11 怒り1
アレン視点です。なんか長くてすいません
ミアの死がどうしても受け入れられない。
今でも、家へ戻れば、アレンおかえりなさい、といってミアが子犬のように飛びついてくるのではないかと思ってしまう。
そんな俺をよそに、「ベビードール」の死は大きく報道されていた。
アンドロイドの権威、マッド博士が大怪我、「ベビードール」死亡。
マッド博士のトレーラーが、アンドロイド排除団体がしかけたとみられる爆弾により爆発、二人はそれにまきこまれた模様。そのような内容の報道がほとんどだった。
なぜマッド博士にミアが同行していたのかは謎だ。
マッド博士とミアの仲を邪推するような報道も一部あった。
ミアの死を認めたくないのに、事務処理は待ってくれない。
事務職員にミアの死亡届を出せといわれ、ミアは死んでないとくってかかり、気の毒そうな顔をされた。
わかっている。認めなければならないのは。
レーダーに映ったミアの個人認識チップはミアの死を物語っている。
プーランク本土にある本部で、さまざまな事務処理に追われていると、一番顔をみたくない人物に出会った。
わざわざ会いに来たらしい。
「お前がアースを降りるといったときは呆れたが。これで降りる理由もなくなっただろう」
叔父は機嫌がよかった。
ミアのそばにいるため、宇宙空母「アース」から地上勤務の異動希望を出していた。
叔父にしてみれば、宙軍の象徴である「アース」を降りることを希望するなど、あってはならないことだっただろう。ましてや、女の為に。
「報道のほとぼりが冷めたら、例の娘と結婚しろ」
叔父は機嫌よくいった。
呆れる。
ミアを失ってまだまもないのだ。
報道の問題ではない。俺の問題だ。
ミアと結婚する前、叔父が見合いの話を進めていた女性がいた。
叔父は最近、政界とのつながりに執心していた。
その女性が政界へのパイプと成り得るらしかった。
ある高官のお嬢さんで、語学が堪能。戦争で親を失った子供達のケアをするボランティアもしているといっていた。あらゆる意味でミアとは対照的な女性だった。
一度会って食事をしたが、決して嫌いなタイプではない。
ミアを知る前なら、特に異存もなく結婚していたかもしれない。
なぜ、ミアなのか、自分でもわからない。
ミアを抱く以前から、気付けばいつもミアを目で追っていた。
傭兵の中でも、戦闘機乗りの連中は妙にプライドが高く、それでいて捨て鉢なところがあり、扱いに困ることが多かった。一匹狼の集まりのようなその連中を、年若い傭兵隊長のルークが上手くまとめていた。その中でも、特に目立っていたのがミアだった。ドラッグ漬けの荒んだ態度は他の傭兵と変わらなかったが、ミアの上官を上官とも思わない生意気な態度も孤独感も、俺には妙に自由に、眩しく見えた。俺にはけっして向けることの無い、ルークだけに時折向ける無邪気な笑顔にも惹かれた。夜、ラウンジに一人ポツンと座っているミアの背中は、まるで全ての人間を拒絶しているようだった。それでもその小さな背中を知らず知らずのうちに探していた。
恋をしているという自覚もないまま、その小さな背中を見るたびに、抱きしめたいという衝動にかられるようになった。ドラック漬けで激務をこなす小さな体が痛々しく、心配でもあった。声をかけても、ミアは常にそっけなく、俺をまともにみようともしない。
戦闘前夜、夜遅くにラウンジにすわるミアをみかけた。
ミアは戦闘がわかっている前夜は、必ず早めに自分の部屋に戻って休息をとる。
珍しいこともあるものだと思って、声をかけた。
無視されるか、悪態をつかれるかと思ったが、思いがけないことにミアは黙ったまま、俺の首に手をまわし、抱きついてきた。
思わず抱きしめると、長い睫をふせ、キスをせがむように唇を押し当ててくる。
そこから先は夢中だった。
小さな人形のような唇を吸い、抱きしめ、自分の部屋へ連れ込んだ。
ミアは全く抵抗することなく、身をまかせるようについてきた。
ベッドへ押し倒し、ミアの躰をまさぐり、服を脱がせる。
ミアは長い睫をふせ、華奢な手足を絡めてきた。
真っ白な躰をなぞれば、潤んだ目で俺を見あげ、微かな喘ぎ声を漏らした。
どんな女よりもみだらで綺麗だった。
壊れそうな小さな躰が壊れてしまうくらいに抱いた。
翌朝、戦闘になるというのに、俺はまだミアを手放せないでいた。
小さな肩を抱く。
唇が欲しい。ミアの小さな頭に口づける。
まわりの人間が驚いた顔で俺の痴態を見ている。
