第四章 第六幕
海島が踏み込む。
ただそれだけで、メキメキと音をたてて鉄筋コンクリートーーーそれも魔術師の拠点らしく、通常よりも鉄筋の量を増やしたものーーーが砕け散る。
流石の魔術師といえども、通常そこまでの踏み込みは出来ない。
が、
(重力強化による、戦闘区域の最適化か…っ!)
恐らく海島は今自分にかかる重力を魔法を用いて強化しているのだ。
当然通常の人間ならば下策以下の無意義な事だが、魔術師にとっては寧ろプラスに働く。
そもそも、地球上の生物の枠から外れてしまっている魔術師は、地球上の環境では本領を発揮できない。
たかが1G程度の重力では足りない。強すぎる筋力に軽すぎる体重が着いていけず、踏み込めないのだ。
簡単に言えば、足にロケットを取り付けて走っているようなものだ。大きすぎる運動エネルギーに体がブレてしまうので、ソフトタッチで走るしかなくなる。
だが、重力を増せば体重が増し、しっかりと踏み込める。
結果、
「ううぅぅぅらあああぁぁぁぁ!!」
ズッドンッ!!!と通常の魔術師の三倍近い速度で海島が駆ける。当然足にかかる負担も倍以上の筈だが、苦痛も見せずに突進する。
回避は不可能と瞬時に判断したアーサーは、大量の防弾盾を層状に展開する。並みの銃器では弾かれて終わる筈だが、
「ああああぁっ!」
貫手。
魔法によって貫通力を最高レベルにまで引き上げられたそれが、障子紙のように盾を突き抜ける。
しかし、
(かかった)
どうせこんな薄い盾で海島クラスの攻撃を防げるなどと思っていない。この盾の本来の役割は。
(拘束具)
アーサー側に弾けるように破れた盾の穴は、縁が鋭く尖った断面をしている。魔術師戦で要求される超高速で腕を引き抜けば、いかに魔術師といえども腕がズタズタに裂けるだろう。
故に一瞬であれ、躊躇が生まれる。
それを利用してアーサーは、
「へし折れろ!」
手首の間接を極めるーーー筈だった。
誤算は海島の自暴自棄具合。
「腕くらい…くれてやるわよ!」
「!?」
強引に引き抜かれた腕は粗くヤスリをかけられたように削れ、細かな肉片が飛び散ったが、ともかくアーサーの拘束からは逃れた。
目論見が外れ、体勢をわずかに崩したアーサーに対し、海島は右腕を引き抜く反動で体を捻り、左足を引き上げたような体勢になる。
そしてそのまま海島はッッゴンッ!!!、と壮絶な威力の左前蹴りを盾に放った。
魔法で強化された海島の蹴りは盾を砕き、そしてなおもエネルギーを伝わらせ、
破片を散弾のようにうち放つ。
「っつおおおおおおお!!」
残りの盾を移動させ、辛うじて破片を受け止めさせる。
破片を凌ぐことは出来たが、全ての盾を粉砕され、無防備になったアーサーに、
「右腕。代価は支払ってもらうわよ!」
意趣返しのような、右手による掌底。
武道においては拳よりも効率的とされる一撃が、掬い上げるようにアーサーの鳩尾を打つ。
ごふっ、と肺から空気を絞り出されたアーサーだが。
「鉄板!?」
「地雷だよ」
直前に腹の前に生成した薄い凹型地雷が起爆する。
本来対戦車用に製造された凹型地雷の威力が容赦なく海島の右腕を焼き、へし折る。
爆発面は海島にのみ向いているが、アーサーにかかる反動もバカにならない。加えて海島の掌底も入っている。
吹っ飛ばされた。
「ぐおっ…」
先程まで座っていたソファを巻き込み、破壊して勢いを殺しながら受け身をとる。
肋骨が軋んだが、未だ折れてはいない。精々ヒビが軽く入った程度と考え、海島を見る。
海島の右腕は激しい火傷を負い、へし折れているが、ちぎれてはいなかった。恐らく直前で魔法を使い、皮膚の『外部から肉を守るもの』という特徴を『強調』したか。
だが、右腕を使えなくなったことに変わりはない。
損害はこちらが軽微ーーーとアーサーが考えたとたん。
「い…ぎっ!!」
海島が左腕を使って強引に骨を繋ぐ。そして、
「あああっ!!」
ブルブルと腕全体が震え、見るからに熱そうに色を変えたと思うと、みるみる内に怪我が治っていく。
「…おいおい…」
思わずアーサーが呟くと、
「驚いたかしら?自然治癒力を強化したのだけれど」
実際、骨は十分なカルシウムさえ摂取すれば勝手に繋がるし、火傷だってラップでも巻いておけば自然治癒する。
だが、
「こんな高速で傷口を塞いだら、腕の細胞に莫大な負担がかかる!あんたは…ここで腕を使い潰すつもりか…!?」
「だから最初に言ったじゃない」
対する海島は調子を確かめるように手を動かしながら言う。
「右腕くらい、くれてやるわよ」
後のことなど考えない、文字通りに命を削る戦い方。
「私がどうなってもいい。ただ、絶対に未来をつくって見せる」
瑞々しい、しかし確実に死に一歩近づいた右腕を構え、海島は言う。
「容赦はしないし加減もしないわ。死にたくなければ退きなさい。さもなきゃほんとに殺すわよ」
海島は本気だ。
そんなのは、とっくにわかっていたけれど。
少し、ほんの少しだけ、アーサーは唇を噛み締める。
「…なら、こちらもそろそろ本気を出そうか」
ガガガガガガガガガガガガガキンッ!!と快音を響かせ、展開される武器兵器の数々。
盾のような専守防衛でも、地雷のような待ちでもない。
好戦的な、攻めるためのシロモノ。
アーサーがギチギチと全ての武器に力を加え、
海島が構えをますます深くして、
ようやく本気で牙を露にした怪物達が喰らい合った。