5 クスリとリスク
「悪いわね。二週間後は定期検診なの。クスリは渡せないわ」
女医のルーナはカレンダーを確認していう。
ふざけた理由だ。
戦闘薬がなければ、定期検診の前にパニックを起こして宇宙で撃墜されるかもしれないのに。死んだら定期検診は受けられない。
定期検診で調べられる項目はわかっている。
薬物検査の中でも全ての物質を調べることは不可能だ。
代表的な数種類の薬物を検出するにすぎない。
非合法ドラッグの中に検査項目にひっかからないものがある。
だが、依存性があり、不純物が多く含まれる非合法ドラッグの危険性は今使っている合法ドラッグの比ではない。非合法ドラッグにはまれば、人間ではいられない。
・・・・・・。
私はゆっくりとゴミダメと呼ばれている区域に足を運んだ。
掃除もされず、通路も無いそこは、パイプがむき出しの居住外空間だ。所々に非常用の明かりが取り付けられ、死にかかった蛾のように点滅している。
「これはこれはベビードールちゃん。めずらしいな」
ゴミダメの主が嫌な笑いを浮かべながら、近づいてきた。
このゴミダメの主も傭兵だ。
ベビードール。セクサロイドの愛称だ。
「検査に引っかからないやつ。1回分。」
私がいうと、ゴミダメの主はドラッグの額を間髪入れず口にした。
「2000ルオ」
高い。
「何それ。高すぎるよ」
私が文句をいうと、ニィと笑った。
「最初だけ安くして、ドラッグ漬けにした後で値上げするよりマシでしょ。でもドールちゃん、抱かせてくれるならタダでいいよ」
これだから嫌なのだ。
私は黙ってあり金を出した。
あまりお金は持ってないし、ためてもいない。昔は一生懸命わずかな給金を貯金していた。そのときはたぶん、未来を信じていたんだと思う。なけなしの貯金は貨幣価値が替わり―その時労働していた国が他の国に吸収されて―ゴミになった。馬鹿らしくなって貯金はやめた。
私がゴミダメから出てきた所に、ルーク傭兵隊長がいた。
「出せ」
私はゴクリと唾を飲みこんだ。
ルークは戦闘薬を嫌悪している。
違法ドラッグは特に。
「買ってきたものを出せといっている」
無駄、とわかっていたが手を後ろに隠した。
次の瞬間、殴られて後ろにひっくり返った。
ルークは私に馬乗りになり、手に握りしめていた小さな袋を無理やりむしりとる。
怖い顔をしていた。
焦げ茶色の髪に、同色の瞳。端正な顔立ちのはずなのに、ルークはどこか荒んでいる。ルークだけじゃない。私達傭兵はみなそうだ。
わかっている。
私が今、こうしてまだ生きているのは、ルークがこうやって守ってきてくれたからだ。ルークは訓練時代からの同郷だ。その、訓練をしていた故郷は今は無い。ルークも私も故郷の無い難民として登録されている。
難民を受け入れ可の国にはどこへでも行ける代わりに、どこもアウェイだ。ホームは無い。
ルークは怖いのだ。
私がいなくなるのが。
ルークは馬乗りになったまま、私に口づける。
「二度と、こんなものを買うな」
そういうと、ルークは立ち上がった。
私は明かりのついていないラウンジに行った。
人気の無い、明かりの無いラウンジは落ち着く。
故郷を恋しいと思ったことは無い。
故郷とよばれたその場所も、ここや別のコロニーとたいして違いはない。
少なくとも見た目はそう大差ない。
住んでいる人間達も、食べ物を食べて、寝て、働いて。やっていることも変わらない。
「こんな所にいたのか」
低い声がして振り返ると少佐が立っていた。
「殴られたのか?」
驚いた顔をして私の頬に触れる。暗くてもわかるくらい頬に殴られた痕がついているらしい。
「誰にやられた?」
私はうつむいて首を横に振った。
「誰にやられたんだ?」
少佐はもう一度きいた。
「大切な人」
私がそう言って顔を上げると、少佐は微かに傷ついた顔をしていた。それ以上、何もいわなかった。
勝った。
でも、何に?