2 Mr.ロウ
マッド博士がメスを出してきたのでびっくりしたけれど、「アンドロイドの治療をやっているし、腕には自信があるから大丈夫よ~」といいながら、首筋に埋めこまれていたチップを簡単にとり出してくれた。
目にグリーンのカラーレンズを入れて、ベビードールの標準色に変える。
服もベビードールっぽい衣装に、髪型もベビードールっぽく変えてくれた。
博士のトレーラーにはいろいろな物がそろっている。
まあ、アンドロイドとかの研究をしているのだから、当然といえば当然なのかもしれないけれど、でも、ベビードールの服とか、博士の研究とはあまり関係ないような気がする。
どう考えても、博士の趣味としか思えない。
博士は異様に楽しそうだ。
博士、ちょっとコワイ。
ペットの輸送と同じだから、箱の中でガサゴソ動いても構わないけれど、輸送中トイレは我慢してね、アンドロイドはウンコしないから、といわれた。
・・・ハイ、なんとかします。
狭いところに長時間いるのは職業柄慣れているけれど、なんだかなあ。
箱に入れられ、出荷伝票、配達伝票をはられ、宅配業者が迎えに来た。
大型犬を運ぶ倍の料金が必要らしい。
意外に簡単に、半日もたたないうちに目的地についてしまった。
「ロウさん、お届け物です!」
宅配業者が叫ぶと、ロウさんが出てきた。
ここまできて、『要りません』とかいわれて送り返されちゃったら困る。
ドキドキして箱ののぞき窓から見ていた。
ロウさんは、なんというか、中性的なのっそりしたアナグマみたいな人だ。
ロウさんは伝票を確認している。伝票にはアンドロイド工場の名前と、小さくマッド博士の愛称?と思われる名前が入っている。品名はもちろんアンドロイド。
「あれ? マッドから僕にプレゼント? やだなあ、僕、別にいろいろ困ってないのに。まあ、いいや」
ロウさんは宅配業者に受け取りのサインすると、私を苦労して家へ運び入れた。
「僕、ロウ。アンタは?」
箱を開けるなり、ロウさんはいった。
「ミア・シーモアといいます。あの、」
箱から出る私をロウさんはジロジロみている。
「おかしいなあ。アンドロイドはマスターが名前をつけるんでしょ? アンタ、中古なの? そういえば、なんだかちょっと薄汚れているっていうか、初々しさがないよね」
ロウさんは失礼な、いや、かなり妥当な感想を述べた。
でも今はそんな話をしている場合じゃない。
「じ、実は、私はプレゼントじゃなくて、ちょっと聞いてほしい大事な話が」
私がいいかけると、ロウさんはグイと私の両腕をつかんだ。
「プレゼントじゃないってことは、レンタル? 買い取り? 押し売り? マッドのやつ、金に困ってるの?」
ロウさんの大きな顔が私のすぐ目の前にあった。
ち、近い。
そして、コワイ。
「あれえ? アンタ、アンドロイドじゃないよね? 人間だよね」
ロウさんは、さらに顔をグイ、と近づけて私をのぞきこんだ。
「マッド博士からあなたを紹介されてきたんです!」
ロウさんの大きな体を押しのけるようにして、離す。
「え? 紹介? もしかしてアンタ、僕と付き合いたいの? 無理無理。アンタみたいなチンチクリンは趣味じゃないよ。マッドも酷いなあ。君みたいなのをよこすなんて・・・」
なんだかちょっと、いや、かなり失礼なことを言われている気がする。
私は力が抜けるのを感じた。
いや、でも、脱力している場合ではない。
誤解を解き、話をきいてもらうのに、さらに小一時間かかった。
「あー、ごめんごめん、そういうことね。僕の力を借りたいと。そこで、マッドが非常に優秀で頼りになる男として僕を紹介したわけね」
エヘエヘと照れ笑いしている。
本当に頼りになるのだろうか。
ロウさん。
「で、ビッグマザーが攻撃されるかも、という情報を送りたいの?」
私が頷くと、ロウさんはいった。
「わざわざ来てもらって悪いけれど、全くの無駄」
「え? ダメなんですか?」
私がガッカリしていうと、ロウさんは思いっきり鼻で笑った。
「ビッグマザー計画の詳しい情報は、とっくの昔にシンに送ってあるよ」
「ええっ? もっと詳しい情報をシンに? どうして?」
「僕は依頼された情報を調べて、切り売りして生活してるの。シンはいいお得意様だよ。いつだったか、疫病の情報も買ってもらったし。今回の件も依頼されて情報送信済み。大体さあ、『ビッグマザーが攻撃されるかもしれない』って、そんな曖昧で役に立たない情報送ってどうするつもりだったの? アンタ、それでも本当に軍人? しかも、アンドロイドのフリして宅配って馬鹿としかいいようがないよね」
ロウさんは心底馬鹿にしたような目で私をみた。
その馬鹿な計画の大半はマッド博士がたてたのですが・・・。