それがわかっていても、どうしようもなかった。
ミアは俺に肩を抱かれても、冷めた表情で知らん顔をしている。
ルーク傭兵隊長がミアの肩を抱く俺を見て驚いた顔をするのがわかった。
ルークがミアを特別大切にしていることはわかっていたが、ミアは俺のものだ。
そして、戦闘。
けっして難しいミッションではなかったはずだ。
不味いな、とは思った。
傭兵を取りまとめるルークが動揺しているのが伝わってきたからだ。
ルークは常に沈着冷静で、こちらの指示を的確に実行する。
が、今日ばかりは冷静ではいられなかったようだ。
そういう自分も普通ではないことを自覚している。
ミアだけがいつもどおり、冷静にみえた。
が、ミアが冷静にみえたのは見かけだけだった。
ミアが戦闘機で宇宙に出て十五分経ったころだろうか。
突然、ルークがミアに退却するよう命令を出した。
いつも冷静なルークが怒鳴るようにミアを誘導しようとしている。
ミアは、息もできないような状態で、完全に操縦不能になっていた。
一機、流されるように遠ざかっていく。
ミアが戦闘薬無しで宇宙に出たせいで、パニックになった、と後でわかった。
敵艦ビッグマザーにミアが捕らえられてしまった後で。
ミッションは失敗に終わった。
敵艦にミアと高価な戦闘機一機奪われ、プーランク領空侵犯を許した。
自分のこなしてきたミッションの中で、有り得ない失敗だったが、そんなことよりもミアを奪われた事だけがショックだった。
ミアに惚れていること、そして一夜でミアに完全に溺れたことを自覚した。
自覚しても、ミアはいない。
自分のせいで、ミアは敵艦に囚われたのだ。
なりふり構わず、出来る限りの事をしてミアを取り戻そうとしたが、叶わなかった。
ミアへの想いだけが募ってゆく。
何をしていても、ミアのことが頭を離れなかった。
ミアは無事なのだろうか。
ミアが誰かに傷つけられていたら?
気が狂いそうだった。
そんな俺にまわりの連中は呆れ果てていたが、ルーナ女医だけは、呆れながらもいろいろな情報を流してくれた。
惑星ロペでミアの捕らわれた宇宙船ビッグマザーと接触できるとわかり、ミアを連れ戻しに行った。
俺はミアを愛していたが、ミアにとって俺はどういう存在だったのか。
ミアの困惑したような表情が全てを物語っていた。
ミアは俺を愛しては、いなかった。
ビッグマザーへ帰ってゆくミアを見送り、空虚な気持ちを抱きながら帰途へつく。
ミアが無事で、元気なことがわかったんだから、それでいいじゃないか。
ミアのことはもう、忘れればいい。
それから、いろいろあった。
どう考えても、ミアよりいい女はたくさんいる。
ミアへの想いが恋愛ではなく、ただの執着かもしれないと思い始めた頃、ハラウェイから連絡が入った。
ハラウェイからの、ミアの乗った戦闘機を回収したという知らせを受け、自分がまだミアを想っていることにハッキリ気付いた。
今度こそ、ミアを逃す気はなかった。
ミアも俺を頼り、俺にすがりついてくる。
ミアをプーランクに閉じ込めてしまえば、俺しか頼れる人間はいないし、俺のところにしか帰る場所は無い。
ようやく、ミアが俺をみつめ、好きだといい、求めてくれるようになったばかりなのに。
やっと手に入れたと思ったのに。
今度こそ、大切に守ってやりたいと思ったのに。
何故。
俺を見あげるときの、少し潤んだ瞳や、目を閉じて胸に耳を押し当てるしぐさは、たまらなく愛おしい。
ミア。
「妻を娶る気はもうありません」
俺が言うと、叔父は機嫌を悪くしたようだった。
「もちろん今すぐにとは、いわない。だが、もともとあの娘はお前にはつりあわなかった。傭兵で、ドラッグ漬けで、体もボロボロで、頭も悪い。軍人としても、生意気で反抗的で、おまけに記者に弱みを握られる始末だ。シーモア家にあんな女はいらない」
「シーモアには必要なくても、俺には必要だった」
叔父と話すのが苦痛で、背を向けた。
必要だった。
なぜ、俺は過去形で話している?
今も必要なのに。
どうすれば、いい?
ミアの甘い声も、唇も、小さな躰も、何もかも今すぐに欲しい。
目を閉じれば、ミアの笑顔が浮かぶ。
ミアの花嫁姿も。
ミアは笑顔でも、どこか寂しげだった。
心からの笑顔が欲しかった。
それでも、まだまだ2人の時間はあると思っていたのだ。
寂しい思いをさせたまま・・・。
ミア。
どうしてミアが死ななければならない?
アンドロイド排除団体?
ならば、マッド博士だけ殺せばいい。
なぜ、ミアを巻き込む?
