ブーム☆メーカー~きっかけは、不死テレビ。~
この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、アレとかコレとかとは、全く関係ありません。
きっかけは、不死テレビだった。
大きな目をした不死鳥がシンボルマークのテレビ局・フェニックステレビは、日本を代表するテレビ局のひとつだ。日本人なら誰もが観ているし、面白い番組も沢山ある。朝から晩まで日本人に笑顔を届けてくれる、そんなテレビ局だ。「笑いは不死の薬! フェニックステレビ」というCMは、お子様からご老人にまで、誰にでも好評だとか、そうでないとか。
何故、このテレビ局を褒め称えているのかといえば、私の姉が、深夜十二時五十八分という微妙な時間から始まる深夜番組、『モデルたちの優雅なる日常』に出演することになったからだ。
私の姉である青木恵美は、たまたまストリートファッション系の雑誌の街角ヘアスタイル特集に載って、それがきっかけでモデルになった、いわゆる読者モデルってやつだ。しかもその雑誌というのが、姉自身まったく興味がないという、ゴスロリ&パンク雑誌(の中にも色々ランクがあるらしく、姉が載っているのは廃刊寸前の超マイナーゴスロリ雑誌)。
何故そんな雑誌の読者モデルが、こんな番組にお呼ばれしたのかというと。テレビ局はいつだって、変わり者を見せ物みたいにして、笑いのネタにするもの。秋葉原のオタクしかり、コミケのコスプレイヤーしかり、太鼓の達人の青年しかり……。ごめんなさい、私、それ見て笑ってる。
笑いのネタ要員でテレビ出演が決まった姉だったわけだけど、さすがにモデルを出演させる番組だから、おかしな演出などはなかったようで、収録が終わって帰宅した姉は、派手な暗黒系メイクをリビングで落としながら、どこか得意げな顔をしていた。
「私、これでも一応、雑誌の中じゃあ一番の人気モデルなんだからね。ピンク色のお菓子みたいなワンピースやゴシック系のドレスだって似合うし、クールでフリフリのロリパンだって着こなせるし。この路線で有名になって、いい男と出会って、結婚するっていうのもアリだよね」
「いい男と出会うために、『私はロココ星で生まれた人形姫様です』とか、テレビでずっと言い続けるの?」
私は、雑誌に載っているゴスロリ恵美姫のインタビュー記事を見ながら、呆れ気味に言った。好きな食べ物はヒメリンゴ、好きな飲み物はローズティー、趣味はお人形遊び、先祖は黒薔薇の妖精さん、だって。今、私の目の前にいる恵美姫は、椅子の上に胡坐をかいて、イカの塩辛食いながら、発泡酒飲んでるけどね。ちなみに姉は、リカちゃん人形の首をもいで遊ぶようなオテンバ少女だった。
「あのねぇ」
姉は、箸の先を私に向ける。
「自分を売り込むためなら、多少の嘘や、捏造や、ゴリ押しくらいなんてことはないのよ。そんなもんよ、テレビって。合コンと同じ、言ったもん勝ち!」
嗚呼、雑誌やテレビって、嘘だらけなのね。私の大好きな某アイドルだって、「好きな食べ物はサクランボ」なんて言っていたけど、本当は納豆とかクサヤとかシュールストレミング缶(北欧の最終兵器。発酵した魚の缶詰)とか、クサイ系かもしれないってわけね。
そして後日放送された『モデルたちの優雅なる日常』で、姉は白黒のフリフリワンピースに身を包みながら、こうのたまっていた。
「綺麗なお肌の秘密は、ミスティックローザプラチナムの特濃美容エッセンスですわ」
ちなみに、実際の恵美姫は、いつもトップバ○ューの徳用化粧水を使っている。
☆
その放送から二ヶ月後。なぜか姉は、『モデルたちの優雅なる日常』のレギュラー陣に仲間入りを果たしていた。奇抜なキャラが微ウケし、「深夜番組だから、いっかー」なノリで、抜擢されてしまったらしい。さすがはフェニックステレビ、やることが大胆。
しかし人気雑誌のモデルと並ぶと、スタイルの差が歴然としてしまう。ここでフォローしておくならば、ゴスロリちゃんは小柄なほうが可愛く見えるので、身長は全く必要ないのだけれども。それにしても、手足の長さが、全然違う。
ゲストのモデルのインタビューのVTRが終わり、レギュラーのモデルたちがそれぞれコメントをしていく。空気を読まない恵美姫のコメントがいい味、出してる。アイスクリームにのっけたイカの塩辛くらい、刺激的。
そんな姉のアタマオカシイ系の言動が、今度はネット上を騒がし始めた。ブログにツイッター、フェイスブック、匿名掲示板に動画サイト。この時代、情報が広まるのは早い。あっという間に拡散、拡散。おかげでマイナーゴスロリ雑誌内でだけ人気だった恵美姫は、いつの間にかネット上でも有名になってしまった。
当の本人はご満悦なようで、ジャージを着て胡坐をかいて、発泡酒片手にマウスをカチカチ。
