第四章 第四幕
pv10000越えきたあああああああああああ!!
皆さんのお陰です!これからも精進していきます!
「俺を殺した、あるいはこれから殺すのは、ボス、あなたですね」
アーサーの問いに、海島は小さく深呼吸するように息を吸い、
「何時から、気がついてたのか聞いていいかしら」
認めた。
あっさりと。
ほんの少し前に家族と呼んだ相手を殺すと断言した。
「最初からです。この施設に気がつかれずに侵入するのはほぼ不可能ですから、内部犯を疑うのは自然でしょう。あとは『梟』メンバーの中で誰が俺を殺せるか考えればいい。単純な消去法です」
ニコラスに驚いた様子はなかった。
きっとニコラスも、もう気がついていた。
「…あは、そんな早くからかぁ。参っちゃうわね、ホント」
「何のために、こんなことをするんですか?」
「簡単な話よ」
海島はソファーから立ち上がり、二人を見下ろすようにこちらを向いて、
「西織夕香。あの子の存在を、抹消するためよ」
艶然と、海島流衣は微笑んだ。
◇◇◇
西織の目の前で、モニターから声が流れてくる。
半ば思考停止状態に陥りながら、西織はその声を聞く。
『西織は死ななければならない。いいえ、そんな言い方では生温い。西織夕香、という存在そのものをすら、私は許す訳にはいかない』
『分からない』
何かが、
『あなたは|《海島流衣》です。それは間違いない。なのにあなたは絶対に俺達の知っている|《海島流衣》じゃない』
『70点ってところね。私は未来から来た海島流衣だから』
『…まさか西織の魔法ですか?あれは西織自身にしか効果のないものだったはずですが』
『通常ならね。無理をさせれば出来ないことはないわ。それでも一回一ヶ月程度しか戻れないけど』
『…まさか』
『気が付いたかしら?私の使う魔法暴走装置|《Irision》。あれ、使用すると暴走させた魔術師の脳を焼き切っちゃうのよね』
だとしたら、
『…いったい』
この時間に来るまでには、
『いったい何年後から貴方は時を遡ってきたんですか…!』
『大したことないわ。たった三年後よ。それでも50回近く西織の脳を焼き切ることになったけど』
ギチリ、と
モニタの中でアーサーの拳が、固く、固く握り締められる。
『それにしても参っちゃうわ。目的のためには|《Irision》が絶対に必要なのに、作るのに結構時間がかかるんだもの。今回だって遡ってすぐに作らせたのにもう一週間くらいたってるのよ?』
『何故』
『ん?』
『何故西織をそこまで…っ!!』
睨む。
常人なら気絶しそうなほどの殺気を受けて海島は、
『ハッ』
鼻で笑った。
まるで、その程度では驚くにも値しないと言いたげに。
『何故か?簡単よ。思わず笑っちゃうくらい簡単な話』
泰然と、海島は腕を組んで胸を張り、真顔で言う。
『世界の変革を、回避するためよ』
◇◇◇
「世界の、変革…?」
呆然とアーサーは呟いている。
ニコラスも、表情は大差ない。
まぁ当たり前でしょうね、と海島は苦笑して、
「教えてあげるわアーサー。私のいた歴史では後三年程で世界は変わる。それも考えうる最悪の方向、滅びる方がましだと言えるほどにね」
そうね。
「アーサー。あんたは西織夕香の頭脳を理解していない。あれは異常よ。人類ではいまだ到達できないはずの領域にまで人を押し上げてしまった。それも『そうしよう』と考えた結果でなく、ただ歴史上に存在したというだけでね」
いい?
「あの子は生まれてはいけなかった。その存在すらあってはいけなかった。ただいるだけで人類を変質させる存在なのよ、あの子は」
だから、
「私は西織夕香を殺さなければならない。あの子がいない未来を、人類が無知で無力で無意味なこの時代を、維持し続けなければいけない。あんたたち家族を救うためにね」
「そうするのに邪魔だから、俺を殺すんですか」
アーサーの残酷な問いに海島は、
「…殺したくないわよ」
ポツリと呟く。
「殺したいわけないでしょうが!家族なのよ!大切なのよ!でもどうしようもないじゃない!だって…だってこのままじゃ、私と西織以外全員死ぬんだから!」
未来は地獄だった。
世界中の法治システムは崩壊し、戦争よりもなおひどい死で満ち満ちた世界。
崩壊し、燃え盛る町並みの中、『梟』の皆の骸を抱きながら、ただ無力感にうちひしがれる事しかできなかったあの時。
なのに、
「もう痛いほど味わった家族の死を、自分で作り上げたいわけないじゃない!」
海島は子供のように叫び喚く。
失いたくないと、
失わないためにそれを壊し続けると、
だから、
「どきなさいアーサー。私は西織を殺す。そして過去に戻って西織の存在を抹消し、皆が生きている未来を。たったひとつの理想の歴史をつくって見せる。二人とも邪魔しなければ、戦いはしないわ」
「…そんな」
アーサーは、
「そんな泣きそうな顔でいるボスに、そんなことはさせられません」
海島は泣いている。
涙は出ずとも、たしかに今泣いている。
「お願いだから」
あまりにそれは、哀しすぎるから、
「お願いだから、もう自分が泣くようなことはしないでください…っ!」
「……ッ!!」
海島の目頭が熱くなる。
涙腺が決壊する。
一度流れ始めたら、もう涙は止まらなかった。
「泣くなですって」
ボタボタと涙をこぼして、
「泣くわよ!泣かないわけないでしょう!!こんな、こんな事を50回も繰り返して!それで涙がでないわけないでしょう!!」
「…もう、辞めましょう!これ以上はもう…っ!」
「ボス…」
「駄目よ、もう止まれない。絶対に止まるわけにはいかない。ここで止まってしまったら、今までに殺してきたことが全部無意味になる」
そして繰り返すのか、
海島は三年といった。今現在、西織は16歳。それはつまりさらに五倍近く同じことをする必要があることになる。
五倍、味わうのか、
既にボロボロで、こんなにも傷付いているのに。
でも、アーサーに何が言える?
でも、ニコラスに何が言える?
とっくの昔に、海島は決めてしまったというのに。
泣こうが、喚こうが、けして揺らぐことはないほどに、決めてしまっているのに。
「退きなさい。これは私のエゴで、絶対に邪魔をさせるわけにはいかないんだから」
海島の言葉にアーサー達は何も言えず、しかし当然海島を行かせることもできない。
その時、膠着した空気を崩すように、チーン、と言う音が響いた。
それはエレベーターの到着音。
乗っている人間の存在を周囲に知らせるように響いたそれの残響が残るうちに、エレベーターのドアが開く。
「違いますよね」
そこから出てきたのは、
「それは、ボスだけのエゴなんかじゃありませんよね」
ジークフリートとブリュンヒルデを左右に従えた、西織夕香その人だった。
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