サブカルチャー研究会(仮)
「先輩、いますか?」
放課後、鼓はその部室に顔を出した。
「つーちゃん、やっと入部する気になってくれたのか!」
「いえ、今日は暇なので顔を出しただけ……おわっ!?」
いきなり鼓は抱きしめられ、顔を豊満な双丘に埋められもがく。
「えー、つーちゃんが入ってれたら部員もたくさん入ってくれるのに……」
鼓を抱いたまましょぼくれる女性の名は『橘 桜夜』。二年生だ。
「ぷはっ!いきなり抱きしめないでください!圧死しますよ!!」
「あーごめんごめん」
桜夜は謝りながら鼓の頭を撫でる。
「はぅ…撫でないでください……」
「頭がすごく撫で安い位置にあるからつい」
なんだろう、この170センチのモデル体型の先輩といると、143センチの幼児体型の自分は進化の過程で置き去りにされてしまったように思えてくる………。
「おいおい泣くなよ、お菓子やるからさ」
「あ、いただきます」
「食ったら入部な」
「入りません」
「何ぃッ!?じゃぁ食うなよ!」
「もう食べました」
わたしは貰ったドーナツを数秒で食べ終わっていた。
「拒否したうえに食うとか流石するぎるぞ……、それに断固拒否しなくてもいいだろ。TGOに使う時間が惜しいなら部活に来るのは週三日でいいからさ。私と遊んでくれよ!」
「本音が出てますよ、先輩。わたしと遊びたいなら、先輩もTGOをやればいいじゃないですか」
「だってADダイバー高いもん!」
「バイトしてるじゃないですか」
「九割は部費にしてるから文無しだ!」
そう言って胸を張る桜夜。
部室にはフィギュア、漫画、ライトノベル、ゲームなどが大量に陳列されている。
これは全て、桜夜と先代の部長が買ってきたモノだ。
これでは何をする部活か解らないだろう。わたしも解らない。
「そもそも、この部活って何部なんですか?確か名前も無いんですよね?」
「名前なら《娯楽部》とか《サブカルチャー研究会》とかの候補があるんだが」
「前者は色々とまずそうですね……、とりあえずサブカル研でいいんじゃないですか?」
「うーむ、特に研究はしてないし、ただ遊んでるだけだからなぁ……。なんかカッコイイ名前はないかなぁ……」
「まぁ、何部でもいいですよ。どうせ正式な部活じゃないですから」
「そんな投げやりな……。でも、それもそうか、部員も集まってないしな。とりあえず、遊ぶか!」
そう言って桜夜は白い直方体のゲームハードを出してきた。コントローラーは細長いリモコンタイプ。
「じゃぁ遊んであげますよ、先輩」
「よろしく頼むぜ」
先輩と旧式ハードの格闘対戦ゲームをし、時刻は午後六時を過ぎていた。
先輩はだいたい面倒くさいが、一緒にゲームをしているときは楽しい。
先輩と初めて会ったのは入学式の直後だ。
向こうから話しかけてくれた。
わたしと先輩は再従兄弟同士だったらしく、親戚の子が入学したと聞いて声を掛けてくれたのだ。
第一印象は『綺麗なお姉さん』だったのだが、その印象はすぐに崩れ去ってしまった。
後で聞いたのだが、桜夜は変人として有名らしい。
わたしが入部を拒んでいるのは『この人といると変人扱いされるのでは』と、危惧してのことかもしれない。
まぁ、色々とお世話になっているので悪くは言えないし、先輩のことが嫌いなわけでもない。
気が向いたら入部してもいいかな。
「それじゃぁ、本日の部活は解散ということで」
「おつかれさまです」
わたしは部室を出て、アパートに直帰する。
七時には攻略が終わっているはずだから、早めにダイブしてユウリを待とう。
玄関を抜け、ベッドに飛び乗り、ブレザーとスカートを投げだす。
ADダイバーの電源をオンにし、ヘッドギアを被る。
「ダイバー・イン!!」
わたしが降り立ったのは《春の国》、ユウリ達のホームタウンがあるエリアだ。
気候は数あるエリアの中でもダントツで良く、多くのプレイヤーホームが建ち並んでいる。
もともと《春の国》は穏やかな土地であったわけではなく、エリアボスを倒すまでは荒れ果てた土地だったそうだ。
テイルギフト・オンラインでは《王国》と呼ばれるエリアを攻略することで、新たなエリアへ進むことができる。
各エリアには《城》と呼ばれるダンジョンが存在し、《城》の中にいる《王》と呼ばれるエリアボスを倒すことで攻略完了となる。
エリアボスを倒すと最低二つのエリアが解放される。
ちなみに、エリアは番号順に解放されるのではなく、クリアされたエリアに隣接するエリアが解放される。
現在、ユウリ達攻略チームが挑んでいるのはエリア69《雨の国》だ。
名前の通り、雨が絶えず降っているエリアだ。
聞いた話によると、今回の《城》は地下に存在し、ボス部屋は水没しているらしい。
ユウリは水中戦闘スキルも上げていたので大丈夫だろう。
「よし!わたしも行くか!」
行くと言っても攻略に行くわけではない。
この《春の国》にはいくつもの小さなフィールドダンジョンがあり、レベル上げに打って付けなのだ。
ユウリが戻ってくるまでに片手剣スキルと弓スキルの熟練度を上げておこう。