これからの日々
「ユウリ、そのコどうしたんだ?丸腰じゃないか。……まさかお前…身ぐるみをグフッ!!」
「樹海でモンスターに襲われていたところを助けたんだよ」
「いきなり腹パンとか……。お前の優しさはどうした……」
俺に殴られ、意味不明なことを言っている男の名は《ベイオネット》という。この世界の友人の一人だ。
俺は略して《ベイ》と呼んでいる。《ベネット》と略すと何故か怒る。
この世界では痛覚は遮断されるのだが、ベイのリアクションはまるで本当に痛がっているようで面白い。
「なぁベイ、お前の馬を貸してくれないか?」
「いいけどよぉ、どうしてだ?遠くへ行くなら転移ゲートを使えばいいだろ」
「実はだな。こいつ、ログインしたらバグでいきなり樹海に飛ばされたらしくて、はじまりの村まで送ってやらないといけないんだ。行ったことの無いエリアにはジャンプできないだろ?」
「なるほど。そうだよなぁ…こんなに可愛い女の子の頼みは断れないよなぁ……」
「そういうのじゃない!この世界の新しい仲間が困っているんだ、助けるのは当然だろ!!」
「わかったって!ほら、あの子も退いちゃってるぞ」
「別に退いてないけど?二人の会話がテンプレすぎて笑いをこらえてただけだよ」
そこまで言って「ぷっ」と吹き出した黒髪丸腰が樹海で助けたプレイヤーだ。
「連れて行ってくれるなら早くしてよ。明日が土曜日だからってゆっくりしてたら朝になるよ!」
「まぁ、そういうわけだ。頼むぜ」
「おう!お前の騎乗スキルは……大丈夫そうだな。ちょっと待ってろよ」
ベイがメニューを操作すると、向こうから黒い馬のような生物が走ってきた。
この真紅の単眼を持つ馬の様な生物は《ジェットランナー》、現時点では最速の乗り物だ。
エリア60の中ボス《ジェットライダー・コマンド》が乗っているのがそれだ。
コマンドを倒すとランナーはその場に解放される。その状態になるとテイムが可能になる。
ランナーが解放された瞬間、真っ先にテイミングしよとしたベイの行動の速さには、ランナーの機動力以上に驚かされた。
「よっと!おお、思ったより大人しいな」
「その嬢ちゃんも乗れそうか?」
「うん、装備が無いから大丈夫だと思う」
俺はベイとは違い騎兵ではないが、騎乗スキルも育てている。
まぁ、レアスキル以外はほぼマスター済みと言ってもいいほどだ。
「ねぇ、さっきから思ってたんだけど、こいつとかお嬢さんとか、可愛い子ことかじゃなくて、名前で呼んでくれないかな?」
黒髪丸腰が不満そうな顔をしている。
「ああ、ごめん。でも俺、君の名前を知らないんだけど」
プレイヤーネームはパーティを組まないと表示されない。
パーティを組まずに名前を知るにはタグを交換するか、口頭で伝える以外に方法はない。
助けた時に俺は一方的に名乗っているが、この丸腰さんからは名前を聞いていない。
「そっか!じゃぁ、自己紹介ね。わたしのプレイヤーネームは《ナツミ》」
「俺は《ユウリ》、会った時にも言ってたな」
「オレはライダーのベイ、《ベイオネット》だ!」
ナツミ、……本名かな?
本名を使用しているプレイヤーは少なからずいる。
俺自身も訳あって本名を使っているのだ。
そんな訳ありプレイヤーは俺を合わせて三十人いる。
「なぁベイ、ほんとにコイツ借りていいのか?」
「おう、かまわねぇぜ。俺には長い付き合いのサイクロンちゃんがいるからな」
「そういえばそうだったな」
「最近は黒ウマモドキに浮気してたから、拗ねてるだろうしな」
《サイクロン》というのはベイがエリア5のクエストで手に入れた馬の名前だ。
この一年間を供に戦ってきた彼の相棒なのだ。
「まぁ、城の攻略が始まる前には返してくれよ」
「わかってる。それじゃぁ……、はい!」
俺はナツミに手を差し出す。
「よっと!」
ナツミは俺の手につかまって、黒馬の後方に跨る。
「俺の騎乗スキルじゃ最高速度は出せないけど、四十分ほどで着くと思うから」
「それじゃ、頼むねユウリ。ベイもありがとう!」
「いいってことよ。ゲーマーは助け合いだろ?」
「いいこと言うじゃないか。ナツミ、ちゃんとつかまってろよ」
「りょーかい!」
ナツミが俺の胴に手を回す。
べ、べつに変なことは考えていないぞ?
「はぁっ!」
俺が手綱を引くと、ジェットランナーは「グゥォォッ!!」と雄たけびを上げ、走り出した。
走ること三十分、目的地の《はじまりの村》に到着した。
ジェットランナーの驚異的な速さで予定より早く着くことができた。
ナツミはチュートリアルを受けるために村長に家に直行したので、俺は近くの民家で水を飲んでいる。
はじまりの村があるエリア1《最果ての国》には転移ゲートが存在せず、隣接するエリア2かエリア5の転移ゲートを使い、あとは徒歩で移動するしかない。
と言っても、エリア42から馬で移動するよりは何十倍も早い。
どん!どん!とドアを叩く音がして、ナツミが入ってきた。
「随分早いな」
「説明が長くて面倒臭くなったから、スキップして装備だけもらってきたのよ!」
「な、なるほど……」
始めたばかりなのに説明を聴かなくて大丈夫だろうか?と思ったが、樹海での彼女の動きは初心者とは思えなかった。多分、大丈夫だろう。
「まぁ、この世界のついてはユウリに教えてもらえばいいから」
そうなるよね。
「それで、わたしはもう落ちるんだけど……。お昼頃にまた来るから、その時に戦闘とか、いろいろ教えてくれないかな?」
「いいぜ。俺は何時でもいいから、ちゃんと寝ろよ」
「じゃぁ、おつかれ!」
「ちょっと待った!」
「なに?」
俺はメニューを操作し、ナツミにフレンド申請を送る。
「ログインしたらメッセージを送ってくれ」
ナツミはすぐに承諾した。
「それじゃぁユウリ、これからもよろしく!」
笑顔でそう言うとナツミのアバターは光に包まれて消えていった。
ナツミがいた空間をしばらく見た後に、つぶやく。
「うーん、これじゃ最前線の攻略にはしばらく行けないなぁ」
ナツミの指導はしばらく続く気がする。そうしたいと思っている自分にも気付いている。
「こういうのも悪くないな……」
俺は空いているベッドに横になった。
そして、これから成長し、いつか最前線で活躍するナツミの姿を想像しながら眠りに落ちていった。
デスゲーム化まで、もうしばらく掛かりそうです