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硝煙の魔法  作者: 物黒織架
第三章 憎しみの先は
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第三章 第十一幕

「あ…」

右腕を失い、だくだくと血を失いながら倒れた姉に、地面に押し倒されたアーサーは這いずって近寄る。

「ああ…」

ポケットを破きかねない勢いで、標準装備の救急セットを取りだし、姉の腕に巻き付ける。

無駄だった。着弾の衝撃でエル・レッドフィールドの肋骨が折れ、肺に突き刺さっていた。

「あああ…」

理性が告げる。アーサーが路上に飛び出し、ほぼタイムラグなしであそこまで照準を合わせるなど異常としか言い様がない。弾道は正確にこちらの心臓を狙っていた。

そんなことができるのは、アーサーの知る限り一人しかいない。

しかしなぜ、どうして、なにゆえ、いかにして、どういう理由で、ジョン・ハドソンが、自分を殺そうとしたのか。

理解できない。

否、理解はできても許容ができない。

呆然と姉を抱き抱えることしかできないアーサーの腕の中で、エルが小さく、かすれるような声を漏らした。

「い……た、」

い、という最後の音は、口の動きだけで示された。

そこが限界だった。

友情、信頼、躊躇ーーー人間を人間足らしめる物、すなわち理性が軋み、歪み、捻れて砕けた。

ブツン、とアーサーの中で何かが強引に繋がった。


◇◇◇


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

パトリックの前で、アーサーが絶叫した。

ギチリ、と空間が鳴る。

それはまるで、新たに生誕した怪物を、世界が恐れたようだと、パトリックは思った。

チカッ、と彼方の狙撃ポイントで発射炎(マズルフラッシュ)が瞬く。

しかし無意味。必殺の弾頭は空間を裂いて産み出された無数の武器に飲み込まれ、むなしく反射して消えていった。

その中央に君臨するは魔人。

鋼と硝煙の、魔人。

主人の怒りに呼応する様に、奔流となって産み出された武器の流れに巻き込まれ、身体の骨が軋み、折れる音を聞きながら。

パトリックはただ絶望していた。


◇◇◇


最初に武器を産み出した時点で、周囲の衛生兵部隊やパトリックが巻き込まれ、武器に押し退けられるようにして吹っ飛んだ。

しかしアーサーは気にも止めない。身体中をアドレナリンと魔力が駆け巡り、身体が異形の存在と化す。

それすらもアーサーにとっては意味がない。

頭の中にはただ、姉を撃った()を殺すことしか存在しない。

武器が欲しいと、そう思った。

敵を穿って、斬って、抉って、裂いて、潰して、轢いて、圧して、焼いて、千切って、捻って、刺して、破いて、貫いて、砕いて、そして、

そして、殺す。

ただそれだけの、道具が欲しいと。

ある意味、第四十二番施設の『製造プラン』はここに完成を見たと言えるのかもしれない。

少なくとも、もはやアーサーは友人たるジョン・ハドソンを殺害することに関して、一切の躊躇を覚えなかったのだから。

「おおおおおおおおっっっっっっっぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

千の刃が空を裂き、万の弾丸が間を穿つ。

怒り狂った魔人の一撃の前に、立っていられる人間などいるはずもない。


ズズン…!と重々しい音を立てて、ジョンが居たはずの建物が粉砕される。

滑腔砲や機関砲、榴弾砲等の複合砲撃は一瞬でそこに居た人間の命を奪い尽くした。

「………」

アーサーは立ち尽くす。

自分の感情任せの一撃が、憎むべき敵を瞬殺したことに呆然として、

「アー……サー…」

「ッつ姉さん!?喋らないで、今治療を…ッ!」

「無理よ…」

弱々しく笑いながら、エル・レッドフィールドは言葉を紡ぐ。

「私は衛生兵なのよ…?自分のからだの具合くらい…よく分かってるわ…」

「そんなことは…っ」

そんなことは、

もうとっくに解っているけれど。

「ねぇ、アーサー、想像してみて…?私たちはごく当たり前の姉弟で…死体も銃もない…平和な町で暮らすの…。お父さんも、お母さんも、死んだりなんかしてなくて…私達は、ただただ静かに…」

コフッ、と吐血しながらエルは言う。

「そう言う未来を、夢見ても良いよね…?私達だって、幸せになれたかもしれないよね…?」

そう言ってエルは弱々しいながらも微笑んで、

「アーサー、私はここで死ぬけれど…これが、アーサーにとって最悪な頼みなのは解ってるけど…それでもお願い。アーサー…あなたは…罪を償って、平和に生きて…」

「罪…」

「アーサーが今まで、殺してきた人の数…アーサーは人を救って…?そうして、せめてアーサーだけは普通の生き方を…」

「そんなのは…ッ!」

「出来る、よね?」

力なく持ち上げられた左手が、そっとアーサーの頬を撫ぜる。

「アーサーは、私の自慢の弟だもの…きっと、アーサーは自由になれる」

その為には、

三千人以上もの人を救わなければならないのに。

その事を、理解できていないはずもないのに。

それでもエル・レッドフィールドは宣言する。

アーサーなら、

自分の弟なら、出来ると。

それは、ただの呪縛だったけれど。

死すら許さぬ、最悪の宣誓だったけれど。

「アーサー…生きて…あなたは…生きて」

そうして、エル・レッドフィールドは静かに息を引き取った。

あとに残されたのは柱を失い、約束に縛られた空っぽの魔術師だけ。

アーサーの咆哮が戦場に響き渡った。

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