情を変えず、ローテンションでじっと硝子越しの私の瞳を見据えていた。

心の内側を透かすようなその目に一瞬、ドクンと鼓動が高鳴ったが、すぐにほっと息を吐いた彼につられて私もかすかな緊張をほどき肩の力を抜いた。

「まぁ、あれは流石に‥‥‥ね」

「でしょう? だから心配なんてするだけ無駄。というわけで先を急ぎましょう」

直接に二人の顔を見ないように進路へ向き直り、後ろ手に指を編んで軽やかに歩み出す。

「‥‥‥‥‥」

背後で、彼がかすかな笑みを浮かべていると知りもせずに。



────弛緩していた空気が、一気に張り詰めるのが解った。

脳髄がぴりぴりと痺れ、ゾクン、とうなじの辺りが軋み、毛穴に針を刺したような痛みがじわりじわり、肌を覆っていく。

「殺気‥‥‥かな」

相も変わらぬ中和な表情で、神楽が言った。

私達は校門にいた。壁に背をつけて身を屈め、神楽が顔だけを出して慎重に敷地内を窺っている。

「見張りとかっているのかな?」

これは私だ。神楽に渡されたバタフライナイフを両手でしっかりと持ち、路上に座っている。

「籠城なら、まあ当然だろうね」

「そ、そんなのどうやって入るんですか」

神楽の言葉に、木刀を抱き抱えた久人君が問う。

彼の装備は私が使っていたものであり、神楽が私よりは久人君が使う方が良いと渡した包みだ。

「どうって」

神楽はキョトンと目を丸め、後ろにいる二人を振り返った。つまり私と久人君を。

「そんなの、考えるまでもないでしょう?」

にへらと笑み、彼もやっとのことナイフを抜いて警戒体勢へ移行した。

それに私達は顔を見合わせ、お互いに神楽の考えがまるで判らないことを共感する。

いや、そもそも、ヒントもなしに人の思考を推理するなんて、至難の業ではないだろうか。

彼は、そんな私達の当惑を感じ取ったのか、説明を始めた。

興奮しているのか、声には僅かな高揚が滲んでいる。

「よく考えなよ。ここは日本だよ。合衆国ならまだしもこの国に一体どれだけ本物の銃が一般に出回ってる? 暴力団やら右翼なら可能性はあるが、一般人はよくて猟銃。例え億が一持っていたとしても、遠距離からの狙撃は相当の技術と訓練が必要とされる。大丈夫。見付かって撃たれても中らないし、校舎にさえ入れば近接戦闘に持ち込める。そうなればこちらの方が遥かに有利さ」

