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目覚めると、すでに太陽が空高く昇っていた。
テレビをつけ、食パンを焼いて遅すぎる朝食を摂っていると、思わぬニュースが流れ出し、わたしの視線は画面に釘付けとなった。
『昨夜十時頃、本城かえでさん二十九歳が、自宅のマンションで何者かに刃物で刺され、死亡しているのが確認されました。近隣の証言から、被害者の元恋人である日野孝二郎氏と何らかのトラブルがあったとみて警察は捜査を進めています』
何たる偶然……その頃といったら、ちょうどわたしは威勢のいい調子で喋る元気な彼女を見ていたのだ!
今は亡き本城かえでの少し古い顔写真と、昨夜の表情豊かな彼女の記憶を照らし合わせて、なんとも言い難い衝撃を受けた。
わたしが放心状態から抜け出して、出掛ける準備をして車に乗り込んだのは、それから数時間後のことだった。
本城のマンションには多くの野次馬が集まっていた。
その中で、同じマンションの住人であろう三十代くらいの女性に目をつけた。買い物帰りで、人だかりに辟易して部屋に戻るのを躊躇っている様子だった。
「やっぱり、男関係ですかね」
わたしが突然話しかけても意に介さず、とりとめもない世間話でもするようにすらすらと答えてくれた。
「そうねぇ。いやぁ、同棲してた日野って男と長いこと上手くやってたみたいなんだけどね、数週間前から急に二人の雲行きが怪しくなってさぁ、たまに言い争う声とか物音がしたりして。それからここ数日は日野さんの姿を見かけなくなったんだけど、昨夜また来てたみたいで……ねぇ、あんなことに」
本城と日野という男は一緒に住んでいたのか。
「原因はなんだったんでしょう?」
「知らないわよ。でも、本城さんはかなり日野さんに一直線だったから、例えば浮気したっていうんならそれは彼の方でしょうね」
「あなたは事件のあった夜、実際に日野さんの姿を目撃したんですか?」
「そうじゃないけど、本城さんのヒステリックな叫び声が聞こえたの――『待って、孝二郎!』って。ああ、痴話喧嘩が始まるって思ったら案の定大きな物音がして、その後誰かが出ていく気配がしたのよ」
「誰もその人を見ていないんですか?」
「それが、見ていた人がいたみたいよ。はっきりと正面からってわけじゃないけど、顔とか体格は日野さんに似ていたって言ってるし、絶対本人よねぇ。ただ、雰囲気が少し違ったみたい」
「どういう具合に?」
「おしゃれな白いロングコートを着て、よくある黒くて四角い鞄を手に持っていたって。いつもすごくラフな感じだった日野さんが、そんな格好していたなんて想像できないわ」
それを聞いて、突発事故だということを確信した。コートは、返り血を浴びた服を覆うためにとっさに本城のものを使ったに違いない。
日野が犯人なのは決定的に感じられた。凶器のナイフも、本城の部屋にあったものなら同居人の指紋が付いていた可能性は大いにあるし、第一、本城は日野の名前を呼んだ直後に死んだのだ。もはや疑う余地はない。
わたしなりに考察しながら歩いていると、居酒屋『美酒乱』の前にパトカーが停まっているのに気付いた。昨夜の本城の足取りを追って、刑事が聞きこみをしているのだろう。
進展はあるのか、犯人は捕まるのか……非常に気になるところだ。今後のニュースを見逃さないようにしよう。
そうして、自宅に戻ったのは午後三時過ぎだった。
さて、これからどうするか考えなくては。