「ほらあんたも見なさいよ、私もここまで有名になったのねー!」
半分は馬鹿にされてるんだよ、とは言えなかった。
それからの姉は、メディアへの露出が一気に増えた。新しい餌に、マスコミが食いついたのだ。それから、小さいけれど、ちゃんとした芸能事務所と契約して、マネージャーがついて……。妹の私もびっくりだった。これじゃ、ホンモノの芸能人みたいじゃない。
「嬉しいでしょ、姉が芸能人だって自慢できて!」
姉はそう言うけれど、私は恵美姫の妹だとはバレたくない。でも、残念ながら、クラスの皆には既にバレていた。嗚呼、悲しい。
☆
姉がとうとう、某人気トーク番組にお呼ばれしたというので、その放送を姉と一緒に見ることにした。
「ねぇねぇ、この司会者って、カメラ回ってないときどういう感じなの?」
「ん~、テレビで見るのとはやっぱり違うかな。ちょっとトゲトゲしかった」
「やっぱりテレビはウソツキなのね」
そんなことを話しているうちに、テレビ画面に姉の姿が大写しになった。ピンク色のロリータ服に金髪のウィッグをつけた恵美姫。司会者に「いつもは黒い服が多いよね」と突っ込まれている。
そして、司会者が恵美姫に次々に質問を投げかける。美の秘訣は? 憧れの芸能人は? 好きな食べ物は? ……
いつもと代わり映えのしない質問内容。またどうせいつもと同じ答えを繰り返すんだろうと思った私は、ふわぁと大あくびをした。
しかし全てのインタビューを見終えたところで、私は眠気とバイバイアリガ○ウサヨウナラをした。
「……これって一体どういうこと?」
「え、何が?」
姉はワサビ味ポテチを食べながら、呆けた顔をしている。
「何が、じゃないわよ。今までと答える内容が違ってるじゃん! キャラが一定してないじゃん!」
私が驚くのも無理はない。何故なら、今までウザイくらいにお姫様キャラを演じてきた恵美姫が、今回のインタビューで、いきなり路線変更してきたからだ。
「おかしいでしょキャラ作りが! なんで黒薔薇の妖精の遺伝子を受け継ぐ恵美姫が、美容のためにキムチとニンニクを食べるのよ。こないだは高級ブランドのコスメだって嘘ついたくせに!」
「だって、プロデューサーにそう言えって言われたんだもん!」
「じゃあこれは? 純粋で可憐なゴスロリ姫の美容体操が、お尻フリフリダンスだなんておかしいでしょ!」
「それもプロデューサーに言われたんだってば!」
「『あこがれの王子様は、ペ様ですわ』って、これも色々おかしいでしょ! なんで今頃ソナタなのよ! どうせならそこは『メヌエットが上手に踊れるオランジュ王子』でしょ! おフランス語使ったほうがそれっぽいじゃない! ペ様のフルネームと響きも似てるし!」
「韓流スターの名前を入れろって、プロデューサーが言うから仕方なくよ! 私、彼くらいしか知らないし」
「それにっ! ローズティー大好きな恵美姫が、どうしていきなりマッコリをオススメするわけ。酒じゃん! だいたい、家ではいつも発泡酒じゃん! ロリータ姫がお酒をすすめるって、明らかにキャラ崩壊じゃん! ティーカップに酒入れて飲んでるわけ?」
「それはマネージャーも勘弁してくれって言ったんだけど、台本どおりに喋れって、プロデューサーに押し通されたのよ! だって一応“永遠の少女”っていう設定だし。未成年設定のゴスロリ姫がお酒をすすめるのはおかしいって、さすがに思ったわよ」
私の怒涛のツッコミラッシュに、姉もなんだか本気でションボリしているようだったので、私はこれ以上責めるのをやめた。でも、どうにもスッキリしない。
「どっちにしろ、脈絡なさすぎよ。モデルの自己紹介なのに、ところどころで海外コスメの紹介挟んでくるし。お姉ちゃん、いつもコスメはトップバ○ューしか使わないくせに。どの国の製品かなんてこだわってないでしょ」
「だから、全部プロデューサーが台本に書いてきたのよ! 『今、大ブームなんですよぉ~っ』って笑ってればそれでいいって言われたんだから。私、ちゃんと“お仕事”をしてきただけよ!」
姉、すっくと立ち上がり、ドアを足で開け、二段飛ばしで階段を駆け上がり、退散。
嗚呼、テレビで真実を映して、全国放送してやりたい。
☆
「ねぇ~見なよ、お姉ちゃんが生放送出てるよ~」
お弁当を食べていると、ふいに声をかけられた。クラスメイトが持っていたのは、ワンセグ機能つきの携帯電話。そこには全身真っ黒の恵美姫と、どこかで見たことのあるガールズグループが映っていた。
数人のアイドルと並んだ姉。私は驚いた。確か彼女たちは、テレビ番組やCMでガンガン宣伝してる、モデル体型がウリの華流アイドルだ。写真で見た彼女たちの脚は、スーパーモデルのようにすらりとしていて、びっくりするほど長かったはず。
それが! マイナーゴスロリ雑誌のモデルでしかない姉(身長一六三センチ)と、どっこいどっこい!