訂正。僅かではない。

神楽はかなり興奮しているらしい。珍しく熱弁を振るわれ、私達は流石に驚きを隠せなかった。

「? どうしたの、二人供」

「いや‥‥‥」

「神楽さんが饒舌になったので少し驚いて‥‥」

驚きに呆けてしまった私達を、神楽は不思議そうに眺めてからくすりと笑んだ。

「変なの。‥‥さ、中に誰がいるのか確かめにいこう。君のお兄さんがいるといいけど、いなくてもここにいれば可能性はあるでしょ」

そして私達は、神楽の言葉を合図に行動を開始する。

見れば扉は開いていた。

つまり、ここには誰かがいるということだ。

「‥‥‥って、歩くのかよ!」

キャラじゃないのに、思わず突っ込みをいれる自分が少し可愛くて恥ずかしかった。

だって、大仰なことを口にしながら神楽さん、空に腕を突き上げながら悠々と歩いてらっしゃるのだもの。そりゃあ突っ込むさ。

久人君もびくつきながら恐々と追っているし。

「人の話を聞いてた? 撃たれはしない。言ったでしょう。それに、ここにいるのは一人とか二人じゃないようだから、逆に正面からの方が簡単でいい」

「だからって歩かなくてもさぁ‥‥緊張感がさぁ‥‥‥」

削がれていく。

せっかく程好く張っていた空気が、ゆるゆるに緩んでいく。

「あっはっは、大丈夫だーいじょーぶ。何があっても君達は僕が守るさ。それが仕事だしね」

「仕事、ねぇ」

どこまで本気で、どこまで冗談なのかが読めないのは長所なのか短所なのか。どちらにしても、周りは大変だ。

と、私の隣に黙っていた久人君がいたのだが、彼が不意に私に視線を向けた。

「雫玖さん‥‥‥」

「ん?」

青ざめているような気がする。光彩の関係という訳でもないのに。

「今、さらっと流しましたけど‥‥‥かなり重要なこと、言いませんでした‥‥‥!?」

「重要な‥‥‥こと?」

思考が停止した。

ぐるぐると頭の中で濃霧が巡り、記憶が右往左往と行き来する。

確かに、私自身も何か、頭の端で重要な言葉を認識しているが、それは何なんだろうか。

そしてフリーズ。

リフレイン。

リフレクト。

「‥‥‥あの、神楽さん‥‥‥?」

前を行く彼に、恐る恐る声を掛ける。彼は、ん? と立ち止まらずに振り返った。

「今‥‥‥一人とか二人じゃないって、言いました?」

「うん。気配というか、音というか。十とまではいかないけど、七、八かなぁ」

「えと‥‥‥取り敢えず、私達の‥‥‥倍?」

「うん」

彼は迷わず頷いた。

また、顔を見合わせる私達。久人君、やっぱり青ざめている。

「もっとはっきり言え! この馬鹿!」

「にゃん!? ‥‥だ、だってー‥‥‥守ることに変わりはないから、いらないかとー」

立ち止まり、頭を抱え、悪戯を見咎められた子供もかくやという泣きそうな顔で、びくんっと私を見上げる。

「心構えの問題でしょうが‥‥」

もう、呆れるしかない。私は額に手を当てて、深く深くため息を吐いた。

「‥‥怒った?」

おずおずと上目遣いに見上げてくる神楽。私は、手当てをしたままその額を指でつついてやる。

「私と久人君、二人を守るんだよ?」

その言葉に彼は、私達をちらりと見比べ、そしてかすかな微笑みをそれへの返答とした。



土を蹴り、構内へと慎重に踏み込む。

神経が昂っているのは、二人も同様のようだ。

まずは昇降口。パネル張りの廊下が一文字に左右に伸び、上階への階段は傍にある。

ナイフを逆手に持ち、歩き出す神楽に伴って後につく私と久人君。左右を警戒し、空気に神経を張り巡らせる。

静かだった。

物音一つなく、空間は停滞して、耳が痛いくらいだった。

しかしそれでも────確かに、人はいる。

肌を覆う痺れは酷くなり、脳髄が沸騰して、神経がひたすらに鋭くなっていく。

この気配を殺気と呼ぶのかは判らないが、あからさま、冷たい熱を帯びた空気が満ちていた。

死角を埋め合い、周囲に視線を巡らせる。

────刹那。

僅か、ほんの一瞬の油断だった。

この場に敵の姿がないことを確認し、安堵したその一瞬の緩みが、圧倒的な不利から戦闘の火蓋を切って落とした。

「な────!?」

左右の物陰と階段の上から。

全く同一のタイミングで三つの影が私達の正面に飛び出し、私と久人君が驚きで声を上げる。

不意を突かれた為に身体は硬直し、一瞬の対応が遅れ、何とか身体を捻って回避を試みが、かわしきれない。攻撃が直進的に迫る。

ただ一人、神楽だけは不敵に笑みを浮かべ、正面の敵を見据えながらも周囲を把握していた。

「はっ‥‥!」

嗤い、振り返りもせずに私達を突き飛ばす。鋭い切っ先が鼻先を掠めていく。

当然、手は後ろにあり、自分に向けられた攻撃にはがら空き。

影の口元が歪み────キシン‥‥、と頭が軋んだ。

一瞬だった。

神楽の身体が僅かだけ沈むと、次の瞬間、空気がぐるりと渦巻いて右足が振り上がり、かかとが敵の横っ面に吸い込まれた。身体は、そのまま壁に叩き付けられる。

「雫玖、久人!」

振り返った神楽の声にはっとなり、私は反射的に頭を下げる。頭上を足が空を切った。

「ちッ」

舌打ちに目を上げると、どうやら一足跳びで間合いを縮めたらしい人物が未だ宙にいて、中空で器用に身を捻り、もう一方の足をこちらに突き出してきていた。

私は既に、冷静を取り戻していた。

地を蹴り、足をいなしながら一気に懐へと飛び込み、全体重を乗せてその身体へ突っ込む。

「きゃ‥‥!?」

「え‥‥‥!?」

頬に当たった柔らかい感触に、思わずそちらを見た。

長い髪が流れて白い肌がリノリウムに映え、翻った紺のスカートの下からはちらりと下着が覗いて思わず紅くなる。

それは、お尻から床に落ちた。

