第二章 第十六幕
ドガザガギギギギギギンッ!!と激しく火花を散らしながら、ジークは『無敗宝剣』に真っ向から対抗する。
その手にある『災厄焔枝』はアーサーのそれのように焔を吹き出していない。
『ジークの戦闘スタイルは純近接型だからな』
戦闘前に『災厄焔枝』を手渡された際、アーサーはこう言った。
『下手に遠距離攻撃手段を織り混ぜると、自分のリズムを崩しかねない。それに焔で壁を作ったりするってことは死角を作るってことでもある。出来る限り剣で弾け。どうしてもっていうときだけ盾を作るんだ』
その言に従い、ジークは『災厄焔枝』の『焼却の焔』を剣身に凝縮するようにして『災厄焔枝』を振るっていた。
「お、おおぉッ!!」
熱したナイフでバターを切るように、とはいかないが、『災厄焔枝』の焔の刃は確かに『無敗宝剣』の刀身を受け止め、僅かずつでも食い込んでいく。
(この、程度で、私の『無敗宝剣』が…ッ)
上、下、袈裟懸け、逆袈裟、水平…前からだけでなく、後ろからも『無敗宝剣』は回り込み、有りとあらゆる斬撃パターンを食らわせていく。
だが、
「当たらないだとっ!?」
それどころか、双剣を破壊せず、あえて軌道を逸らすだけにして双剣の動きを邪魔する。
それを見てフレイは思い出した。
今まで何度となくジークの身体を切り刻んだが、そのすべてをジークは|回避はできずとも反応していた(・・・・・・・・・・・・・・)事を。
今の『無敗宝剣』はいわば自律駆動。手動に切り替え、操作すればフェイント等も織り混ぜた、より高度な攻撃が可能になるが、フレイはそれをする事ができない。
なぜなら、そもそもフレイ本人はさほど強くないからだ。あくまで『無敗』を誇るのはその剣であり、フレイ本人はさほど戦闘の心得もない。フレイはほぼ完全に参謀的ポジションである。
おまけに双剣ともなると扱いの難易度は跳ね上がる。二つのものを互いの邪魔にならないように、しかも同時に意思だけで動かすというのは途方もない難易度だ。アーサーは無数のチャクラムを同時に操り、それぞれ個別の動きをさせていたが、それも血の滲むような訓練の賜物である。
そしてフレイにはそんな訓練経験などない。
故にフレイは、
「く、そ、なめるなよこのガキがぁっ!!」
魔力を注がれ、ド!!と空気を切り裂き超高速で移動する『無敗宝剣』。
過剰な魔力供給に体が軋み、不気味に内臓が蠕動したが、フレイは構わず魔力を送り続ける。
(一撃で殺す必要はない)
あまりの速度で移動したためか、『無敗宝剣』が霞み、一瞬でジークの背後に移動する。
(『災厄焔枝』さえ奪ってしまえば嬲り殺しだ!)
そして『無敗宝剣』の刃が通過したジークの肩口が、
切断されない。
「な、」
に、と続ける前に視界の先で煙るように『無敗宝剣』が動き、後ろから轟!!と噴き出した焔を阻んだ。
慌ててフレイが振り返ると、そこには『災厄焔枝』と鍔迫り合いになっている自らの双剣があった。
「い、いつの間に後ろに…」
しかしジークはそれには答えず、一度互いの武器を弾いて身を引くと、再度突進してきた。
その動きに違和感を覚え、フレイはジークの目を見て気付く、
(こちらを見ていない…?まさか、『災厄焔枝』で蜃気楼を起こして…ッ)
蜃気楼。
夏の日海辺から沖を見ると、本来見えないはずの位置にある町並みが見えたりすることがある。
太陽光の熱で空気に温度差が生じ、大気がレンズのような役割を果たすのがこの現象ーー蜃気楼の正体だ。
恐らくジークは『災厄焔枝』で空気を熱し、光を屈折させて『実際に自分がいる場所』と『見えている自分の位置』をずらしているのだろう。
(ならばっ)
フレイは『無敗宝剣』の制御を完全に切り、双剣の自律防御機能のみにモードを切り換える。
結果、コンパスの針の様に切っ先がジークを指し示す。
「そこだ!!」
再度『無敗宝剣』が疾走。何もないように見えていた、蜃気楼で隠された空間からジークを貫き撥ね飛ばす。
ホールを横切り、吹っ飛んだジークは、標本の虫のように壁に体の前面を付けて磔にされた。
カァン、とジークの手から弾き飛ばされ、『災厄焔枝』が床に転がる。
「ぐっああああああぁぁぁぁっ!!」
右腕の肘と左足の太ももを細身の双剣で貫かれ、絶叫を漏らすジーク。
「は、はは、ははははは!!これで終わりだジーク」
そしてフレイは懐から拳銃を取り出す。
「くっ、う、神様が銃なんか使っていいのかよ」
「私は生憎と使えるものはなんでも使う所存でね。いちいち様式美に拘りすぎるのも無意味だろう?」
カチャリ、と、
軽い金属音と共に、フレイは拳銃をジークの急所に突き付ける。
「さらばだジーク。君は実に我々の役に立ってくれたよ」
キチキチとフレイは引き金をゆっくりと引き、
「…一つ、良いか」
ジークが話しかけてきた。
「何かな?命乞いなら聞かんよ?」
ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべてフレイは嬲るように末期の言葉を聞く。
そしてジークは言った
「お前は少し、自分の魔法を過信しすぎだよ」
ドスリ、と
ジークが生成した『ノートゥング』がフレイの身体に突き刺さった。
「何…だと…?」
ゴフリ、と口から血を吐き、フレイはその場に倒れ伏す。
「な、ぜだ、何故『無敗宝剣』が…」
「俺が押さえてたからだよ」
深く肉に突き込んだ剣は、刺した後に肉が締まるために抜けにくくなる。
ジークは蜃気楼のトリックが看破され、『無敗宝剣』を発射されたときに、一瞬『鋼体英傑』を解除していたのだ。
その際、刺さったところが悪ければ即死していただろうが、前回戦った時点で、あの高速機動は何度もジークに叩き込まれたのに、一度も急所を貫かなかったほど命中制度が甘い事はわかっていた。
ゆえにジークは賭けに出て、一旦魔法を解除し、再度魔法を使用することで、ただでさえ刃を固く締め付ける肉の硬度を鋼並みに上げた。
結果『無敗宝剣』はジークの体のなかに捕らえられ、主人を護れなかったのだ。
後はフレイの身体に落とすように『ノートゥング』を生成してやればいい。神話で鉄製の金床を一刀両断した逸話を持つほどの切れ味だ、それだけでフレイの身体は切り裂かれる。
身体に刺さった『無敗宝剣』で自分の身体を切るようにして、ジークは拘束から抜け出す。
(そういえばアーサーさんは…)
そうジークが考えた時、
頭上ーーーアーサー達が昇っていった場所で閃光が吹き荒れた。
後一話か二話ですね