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朝の一時

猫の逆立ち

作者: 氷純

 朝早く教室に入ると何時も彼女が席に着いている。

 同じ高校生なのだから席に着いている事は問題ではない。

 問題なのは決まって僕と隣の席に座っていることだ。

「おはよう」

 僕が声をかけると、彼女は軽く手を挙げる。

 ここ一ヶ月の日課になっているやり取りを終えて僕は席に着く。

 彼女は先ほどまで読んでいた文庫本に栞を挟んで僕にシニカルな笑みを向けた。

 あぁ、また悪巧みをしているな。

 僕の警戒に彼女は笑みを深めた。

「登校中に猫を見たわ」

と、彼女は始めた。

「猫ぐらい何処にでもいるさ」

 素っ気なく返した僕を知的に輝く黒い瞳で見つめる彼女。

「その猫はね、何を思ったか前足で逆立ちして歩きだしたの」

 それはそれはシュールな光景だ。

 彼女はさも思い出していますよといった様子でシャープな顎に片手を当ててクスリと笑う。

「ふらふらと揺れる尻尾が愛らしくて観察してたんだけど、猫は階段を前に途方に暮れてしまったの」

 確かに逆立ちしたまま階段を登るのは無理だろう。

 彼女は何かを企んだ瞳で僕を見つめる。

 自身の魅力を認識していないのか、はたまた認識しているからこそか、彼女の性格からして後者だろう。

 何か言わないと視線を外してくれそうにないので僕は口を開く。

「逆立ちしても出来ないなら4足歩行しかないだろ」

 僕の真っ当な意見に彼女はクスクスと笑う。

 意見そのものに笑う要素なんて皆無だろうから、この笑顔は悪巧みが成功したのを喜んでいるのだ。

「猫は逆立ちしたまま階段を上ったわ」

 彼女は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「どうやって?」

 きっと、僕ごときが考えても解らない。それこそ、逆立ちしても。

「私が抱えて運んだのよ。逆立ちしても出来ないなら、誰かの力を借りるべきなの」

 目が点になった。そんなのありか。

 だから、と彼女は言葉を繋ぐと僕に向けて祈るように手を合わせた。

「宿題みせて?」

 意地の悪い笑みを引っ込めて愛らしく微笑むのだから手に負えない。

 だけど、このまま宿題を見せるのは少し癪だ。

「猫は諦めずに逆立ちしたままジャンプでもすれば良かったんだ」

 僕が言い返すのに彼女はまた意地悪な笑みを浮かべる。

 すんなりと宿題を見せて貰えるとは向こうも考えていないらしい。

 それならと僕は遠慮無く続けた。

「努力することで開ける手段もあるさ。宿題をやるのも努力の内だよ」

「あなたの言う通りだわ」

 そう言いつつ彼女は笑みを崩さない。

 僕は手のひらで転がされているようで居心地が悪い。

「芸は身を助ける。それは努力して身につけたものだからよ。猫も逆立ちしなければ私の注意を引くことも出来ず助けを得られなかったでしょうね」

 話をすり替えられた。

「努力が足りないから猫は階段を前に途方に暮れたのさ」

 僕は負けじと話を戻す。ここを抜かれたら終わりだ。

「けれどあなたは最初にこう言ったわ。『逆立ちしても出来ないなら4足歩行しかないだろ』ってね。出来ないなら手段を変えろと言う意味よ」

 最初から言質を取られていた。

 努力の必要性を説きながら、最初に努力を真っ向から否定する言葉を言っていた僕の論理は瓦解する。

 本当に最初から彼女の手の上だ。

 僕は彼女に逆立ちしてもかなわないだろう。

 彼女をやりこめるのに力を貸してくれそうな誰かの到来を願いながら、僕は宿題を取り出した。


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