You should hold your knife in your RIGHT hand
お初にお目にかかります。
好奇心だけあります。持続力はありません。悪しからず。
「知らない」
それが彼女の口癖。
ところどころひび割れたシャーペン
角のない小さな消しゴム
肩に食い込んでしなる贋物の革鞄
内またで歩くからつま先の内側から擦り切れていく靴
握りしめるから固くふくれた中指の指先、その人差し指側
人見知りなのは自分が一番分かってる
だからいつも長くのばしたままの前髪
「おはよう」
他に響くもののない廊下で、ひとりの少女が立ちどまった。
「…笠井さん。」
「おはよう。」
催促から逃れるように伏せられる視線。
「お早う御座います。」
「いー天気だねえ」
「…雨ですけど」
「良い天気だよ」
「そうですか。」
「そーですよ。」
「…何か?」
「別に?それ、捨てに行くとこ見たいなと思って。」
「良い趣味ですね」
「そーですよ。」
「……」
「あ、それ。」
「…どれですか。」
「その写真。あたし、その夕陽の写真好きなんだ。」
「こうなっていても、ですか」
「うん。だってもう覚えちゃったし。芳野さん、希望のひとだし。」
「は?」
「普通さ、夕陽は終りでしょ。でも芳野さんが撮った夕陽は、終りを惜しんでない」
はあ。
「知らない。」
「そう?終わるんなら終われ!あたしには明日ってもんがあるんだ!って。」
「…投げだしているようにしか聞こえませんけど。」
「えー、そう?」
「『終わらなければ始まらないなら、終わりを惜しんでも仕方がない。』」
「ん?」
「そんなのは言い訳にしか聞こえません。拙すぎて恥しいくらいの。」
「そう?」
「終りは惜しむべきものでしょう。惜しめないのは、惜しめるだけの力を賭してこなかったからです。生半にしか心を砕かないで、その怠慢を美談に仕立て上げているだけ。」
くすくす
「可笑しいですか」
「うん。とっても。」
「……」
「だってさあ、やっぱり芳野さんは希望のひとだったから。なんか嬉しい。」
「うれしい?」
「芳野さんは、潔い。だから、あたしは芳野さんと話せて嬉しい。」
「……」
「ものすごく、うれしい。」
「……」
「だからさ、もっと話したい。」
「……」
「…え?だめ?あたしの一方的片思い?もしかしなくてもあたし今この上なく恥ずかしいひと?」
「ええと……双方向的な片思いってあるんですか…」
「うん。今の芳野さんとあたしが丁度そんな感じ。」
「……一時間目…」
「ん?」
「一時間目の現国、笠井さん当たる。」
「げ。なんでまた。」
「なんで、じゃなくて。今日、19日でしょう。」
「あたし、出席番号8番だけど。」
「11月だから。引くよ、松川先生は。」
「っだあああもお!そうだね!そうですね!やつはそうゆう分かり易いひねくれ方をかますよね!」
「だからノート、授業が始まるまで貸すから。」
「え?」
「そのかわりこれ。貼るの、手伝って。」
「おうともさ!」
「…いま何て?」
「Yes! Of course! ってこと。一番!笠井由布子、特技はジグソーパズルで神経衰弱です!」
「意味が分からないよ。パズルわざわざ裏返すの?しかも出席番号、8番って言ってなかった?」
「いーのいーの。気分は最高ナンバーワン!ってね。」
「なにも良いことはないと思うけど。」
「あるよ!」
「なに?」
「笠井由布子が芳野侑子の一番の友達になった。」
「……それ、私と貴女が逆でしょう」
「あれ、本当に?嬉しいなあ」
「知らない」
「知らない」
それが彼女の口癖。
少しだけ怖がりな言い方をするのが特徴。
その言葉を聞くたび私は、本当は知っていたいのだろうなと思う。
もっと、もっと、沢山のことを、幼子の無造作な手探りのように。
愚かだと嘲るのは容易い。
わざわざ分かり切ったことを言うものだと、彼女ならそう言って嗤うだろう。
自らの愚かさに辟易しているのは、他でもない彼女自身なのだから。