第一章 最終幕
これで一章は終わりです。
人物紹介と後書きも別に投稿するので、宜しければご覧下さい。
「私を、救う?」
西織は首をかしげた。
「どういう意味でしょうか?私は何にも苦しんでなんかいないのに」
本当に西織はもう苦しみというものを感じていなかった。
それなのにアーサーは彼女を救うと言う。
西織はアーサーを見る。
「苦しんで無い、か」
アーサーは静かに西織を見つめながらいった。
「そうだな、お前はもう苦しんでなんかいないんだろう。
俺たちに依頼を頼んだときの事を覚えてるか?お前は命を狙われてるっていうのに、ひどく冷静に考えて俺達を値踏みした。
あの時、おかしいなとは思ってたが、お前の事をボスから聞いて分かったよ。
西織、お前は本当はもう何もかもどうでもいいんだろ?
自分の生き死にも、父親の事も。
すべてお前には無価値なんだ。
だから、何をされても苦しむことはない。
何をされても傷つくことはない。
お前はもう死んでるのと同じなんだ」
「…あはは、なんだ、そんなことですか」
西織は俯いて笑う。
「当たり前じゃないですか。私は何百年って時を繰り返して、それでもたった一つの願いを叶える事すらできなかったんですよ?これで何を大事に抱えて生きていけば良いんです?
無駄なんですよ、何もかも。
私が大切にしてたものは何もかも消えていって、
そして何も残らないんです」
それは何百年分もの怨念がこもった言葉だったろう。
思い通りにならないことに耐え続けて、結局報われることなく終わる。
誰かに邪魔されたわけでもなく、ただひたすらに、味方はおろか敵すらいない絶対の孤独の中での闘いは、その全ての責任を自分で負わなければいけない。
自分を責め続けていくうちに狂い果てた言葉。
それにアーサーは
「下らないな」
「…はい?」
「何を大切に?何もかも消える?ふざけるな、人生をなめるのもいい加減にしろ」
アーサーは西織を睨み付ける。
「お前は今まで一度だって、死に物狂いで努力したことなんてない」
何を聞かされたところで、アーサーは揺らがない。
言葉で西織のくだらない怨念を薙ぎ払う。
狂人?何百年を生きた怪物?
それがどうした、とアーサーは思う。
そんなくだらない枝葉の以前に、
目の前にいるのは、ただの子供だ。
「お前は何百年も生きてきたって言ったな。
それだけ生きて何故気付かない?お前はまるで努力していない。本当に死に物狂いで努力したなら、結果はたった二つだけ、成功か、死だけだ。
ましてやお前は普通の人間にはない魔法なんて力を持ってるんだぞ?
世界で何人の人間が人生に思い悩んでいると思っている?その中でお前はどれだけ優遇された立場だ?
断言しよう、お前は魔法を使う度に心のどこかでこう思ってたはずだ。
『どうせまたやり直せる。まだまだ自分にチャンスはある』
……西織、俺は魔法ってやつが嫌いだ。
何故なら魔法は逃げる力だからだ。
魔法を使うってことは本来通るべき道をほっぽりだして勝手にゴールする物だからだ。
西織、お前は逃げたんだ。死に物狂いの努力もせず、漫然と魔法を使い続け、最後には自分も何もかも放り捨てて無かったことにしようとしてやがる。そんなお前を、俺は絶対許さない」
「…ふざけないで、ください。私が…私がどれだけ…」
苦痛を、
苦渋を味わってきたのか
「無為な人生を送り続ける苦しみが、あなたにどうしてわかるんですか?あなたみたいに守るべき友人も、笑いあえる上司も、人生で大切だと胸を張って言えるものをたくさん持っている人間が…この私に、分かったような口をきかないでください!!」
「…西織」
西織は叫び、荒い息を吐きながらアーサーを睨む。
「本当に俺が、このアーサー・レッドフィールドが、そんな人間に見えるのか?」
直後、西織は永い、永い人生の中で、最大の恐怖を味わった。
アーサーは特別何かをしたのではない、西織の目を真っ正面から見つめただけだ。
ただ、
その目が、
西織夕香と、全く同じ深い虚のような目だったというだけで。
西織は、恐い。
自分と違い、二十年にも満たない人生を生きているだけのはずの人間が、
ここまで狂う事が出来るということが、
恐い。
怯え、竦み上がる西織に、アーサーは何事もなかったように話を続ける。
「西織、お前は変われ。この世界に意味を見出だせないというのなら、お前は生きてそれを探さなきゃならない」
「い…嫌ですよ。何で…何で私がそんな事…」
「死ぬためだ。
俺は、救う。
目の前のすべてを救い、そしてその先にのみ俺の死がある。
意味の無い死など無い、お前が死ねば俺も、ニコラスも、ボスですら悲しむだろう。
人間ってのはな、生きた時点で意義なく死ぬことが許されないんだよ」
「で…でも、私にはもう生きるための指標すらないんです。どこに進めば良いのかもわからないのに、どうやって生きろって言うんですか」
それを聞いてアーサーは懐から一枚の紙を取り出す。
「お前には支払いが残ってるだろ。お前がボスと交わした契約書だ。金銭の代わりに別なもので支払う旨が書いてある」
そこに書いてあったのは
「一年間の『梟』での勤務だ。着いてこい、西織。まずは俺達がお前の人生の道標だ」
「私は、生きなきゃいけないんですか…?」
西織の目から涙が溢れる。
生きるのは苦痛だ、死ぬ方が百倍楽だ。
アーサーはそれを知っている。
それでも、なお
「お前には、義務がある。…掴まれ、お前は独りじゃない。俺がお前を救って見せる」
アーサーが拘束衣を解除して西織に手を差し伸べる。
西織は力なくへたりこみ、よろよろと力なくアーサーの手を掴む。
力強くアーサーは西織を立ち上がらせ、仲間のもとへ歩き出した。
こうして、西織夕香は67回目の人生で、ようやく生きることを始めた。
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パチパチ、と音をたてて焚き火にくべた薪がはぜる。
今は朝の6時頃だ。夜の見張りも終わりで、アーサーは火にかけておいたヤカンから熱湯をコップに注いでインスタントコーヒーを飲む。苦味とカフェインが脳に染みた。
ここは中国、ゴビ砂漠の中だ。テントの中の同僚たちを起こして、自分は簡単な朝食を作る。
皆で早めの朝食をとりながら今後の事について話し合う。
「一先ず中国の支部に向かうわ。あそこで他のメンバーと合流しましょう」
「うす、んじゃまた俺が運転しますよ」
「俺は車の中で少し寝かせていただくと嬉しいのですが」
「構わないわ、アーサーは一時間しか寝ていないし」
「ほんとお前タフだよなぁ…」
他愛ない会話をしながら朝食を終え、足であるジープへと乗り込んでいく。
朝日は低くはあるものの、既に昇って砂ばかりの道を照らしている。
「行くぞ、西織、出発だ」
「はい、今行きます」
正直西織はまだ世界に意味を見出だせない。
それでも、とりあえず生きることにした。
西織が乗り込んだのを確認して、ニコラスはジープのエンジンをかける。
砂塵を巻き上げ、車は走り去っていった。
四人の魔術師を乗せて。
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