第三章 第八幕
表れた戦車は三台。恐らくそれがアーサー側の軍に見つからずに、この作戦に投入できた限界だったのだろう。
戦車上部の機関銃がアーサーの隊を凪ぎ払った。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アーサーは手近な部下の軍服を掴んで引き倒し、射線から身を反らす。
救えたのは二人、この隊の副長を務めるアイザック軍曹と、例の新兵、パトリックだ。
他は助けられなかった。
バラバラに千切れ飛んだ人間のパーツが降り注ぐ。
これが兵器。
人が人を殺すためだけに作り上げた、究極の殺人道具。
「ヒッ…!」
パトリックが戦き、
アイザックが覚悟をきめ、
アーサーの投げた手榴弾が三台の戦車の真ん中で起爆する。
ドッ!!と衝撃波が突き抜け、三台すべてに搭載された機関砲の砲身を反らした。
「今だ、走れ!」
もうもうと巻き起こった土煙に身を隠し、アーサー達は姿をくらます。
広いとはいえ、戦車三台で風通しが悪くなった通りから煙が晴れた時には、既にアーサー達の姿は無かった。
◇◇◇
(何とかまけたか…?)
戦車の本当にすぐ近く、道沿いの建物の二階にアーサー達はいた。
窓枠から鏡を突き出して、外の様子を確認する。
戦車三台はなにか無線で通信し合っていたようだが、じきにアーサー達の基地がある方向に進む。
「アイザック、本部に連絡は?」
「とれました。至急歩兵部隊を撤退させるそうです」
「間に合わんだろうがな」
戦車は鈍重なイメージがあるが、実際には時速120キロ程度なら簡単に出せる。ましてやこの舗装された道。歩兵が逃げ切るのは不可能だろう。
アーサーは部屋の隅、最も戦車のいた通りから離れた場所に蹲るパトリックを見る。
「こんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかった…」
ブツブツと同じ事を繰り返しながら頭を抱えて動かない。
「パトリック」
「こんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかったこんなの訓練になかった…」
埒が明かない、溜め息をついてアーサーはパトリックに近寄り、
下から思い切り蹴りあげた。
「ガッ…ッブ!?」
跳ね上げられたパトリックの襟首を掴み、口の中に拳銃を差し込む。
「パトリック。お前に選択肢をやる。俺は生きて基地に帰還したい。だが貴様のようにただうずくまって、口を動かしているだけの人間など足手まといにしかならん。だから質問だ。お前は今から立ち直って俺たちと共に帰還するために協力し合うか?それともこのまま引き金を引いて殺される方がいいか?前者なら瞬きを三回。後者なら四回しろ。解答時間はあと三秒だ」
「ーーーーッ!ーーーーーッ!」
モゴモゴと口を動かしながら慌てて三回瞬きをするパトリック。アーサーが拳銃を抜き出すと、咳き込みながら地面に倒れ込む。
呆然と事態を見ている事しか出来なかったアイザックは、アーサーがこちらに振り返るのを見て思わず背筋を伸ばした。
「装備をあらかた出せ。帰還作戦を練る」
無論、唯々諾々と従った。
「アサルトライフル三挺、専用弾48発、拳銃三挺、専用弾24発、アーミーナイフ三本、フラング(破片を飛ばして人を殺害する手榴弾)三個、コンカッション(爆風で人を殺害する手榴弾)二個、か」
「戦車をどうにかするのは…」
「無理だよパトリック君。ハッチの中に手榴弾を投げ込むって言うならともかく、この装備じゃあ装甲一枚飛ばせやしない」
「やはり現実的には戦車を避けて帰投するべきだな。そろそろ後続の敵兵が来る頃だ。少しずつでも後退するぞ」
アーサー達は多少の距離を置きながら進行ルートを逆走する。
「しかし少尉どの、実際戦車に出くわしてしまった時はどうすれば?」
「諦めろ。正直さっきの襲撃で生き残れたのは偶然だ。それよりどうやって戦車を避ける事を考えろ」
「…了解。っと、あれは…」
道端に頭陀袋の様な物が転がっている。
「死体だな。俺たちの後続の部隊だろう。間に合わなかった奴等だ」
「まださほど時間がたっていませんね」
「死んでからおおよそ十分程度って所だろうな」
「味方に|対戦車榴弾砲(RPG-7)を装備していた部隊はーーー」
「もっと後方の中隊にはいるだろうな。俺達やコイツらのような突撃部隊は今回速度を重視した装備だった。最大火力が手榴弾じゃ戦車は倒せないだろう」
「通信によると本部から救援部隊が出ているそうです」
「衛生兵も出てきているだろうな」
そう、姉のエルもきっと戦場に出てきている。
(姉さんは絶対に死なせない)
戦場に絶対等存在しないことはわかっている。
それでもアーサーはそれを誓っていた。
それがアーサー・レッドフィールドという、一人の人間の核だった。
◇◇◇
「るんるんるン♪一人殺ってはおっれの為♪」
ブン、と手元の『武器』を振り回す。
ぎゃあぎゃあ喚きながら獲物にブチ当たった『武器』はゴキゴキメキグキ!と音を立ててへし折れた挙げ句、遠心力で引き千切られて赤を撒き散らしながら飛んでいってしまった。
「二人殺ってはおっれの為♪」
それでも気にせず、適当に周囲から新しい『武器』を掴むと、再度勢いよく振るう。
周囲には壊れた戦車の残骸が落ちていた。途中まで順調に進んでいた戦車三台だったが、流石に中隊にぶつかって破砕された。本来戦車の中にいた『武器』を振るう男が戦車が全滅しないように戦う手筈だったが、命令を無視して戦車が壊れるまで男はなにもしなかった。
「三人殺ってはおっれの為♪」
グッシャア!!と縦に『武器』を降り下ろして、グジュリと肉が潰れ、破れた水風船のように血が吹き出す感触を楽しむ。
「な、なんなんだアイツ…!」
「人体を武器にしてやがる(・・・・・・・・・・・)…ッ!」
「に、逃げろ!こんなやつとまともに戦えるか!」
目を閉じて、手に残る感触を味わっていた男は周囲の獲物が慌ただしく逃げ始めたのを察知した。
「おーおーオー。なに逃げてんだヨ。興ざめじゃねーカ」
当然それで逃げるのをやめるはずもない。建物の合間を走って逃げる敵を見て男は、
「しょーがねーナー。ーーーーー捻り潰セ」
直後、男の視線の先にあったすべての建物が巨大な指に押し潰されたように崩壊した。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
建築資材が降り注いで奏でる轟音に、巻き込まれた兵士の悲鳴が押し潰される。
崩壊が治まったとき、そこには瓦礫でできたバリケードと、平原のようになった元市街地があった。
兵士達は、
恐怖とプレッシャーに押され、振り返る。
顔すべてのパーツで狂笑する男がいた。
二十分後、アーサー達の後続部隊、総計三百名が全滅した。