確かに馬鹿ですが、でも・・・。
いいかえせなくて、俯く。
俯くと、妙に短いスカートの裾が気になる。
足がすーすーする。
「それよりマッドとどういう関係? そんなつまらない理由で僕の住所を他人にばらしちゃうなんて、よっぽどマッドに気に入られているんじゃないの? マッドってば、アンドロイド好きだし、アンタの外見に惑わされて、もしかして?」
ロウさんのでかい顔の中心で鼻の穴が膨らむ。
鼻息が荒い。
「ただの知り合いです!」
「ただの知り合いのわけがないでしょ。マッドだって今が一番ヤバイときなのに、こんなチンチクリンの面倒見て、ご苦労なことだなあ」
ロウさんは不服そうな顔をして、ぶふぅ、と鼻息を吐いて、眉をしかめる。
怖い顔だけれど、マッド博士をとても心配しているのはわかった。
無駄足に終わったけれど、とりあえず、シンが情報をしっかりつかんでいることに安心した。
だとすれば、もう、私にできることは無い。
プーランクに帰るしかなかった。
「あの、申し訳ないんですけど、私をプーランクのアンドロイド工場宛てに送り返してくれないでしょうか?」
返品用の伝票やら商品証明書などはマッド博士からもらってある。
ロウさんは時計をチラリとみていった。
「まー、もう少しゆっくりしていきなよ。ずっと箱の中に入っていて疲れただろうし。この時間に送り返しても、空輸便が少ないから倉庫で長い時間待たされるよ。一晩泊まっていきなよ。明日の午後便で送れば夕方にはプーランクに着くはずだからさ」
ロウさんは口は悪いけれど、面倒見のいい人のようだった。
どぼどぼとマグカップにお茶を淹れてくれ、シナモン風味のフレンチトーストまで焼いてくれた。お茶とフレンチトーストをいただき、ソファに座っていると、眠くなってしまった。緊張が途切れたせいかもしれない。
ソファでそのまま眠ってしまったらしい。
目が覚めると朝になっていた。
ロウさんは、とみると、隣の部屋からグオォォと怪獣のようなイビキが聞こえてきた。
今まで、このイビキに気が付かず眠っていた自分がスゴイ。
昼ごろ、ようやくロウさんは起きてきて、食事を作ってくれた。
ヤキソヴァーとかいう麺類の食事だった。
美味しい。けど、落ち着かない。
早く、プーランクに戻らないと。
いつ軍やアレンから私に連絡があるかもしれないし。
「午後2時の便で送ってあげるから、戻ったらすぐにマッドにプーランクを出るように伝えて。あと、アンタもできればプーランクを出た方がいいと思う。プーランクが泥沼戦争を始めそうだよ。んんん?」
唇に青のりをくっつけ、食べながら端末をいじっていたロウさんの手が止まった。
モニターをみるロウさんの目が険しくなる。
「……やられた」
「え?」
「マッドのトレーラーが爆破されたらしい」
ロウさんの手元のモニターに画像が映る。
だんだんと拡大された映像に息をのむ。
昨日マッド博士と一緒にいたトレーラーがぐしゃぐしゃに壊れている。特に前半分が形もわからないくらいに壊れている。
「マッド博士は…? エヌは? アンドロイドのN209も一緒にいたはず…」
「今、調べてる」
固い声でロウさんはいい、端末を操作していた。
ずい分長い時間が経ったような気がした。
ぶふっと鼻息のため息の音がした。
「マッドは生きている。怪我をしてアンドロイド工場に搬送されて、治療中みたい。アンドロイドがトレーラーから工場に搬送された様子は無いな」
ロウさんは顔をあげていった。
「それから、アンタは死亡したことになっているよ。個人認識チップで死亡を確認したってさ。アンタの個人認識チップ、マッドのトレーラーに置いてあったの?」
そうだった。マッド博士にチップを取り出してもらって、保管してもらっていた。
「国境超えるときにチップつけたままだとマズイかもしれないと思って、マッド博士に外してもらったの。でも、私が死亡ってどうして? トレーラーの中から私のチップが見つかったの?」
私がきくと、ロウさんは呆れたように首をふった。
「アンタねえ、軍事衛星からでも、軍用ヘリからでも個人認識チップの位置は確認できるの。あのトレーラーの中にチップがあって、アンドロイドだか人間だかわからない黒焦げ部品が散乱していて、アンタの姿が無かったら死んだことになって当然じゃないの?」
「アンドロイドの黒焦げってエヌは? N209は?」
私が半泣きになっていうとロウさんはあわてていった。
「アンドロイドはコアの部分さえ無事なら再生可能らしいから、大丈夫かもしれないよ。それより、問題は ア ン タ だよ。アンタ死んじゃったことになっているんだよ。どうするつもり? プーランクにはもう戻れないよ」