6 戦闘
いつかはこの時が来るのをわかっていた。
戦闘薬無しの戦闘。
恐怖で気が狂いそうだ。
撃墜されることでも、死ぬことでもない。
無限の宇宙を漂流すること。
無限の宇宙で一人ぼっちになること。
戦闘になると、前線に出る機体、メンバーが限られてくる。
そうなると、敵方も相手の弱点を攻略し、徹底的に攻めてくる。
今回のターゲットは民間人が武装して乗っている大型宇宙船で、国籍は不明。多数の戦闘機を所有している。私は国籍関係なく、多種多様の人間をつめこんでいる、とみている。攻撃の仕方でお国や育ちがわかる。私のような傭兵上がりの人間も、エリート軍人も、ジャンク屋も、海賊もいる。傭兵は攻め方がしつこい。何機落としてナンボだからだ。エリート軍人は美学を追及する。無様な戦いは恥だと思っている。ジャンク屋は攻撃には興味が無い。欲しい部品を搭載している機だけ狙い、自分達は意地でも撃たれまいとする。海賊は威嚇が上手く、とにかく機体を傷つけずに捕獲しようとする。不思議な船だ。もとは物資を運んでいた貨物船らしく、装甲の厚いかなり大型の船だ。おそらく自給自足できるだけの設備を備え、三千人以上の人間が中で暮らしている。
「あいつらと戦う必要はないんじゃないか?」
ルークは不機嫌そうにいう。
ターゲットはプーランクの領空をかすめて渡航している。
攻撃の理由はあるような、ないような。
「どうして?」
「戦う理由がわからない。それに、相手を生かさず殺さずダメージを与えろ、という命令も変だ。真剣に戦うつもりもなさそうだし」
「民間人の力が強くなりすぎると困る、ってことじゃないの? あの手の船やコロニー、最近増えているんでしょ」
このところ、国を持たない無国籍の船やコロニーが増えている。彼らの存在理由はまちまちで、渡航ルールは大抵守っているが国という枠にも意義にも縛られない。
ルークの気持ちはわかる。ルークは自分のような難民や民間人と戦うのが嫌なのだ。エリート軍人を叩き潰すのには躊躇ないけれど。今更だ。どうせ、末端はほとんどが難民あがりの傭兵なのだから。ルークは優しすぎる。
戦闘理由にしろ、戦闘戦略にしろ、私達傭兵に全てが明かされることは無い。前線に出ている傭兵は捕虜になることもあるし、脱走もある。機密をしゃべられたら終わりだ。だから、必要最低限の事しか知らされない。言われたとおりに動く捨て駒だ。
眠れない。明日は戦闘になるのに。
戦闘メニューそのものは、敵艦を威嚇し、渡航ルートを変えさせるだけの簡単なものだ。
明日の戦闘は戦闘の数にも入らない。艦内はのんびりムードだ。
私は呻いた。戦闘薬が無いとわかっているだけで、このザマだ。
怖い。怖い。怖い。
私は無人のラウンジに行った。
眠ると暗闇が無限へ引きずり込もうとする。
戦闘薬が無いと思うだけで奇妙な焦燥感と不安に蝕まれる。
人肌がほしかった。
そばに誰かいる、という実感がほしかった。
ルークに頼めばきっと抱いてくれる。
でも、私はルークに抱かれたことはなかった。
もうお互いに依存しすぎている。
これ以上お互いにのめりこめば、何も見えなくなり破滅がまっているだけだ。自分達の境遇に嘆き、お互いの未来に不安を感じ、もっと多くのかなわないものを相手に求め、破滅する。
今まで、そうやって壊れていった傭兵の恋人達をたくさんみてきた。
「ミア?」
暗闇の中から声がした。
少佐。
もう、声だけでわかる。
「どうした? 眠れないのか?」
私は黙ったまま、少佐の首に腕をまわした。
やっぱりデカい。届かない。
少佐が微かに息を飲むのがわかった。
少佐は少し屈むようにして私の腰に手をまわした。
唇に唇を押し付ける。
少佐の腕に力が入り、強い力で抱きしめられた。
お互いを貪るように口付ける。
そのまま、2人でもつれるように歩き、少佐の部屋へなだれ込み、ベッドへ倒れこんだ。
今まで一度だって、こんなことをしたことはない。
ドラッグをやっているときだって。
少佐に抱かれ、
・・・朝が来ても少佐は私を抱きしめていた。
ミア。
何度も何度も名前を呼ばれた。
私は一度も少佐の名前を呼ばなかった。
翌日の戦闘。
といっても、単なる威嚇で敵艦に少し航路を変えさせるだけで済むはずだった。が、敵艦も戦闘機を出し航路を譲らなかったため、小競り合いになった。
少佐が寝不足だったのがいけなかったのか、ルークが私と少佐が朝一緒にいたのを見たのがいけなかったのか、私がドラッグが無いせいでパニックになりかかったのがいけなかったのか、単に運が悪かったのか。
チームワークは見事に崩れ、私は撃墜された。
前線の中でも抜群の腕前を持つ私は無様にも敵船に捕らえられた。