第四章 第七幕
「ここは狭いわね」
グルグルと腕を回して、海島は振りかぶり、
「ちょっと広くしましょうか(・・・・・・・・・・・・)」
ゴンッ!!と壁を殴り付ける。
爆発でもしたように鉄筋コンクリートが凪ぎ払われ、どういう風に魔法を使ったのかフロアすべての壁が粉砕された。
アーサーは直ぐ様ガトリング砲を射出し、海島を狙うが、
「無駄よ」
蜘蛛の巣でも払うような気軽さで振るわれた腕が、魔法を用いて全ての銃弾を打ち払う。
軽い舌打ちをしてアーサーが複数のチャクラムを不規則な動きで打ち出したのと、
海島が砕けた壁の破片を投げ飛ばしてきたのは同時だった。
ただでさえ魔術師が投げたことによって絶大な速度を誇った投石は、魔法によってさらに強化され、大気摩擦で宙空に極太レーザーのようなオレンジ色の残像を引きながら叩き込まれる。
アーサーは避けたわけではなかった。運良く軌道がずれていただけだ。
そしてそれでも衝撃波は容赦なくアーサーを凪ぎ払う。
「グッ、ガ!?」
押し退けられた空気による圧迫と、産み出された真空状態のせいで肺から勢い良く空気を絞り出され、動きが意思に関係なく一瞬鈍った。
そこに、
「喰らいなさい」
鎖骨を抉り取るような、痛烈なネリチャギ。
超高速で上から迫る踵を回避するため、酸素不足に喘ぐ脳細胞に鞭打って、アーサーは魔法を使う。
迎撃のためではない。そんなことをしたら踵を奪う代わりに左半身を削り落とされかねない。
現れたのはゴム製散弾を装填したショットガン。
ただし、
銃口が指し示すのはアーサーだ。
舌を噛まないように服の襟を噛んで衝撃に備えた直後、散弾が全身を叩いた。
「ギッ…!!」
超至近距離からの散弾など、ゴム弾とは言え常人なら肋骨を粉砕骨折してもおかしくない衝撃だが、魔術師の肉体にとってはちょっとしたタックル程度のものだ。
それでも急いで行ったせいか、受け身もとれなかった体は苦痛にうめく。
だが、
(間合いは空いた)
ならばアーサーの専門分野、中、遠距離の銃撃戦に持ち込める。
当然海島もそれを予期して、すぐにアーサーを追おうとした。
だからアーサーはショットガンを海島に向けて、
防御姿勢になった海島の頭部を右手で鷲掴みにした。
「な、」
海島の驚愕の声が聞こえたが、アーサーはそのまま海島の頭を床に叩きつける。
(恐らく銃撃戦で勝つことは不可能)
何故なら海島はアーサーの手を知り尽くしている。おまけに恐らくかなりの回数アーサーと戦ってきたはずだ。
対策法はとっくに知れているだろうし、そもそもそれで互いに戦ってきた経験値が違いすぎる。相手はこちらとはもう戦いなれているのに、こちらはこれが海島と戦う最初で最後の戦いなのだ、経験値で勝とうとしても、結果は論ずるまでもない。
故に、
(今までに見たことが無いであろう戦いかたで倒す!)
この地形にのみ限定されるような戦闘スタイルであるならば、あらかじめ対策を練っておくことは不可能!!
「おおおおおおおおおおお!!」
アーサーの背中に出現したのはロボットアニメのような飛行ブースター。
かつてニコラスが暇潰しに作ったが、あまりに燃料消費が激しい上、一々生成するための魔力消費がバカにならないため、お蔵入りしていた物だ。
だが愚直に直進するだけならば、アーサーの保有する兵器のなかで最高峰の速度を誇る。
よってそのまま点火して、
ガガガガガガザリザリザリザリ!!とひび割れたコンクリートの床に海島の顔を擦り付ける。
磨り下ろそうと言わんばかりの速度で移動し、圧力で床をぶち抜いて、一気に一階まで降りた上、一階の壁を突き破って外に飛び出した。
空いている左手で追撃を加えようとしたところで、海島の体がくねり、右腕に絡み付く。
(しまっ)
気がついたときには肘間接を固められ、抵抗しようにも技はすでに完成し、
容赦なく右腕を持っていかれた。
「……!」
間接を逆向きに曲げられた痛みより、格闘戦の手数を奪われたことに歯噛みする。
右腕はもう使えない。
武器の扱いならば魔法で行えるが、熱を持ち、腫れ上がって痛みを発する腕は着実に集中力を低下させる。
「レディの顔に傷をつけたんだもの、その位の怪我は受けて当然でしょう?」
対して海島はほぼ無傷。
攻撃の際に顔面の右半分を削り、右目を潰した感触はあったが、それすらも完治してしまっている。
残るのはわずかな擦り傷だけだ。
強い。
捨て身の攻撃とは、ここまでの力を持つのか。
そして圧倒的としか言い様のない海島の実力を前にアーサーは、
「違うな」
違う。
全くもって不正解だ。
「魔法と言ってもそんなに都合が良いものか。それには絶対的な弱点がある」
「…へぇ?なにかしら?」
「そもそもお前の魔法は回復用じゃない。ただ自然治癒力を上げているだけだ」
「それが?」
「傷を治すのに、どれ程体力を消耗している?」
「………」
そう、無限の再生力などあり得ない。
海島の魔法の使い方は結局、細胞を酷使して傷を塞いだだけだ。通常時間をかけて行われる細胞分裂を超高速で行う以上、消費する体力もその分凝縮される。
「流石、と言うべきなのかしらね。正解よ」
「ついでに言うと削り落とされた肉を追加することはできないから、その分の肉も体の中から絞り出しているだろう。肉を削っていけばいつかお前は内臓をまともに動かすこともできなくなるはずだ」
要するにチキンレースだ。アーサーが殺されるのが先か、海島が傷を修復しきれなくなるのが先かの。
しかしどちらの攻撃もまともに食らえば致命傷となる、短期決戦のこの戦いのなかで、不利なのはアーサーに違いない。
それでも、
「負ける気がしないな」
「…舐めた口聞いてくれるじゃない。ぶっ殺してやるわよ!」
休憩終了。第二ラウンドのゴングがなる。