「あぅっ‥‥にゅぅー、痛ぁ‥‥‥いぃ」

可愛らしい声で気の抜ける科白が洩れ、それは打ち身を手でさすりながら立ち上がった。

きっと私を睨み付け、ナイフの先端をこちらに向ける。

「痛いぞこらぁ!」

まさか、命のやり取りをしている最中にそんなことで怒られるとは、流石に唖然と、

「動くな!」

唐突に。左側からの声が場を制した。

敵と向かい合っていた神楽は動きを止めてやれやれと首を振り、私は少し後ろに下がってその視線を辿った。

昇降口と廊下の境。

そこでは久人君がひきつった顔で右手を上に万歳をし、木刀は壁際に転がされていた。

そして、その首筋には銀色の刃が突き付けられ、彼の左手を背中で捻り上げたその人影は、鋭い眼光で私達を射抜いた。

「武器を捨てろ」

低く威圧するような声で呟き、少し刃を横にずらす。

皮膚が裂かれ、つーっと一筋の血が流れ出す。

「従わなけれ、こいつは殺す」

その行動で、その彼女の言葉が本気であることが判った。

「‥‥‥雫玖」

「くっ‥‥‥」

ナイフを捨てた彼の言葉に従い、武器を手放す。

二度連続でカラン、と乾いた金属音が響く。

気付けば、私と神楽がそれぞれ相手にしていた少女が、手にした刃物を背に突き付けてきていた。

服を貫き、ちくりと肌が刺激されて無意識に背筋が伸びる。

「‥‥従ったよ」

ナイフが拾われるのを一瞥しながら、頭の後ろで手を組んだ神楽が言う。

久人君を捕らえた彼女は目線をそちらに移し、盾を無理矢理に歩かせた。

「殺さない。でも、それだけだ」

「だろうね」

彼女の言葉に自嘲気味に肩をすくめ、相手が近付いてくるのを待った。

「‥‥それで、生かしておく理由は?」

死を隣に置いた危機感というものは感じられなかった。後ろから突かれ崩した体勢を整えながら、普段通りだった。

「判ってるだろう」

「判ってれば端から訊かない」

「ふざけるな!」

「残念。ふざけちゃいない。そもそも、この状況でジョークを口にして何の得が‥‥」

「黙れ! 黙れ、黙れッ黙れぇぇっ! それ以上喋るな、殺すぞ‥!」

「‥‥‥」

切っ先が僅かに皮膚の下に沈み、久人君は逃げようとしているが、抑えられてうまくいかない。

神楽は組んでいた指を解いて両手を上げ、言葉に従いそれに応じる。

彼女は、ほとんど半狂乱に近かった。

目は怒りか憎しみかに染まって血走り、震撼する感情は腕から刃物の切っ先にまで伝わって、今にも刺さってしまいそうで危なっかしかった。

「‥‥お前達も‥‥」

声が響く。

悲痛な、聴いていて胸が苦しくなるような、悲しみの滲んだ声が。

「────お前達も奴等の仲間だろう‥‥!?」

混じり、憎しみが膨れるのが判った。

同時に、彼女等が何らかの勘違いを抱いて襲ってきたことが明らかになり、私は一刻も早くそれをほぐし現状を打開しようと口を開こうとした。

しかし、それよりも一瞬先に、神楽がきっぱりとそれを否定する。

「知らない」

シン、と空気が水平に張り詰めた。

久人君を捕らえる彼女だけでなく、私と神楽の後ろにいる二人の少女までが息を止め、本当にぴたりと世界が停止した。

静かな水面か。

嵐の前夜か。

どちらにしても、神楽を除く全員の緊張はピークに達し、神経はとことんまでに鋭さを増した。

空気の肌触りや、温度がすーっと変化する。

ああ、ヤバい。

他人事のようにそう思い、冷や汗が背中を滑り落ちた。

「ッ────!?」

何の予告もなく。

大気の割けるかすかな音が耳元に聴こえ、目の中で花火が弾けた。赤と黒のネオンがちかちかと点滅する。

「‥‥‥!?」

私は、いつの間にか地面に倒れ頬を踏みにじられていた。

頭が、痛む。

鈍い重みがずきずきとこめかみに沈殿し、視界の左側が真紅に染まる。

「‥‥‥‥どういうつもりだ」

神楽の声。

意識が霞み、耳に入る音に興味が湧かず、思考が定まらない中で茫然自失とそれだけを思う。

「私達は、お前達みたいに好き好んで人を殺したい訳じゃない。でも今なら迷わず殺せる。だから嘘を吐くな。お前達は奴の────あの男の仲間なんだろう‥‥‥!?」

「‥‥‥‥」

「どうした。答えろ。‥‥死ぬぞ?」

ぽたり。血が床に滴り、眼前で弾ける。

痛みに、小さく呻く久人君の声が、哀れみを誘っていた。

「‥‥‥ッ‥‥‥」

ふと、神楽が蚊の鳴くような音を漏らした。

周囲は怪訝と、辺りが静寂に改ざんされる。

「ッ‥‥‥ぅ‥‥‥っぅ‥‥‥ぁ‥‥‥、は────あっはははは!」

「‥‥‥!?」

唐突に、あまりに突然。

神楽は、それこそ壊れたように堰を切った勢いで、声高に狂笑し始めた。

「あっははははははっ、はーっはっはっはっはっはっは! ‥‥や、止めてくれ、笑わせないでよ‥‥‥!」

ひいひいと浅く短い呼吸の合間に、真っ赤な顔をした神楽がお腹を抱えながら訴え、だんだんと床を激しく踏んだ。

「な、何が可笑しいんだ‥‥何を笑ってるんだよ‥‥!?」

久人君の後ろから、怯えを押し隠すように言い、彼女は半歩後ずさる。

────私は、神楽のことを何も知らない。

身を守る力もない小娘を守るのは何故なのか。

犯す訳でもなく守るのは何故なのか。

主人と仰ぎ守るのは何故なのか。

何故、この状況をゲームと称し私をクイーンの駒とするのか。

何故、そんなにもゲームについて詳しいのか。

どうして、そんな儚くて悲しそうな目で、私を見守るのか。

神楽。

あなたは謎が多すぎる。

考えるのが────

「俺をあんな奴と一緒にするな、虫酸が走る」

────考えるのが、馬鹿らしくなるくらいに。


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