しかも、写真で見た脚と、ずいぶんと太さも長さも違う……。私は目をごしごしした。なんか、厚底シューズを履いているようにもみえるし……。
というか、これはテレビ的にどうなのかしら。彼女たちのウリを潰すのはヤバイんじゃないだろうか。姉は、フェニックステレビ出演禁止になるんじゃない? 最悪の場合、中国を敵に回すんじゃないだろうか!
恵美姫、今すぐ彼女たちから離れろ。離れろーっ。私は念を送ったが、恵美姫には届かなかった。
「あれ~、恵美姫って、意外と身長あるんだねぇ。このアイドルたちよりも背が高いって、結構な高さだよね」
私は恵美姫の身長を言い出せなかった。
「ところでさ、今日、学校帰りに買い物していかない? 私、今すごく欲しいものがあってさー」
「へぇ。なんていうやつ?」
「こないだ恵美姫がテレビでオススメしてたんだけど、韓国メーカーのぉ、ナメクジのヌルヌル成分が入ったパックと、マッコリ味のホワイトチョコなんだけどー」
ん? うちの恵美姫は、パックもトッブバ○ューだけど。マッコリじゃなくて発泡酒だけど。
もしや彼女らも、雑誌やテレビの情報を鵜呑みにするタイプか。アイドルがサクランボ大好きって言ったら、それが本当だと信じ込んじゃうタイプか。昔の私みたいに。
「違うってば! 本当はお姉ちゃん、家ではいつも発泡酒とトップバ○ューなんだって!」
「えー、何言ってるのぉ? それに、モデルのスミカちゃんとかぁ、ミライちゃんとかもぉ、韓国コスメと韓国グルメが大好きだって言ってるよォ~」
「有名人がみんなそう言ってるんだから、大ブームなのは間違いないじゃんね~! いいなぁ韓国、憧れちゃう」
「ついこの間は、イギリスが憧れとか言ってたじゃん!」
「だって、歌手のマキちゃんが、イギリスの料理がオイシイって、雑誌で言ってたんだもん」
んなわけあるかいッ、と思いっきり突っ込みたくなった。お茶菓子ならまだしも、イギリスの料理は不味いので有名じゃないか。ウナギのゼリー寄せとか、煮込みすぎた味なし野菜とか、揚げただけのジャガイモと白身魚とか、あんな衝撃的な料理に憧れる物好きはそういないぞ。
「あとぉ、女優のアユコが少し前にオランダの喫茶店を大絶賛してた! 素敵なケーキがあるんだって! 日本の観光客にも大人気らしいよ。私も食べてみた~い」
「アウトぉぉぉぉ!」
私はとうとう声に出して突っ込んだ。私はアユコがオランダをやけに褒めているその番組(おそらく同じ番組だろう)を見ていた。オランダの喫茶店で供される素敵なケーキと言ったら、日本では違法なアレしか思い浮かばない。実際、紹介されていたケーキはソレだった。アユコよ、どうしてそれをテレビでオススメした。そしてどうしてそれをそのまま放送した。しかも何故、日本人観光客に大人気などという大嘘をついた? 純粋な女子高生が鵜呑みにしちゃうだろー! マ○ファナケーキという名前からして、アウトなのはわかるだろーが。さすがゆとり世代、同じくゆとりの私もビックリの騙されっぷりだ。
ああもう違う違う、みんな騙されてる! 人気は作られるものなんだよ。恵美姫ごときがテレビで「今、これが若い子たちの間で大ブームなんですぅ~」と言うだけでも、騙されちゃう子はいるんだ。この魔法の言葉があれば、若い子は何にでも飛びついちゃう。きっと、人類破壊兵器のシュールストレミング缶だって、エビちゃんレベルの人気モデルが「おいしいんですよ~」って笑いながら紹介すれば、たちまち注文が殺到しちゃうんだ。
テレビの力、恐るべし。芸能人の力、恐るべし。そして、ゆとり世代の騙されやすさ……純粋さに、敬礼!
