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5 雨のタワー

アレン視点です

独房は一日で追い出され、次のシャトルで「アース」に戻れといわれた。

降格の話はでなかった。

宙域では帝都国との緊迫した睨みあいが続いている。

それなのに、使命感や緊張感、そういったものが不思議なくらいに消えてしまっていた。



もう、軍を抜けようかとも思う。

どこか、遠い場所で運び屋でもやるか。


ぼんやりした気持ちのまま家に戻った。

軍に残るにしても、次のシャトルが出るまで、三日ある。

灰色の空は低く、小雨が降り出していた。


家の中は相変わらずガランとしている。

ミアと結婚しても、家の中の物は増えず、生活感もないままだった。

ミアには不思議な程、物欲がなかった。


せっかくの高層ビルの上階だが、窓の向こうは雨で煙っていて、タワーの赤い点滅がわずかに滲んでいるだけだ。

戻ったはいいが、ミアの想い出の残るこの建物で過ごすのはあまりにも辛い。

こうして、灰色の外を見ているだけで、はじめてここに来たミアが外を眺めていたときのことを思い出してしまう。

ぼんやりと酒を片手に外を眺めていると一階の受付から連絡が入った。


「アレン・シーモア様に、お客様です。……が、どうしましょう?」


客が直接訪ねてくることはない。

みな、来るとしても一言連絡ぐらいは入れてからくる。

「誰だ?」


「それが、直接お会いしたいとおっしゃって。女性の方のようですが。モニター切り替えます」


モニターに映ったのはずぶ濡れのフード付きの大きすぎるレインコートを着込んだ少女だった。

少女が伏せていた顔を上げた。

息を飲む。

そこにはミアが、いや、ミアそっくりの少女が立っていた。

綺麗なグリーンアイズ。

セクサロイドなのか?

これほど似ているとは思わなかった。

でも、ミアではない。

目の色が違う。

だが、雰囲気も何もかもがミアとそっくりなのだ。


「アレン」


セクサロイドがミアの声でいった。

ミアは死んだはずだ。

何かの罠なのか。

でも、その思惑とは裏腹に、フロアに通じるドアと部屋のドアのロックを解除していた。


「ミア」


違う、とわかっていながら、それでも口に出してそういっていた。



扉を開けてセクサロイドを迎える。

俺を見あげるグリーンアイズはそれでも、ミアにしかみえなかった。

「ミア」

思わず俺が腕を差し出すと、ミアは俺の腕の中に飛び込んできた。

やっぱりミアだ。

絶対にミアだ。

「アレン、会いたかった」

レインコートごと、ミアを抱きしめる。

信じられない思いで、もう一度ミアの顔を眺める。


やはり、グリーンアイズだ。

ミアの独特の反射したような銀の瞳ではない。

だが、腕の中の少女はどう考えてもミアだ。


「本当にミアなのか?」


俺がグリーンアイズをのぞきこんでいうと、ミアは微笑んだ。

「心配かけてごめんなさい。いろいろあって…」

目を閉じ、俺の胸に耳を押し当てるしぐさ。

間違いなくミアだった。


レインコートを脱がせると、ベビードールを思わせるような服を着ていた。

その服も脱がせ、シャワールームへ押し込む。

ミアの冷えた躰をシャワーで温め、バスローブを着せた。

自分もシャワーで濡れたのでバスローブを羽織った。


「会えてよかった。アレンがアースに行ってたら、会えないところだった」

ミアはそういってニッコリ笑う。


「お礼をいいたかったの。今までありがとうって」


今までありがとう?

そんな言い方はまるで…。


「プーランクには、もういられないから。ここにいても、アレンに迷惑ばかりかけてしまうから。だから、ビッグマザーに帰ることにしたの」

ミアは少し寂しそうな顔をしていった。


すぐには言葉が出なかった。

ソファに腰かけた俺の膝の上にミアはいる。

ミアを抱く腕に力が入った。

しっかりつかまえていなければ、また消えてどこかへいってしまいそうだった。


「別にビッグマザーに行く必要はないだろう? ビッグマザーは……危険だ」

ミアを抱きしめたまま言う。


「でも……私、死んだことになっているでしょ? ビッグマザー計画を、ビッグマザーのみんなに伝えたくて、プーランクを出たの。でも、国外に出たのがバレちゃまずいと思って個人認識チップも勝手にとりはずしちゃったの。マッド博士にベビードールみたいにしてもらって、ベビードールのフリして上手く国を出られたのはいいけれど、その間にマッド博士のトレーラーが爆破されちゃって。トレーラーの中に私の個人認識チップが置いてあったせいで、死んだことになっちゃって」


ミアはぽつぽつと今までの出来事を話し始めた。


壊れたトレーラーの前で茫然としていたことを思い出す。

あのとき、ミアは国外へ脱出していたのか。

ミアのやろうとしていたことは軍の規律に反するどころか、スパイ行為だ。庇う余地すらない。ミアが無名ならまだしも、しばらくメディアを騒がせた勲章もちだ。ミアの行為が公になれば、重い刑が待っている。


「勝手なことして、ごめんね」


ミアはそういってしがみついてくる。


「アレンのこと、大好き。大好きだけど、もうここにはいられない。あと2時間くらいしたら、ここを出ることになっているの。だから、それまで一緒にいて」


ミアを抱きしめようとすると、耳障りな緊急コールサインが鳴った。


『シーモア中佐、明朝8時にシャトル便を出すので、至急「アース」までお戻りください。朝7時にお迎えにあがります』


シャトルは三日後に出るはずだったが、早まったらしい。

「わかった」


短く言って切る。


「ミア、」


いいかけるとまたコールサインが鳴った。

無視しようと思ったが、相手はハラウェイだった。


「なんだ」


不機嫌な声が出る。


『アレン、いろいろやらかしたんだって? 今度、武勇伝きかせろよ』


いつものハラウェイの声にイライラする。モニターはオフのままだ。


「くだらん。切るぞ」


『待てよ。仕事の話だ。まだ先の話だが、ビッグマザー計画、お前と一緒にやることになりそうだ。どうも、ビッグマザーには結構すごい面子がそろっているらしくてな。ルーク傭兵隊長や、こちらの軍事に詳しいジーン・グラント、死んだといわれていた撃墜王も乗っているという情報だ。雑魚メンバーでは太刀打ちできないということになって、急きょ決まった。そういうわけだから、そろそろ浮上してこいよ』


「……ビックマザー計画に、俺が?」


『ああ。電話で詳しいことを話すわけにはいかないが。帝都国の動きが本格的になる前に、空母を手に入れないとな。それから、宙軍の連中、急にお前がいなくなって、士気が落ちて困っているらしいぞ。早くアースに戻ってやれよ。じゃあな、元気出せよ』


そういって電話は切れた。


ハラウェイの声はミアにも聞こえていた。

ミアは泣きそうな顔で、俺をみていた。

「ビッグマザー計画、アレンも出撃するでるの?」


「………」


ミアは黙って俺の胸に顔をうずめた。


ミアの小さな頭を抱きしめる。

俺にとっては何よりも大切な命だ。

もしここでミアを手放せば、次に会うときは、お互いを宇宙の藻屑にするために戦うはめになる。

冗談じゃない。


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