☆
「ねぇ、お祖母ちゃんの家の近くが集中豪雨で大変なんだって!」
私が帰宅するなり、母が慌てた様子で私にそう言った。
急いでテレビをつけた私は、全てのチャンネルを回す羽目になった。どうしてこんな大変な時に、デビューしたての無名露流アイドルの来日がトップニュースになってるのよ。理解に苦しむ!
「タ○ゥーの再来」? そんなのどうでもいいのよ、日本の異常気象のほうを優先して報道しなさいよ、バカッ! 国民が求めている情報を流しなさいよ、アンポンタン! ○トゥーの二番煎じよ、アデュー!
「お母さん、電話繋がった?」
「駄目よ。断線でもしてるのかしら……」
こっちの焦りなんかちっとも気にしていない様子で、テレビの中でニコニコと作り笑いをしている、無名のロシア美少女たち。お化粧バッチリで、付けまつ毛バサバサで、カタコトの日本語で『ニッポンのミナサン、ダイスキィー』を繰り返し繰り返し言っている……。妙に甲高い声が耳に痛い。
イライラしながらチャンネルを何度も変えていると、地元のテレビ局のニュースで、やっと豪雨の現場の生中継をやっていた。しかもそこは、祖母の家の近くの公民館前だった。大分浸水しているようで、公民館が建つ場所よりも低い土地に住む人たちが、避難してきているようだった。
「やだ、すごく酷いじゃない! 他のチャンネルは? 他の場所からの中継はないの?」
「どこも露流アイドルのお出迎え生中継だよ。ああもう、お祖母ちゃんの家はどうなっちゃったの!」
私が叫んだときだった。雨合羽を着て中継をしているレポーターの後ろに、人影が現れた。その人影が次第に大きくなり、思わずぎょっとする。
そこに映っていたのは、ゴテゴテの黒いドレスを着て、お祖母ちゃんの身体を支えながら公民館まで連れて行こうとしている、恵美姫の姿だった。そういえば、今日は撮影だとか言っていた気がする。
運悪くその日はゴシック系の撮影だったようで、目の周りにガッツリ塗られた黒いアイシャドウが、雨でドロドロ溶け出して、ガイコツみたいになっていた。お祖母ちゃんの顔が若干青いのは、雨のせいだけではないと思う。レポーターまでもが口をあんぐりとさせ、実況をやめてしまうくらいの、すごい形相。
ガイコツ……じゃない、恵美姫は、祖母を公民館の前まで連れて行くと、祖母の身体から手を離した。祖母は御年九十歳とは思えない素早さで、公民館の中に逃げ……避難した。
恵美姫は、ずぶ濡れになったドレスのすそを重たそうに持ち上げて、大股でダッシュし、画面を横切って、雨のカーテンの向こう側へと消えていった――。
どのテレビ局も、あの時間帯は露流アイドルの来日の生中継をやっていた。だから、地元の小さなテレビ局のニュースを見ていた人なんて、本当に数少ないと思う。でも、恵美姫の醜態……もとい勇姿は、確かにテレビに映し出された。
あの怪力、あの大股ダッシュ、あれこそが恵美姫の本来の姿。テレビのカメラが、初めて真実を映した瞬間だった。
ネット上で、『○○テレビで放送事故WWW』というタイトルでスレッドを立てられ、恵美姫のガイコツ顔画像が貼られまくっていることを、今ソファで酔いつぶれて寝ている恵美姫は、まだ知らない。
作者はイギリスを馬鹿にしているわけでも、シュールストレミング缶に恨みがあるわけでも、中国が嫌いなわけでもありません。
イギリスは紅茶がおいしいし、北欧はかわいいデザインの小物がいっぱいだし、中国のスイカは畑で爆発するくらいパワフルですてき。