そもそも、なぜマッド博士はミアをアンドロイド工場に連れて行こうとしたのだ?
しかも、自分は怪我はしたらしいがのうのうと助かって・・・。
マッド博士が悪いわけじゃない。
それは、わかっているが・・・。
マッド博士とミアの仲を邪推している一部の報道が微かに胸にひっかかっていた。
ミアを疑う気持ちは微塵も無い。
微塵も無いが、それでも、一度マッド博士に会って話をききたいと思った。
今更、マッド博士に会ったところで、ミアが帰ってくるわけではないが、今博士に会わなければ一生会うこともないだろう。博士に会いにアンドロイド工場に向かった。アンドロイド工場内で博士が療養中と聞いたからだ。
事故直後は面会謝絶だったが、そろそろ話ぐらいはできるだろう。
訪れたアンドロイド工場には、この前のトレーラーの残骸は片付けられ、焼け跡だけが残っていた。息が苦しくなる。
「アレン・シーモアさんですね。このたびは……」
出迎えてくれたアンドロイド工場長という男は、細身の生真面目そうな面立ちの中年だった。
「マッド博士に少しお話を伺いたくてお邪魔した。こちらにみえると聞きましたが」
俺がいうと、工場長は気の毒そうな顔で首を横に振った。
「マッド博士はすでに国外へ出られています」
初耳だった。大怪我で療養中ではなかったのか?
「国外へ? いつ?」
「つい先日です。このアンドロイド工場は、もともと義足や義手の製造から発展しました。だから、工場内には人工細胞で作った義手や義足を人に接続するための医療施設も整っています。マッド博士は我々に指示を出し、工場内で手当をされた後、国を出られたのです。本当は安静にしていなければならないような状態でした」
「…そうだったのか。まあ、アンドロイド排除団体に命を狙われていることを考えれば、国外へ逃げたくなって当然かもしれないな」
俺の言葉を工場長は神妙な顔をして聞いていた。
「ミアをまきこんでおいて、自分だけはさっさと逃亡か。なぜ、ミアをこんな所へ連れてきたんだ。博士がミアを連れまわさなければ、こんな……」
博士だって被害者だ。
それは、わかっているが、やり場の無い怒りがどろどろと俺の中に渦巻いていた。
アンドロイド排除団体の仕業と目されながら、犯人逮捕へは至っていない。
「ミアさんは、アンドロイドと友達になった最初の人間なんですよ」
工場長はポツンといった。
「友達? 何だそれは」
「アンドロイドと人間は友好な関係を結んでいます。でも、それはあくまでも、命令としてインプットされているだけの話。老人の話し相手や子供の世話など、一見友情に似たような関係はありますが、アンドロイドが自発的に友達を作ることはありません。でもN209というアンドロイドはミアさんを友達と認識したそうなのです。マッド博士からお聞きしました。実に不思議な現象です。N209は故障が多く、今回マッド博士がこの工場で修理と調査をする予定になっていました。そういうわけで、ミアさんは友達の入院のお見舞いのつもりで、博士と一緒にアンドロイド工場を訪ねてくれたのではないでしょうか。結局、お会いすることは叶いませんでしたが」
そうなのか。
そうなのかもしれないが、だからといって何故、ミアが犠牲にならなければならない?
「アンドロイド排除団体の仕業といいながら、爆破されたのはトレーラーだけで、工場は全く無傷だ。マッド博士への個人的な恨みか何かにミアがまきこまれたということか?」
俺がいうと、工場長は暫くの沈黙の後、口を開いた。
「我々はこの爆発について、いっさい口をはさまないよう、軍から釘をさされています。が、一つ気になる事があります」
軍がわざわざ口止めをしている? 違和感を覚えた。
通常の交通事故や、殺傷事件などは普通の警察が対応する。が、爆発事故や大量殺人などテロや政治事件に発展する可能性がある場合は軍警察が動く。今回の管轄は軍警察だったはずだ。
「爆発のとき、ちょうど軍用機が空を巡回していたらしいのですよ。まるで、爆発を予知していたみたいに。」
「軍用機が巡回?」
「ええ。私は飛行機の類は詳しくないんですが、詳しいやつが一人いましてね。軍用の偵察機っていうんですか? あれがしばらく巡回していたらしいんです。偶然かもしれません。でも、偶然でなかったとしたら、軍の方は爆発物が仕掛けられるという情報をあらかじめつかんでいたことになります」
トレーラーに爆弾が仕掛けられている情報を、軍がつかんでいた?
「マッド博士は困っていたみたいですよ。プーランク軍から様々な圧力をかけられていたようです」
「軍が、博士に圧力を…?」
驚く俺を工場長は冷ややかに一瞥した。
「マッド博士は人工知能の権威ですからね。人工知能を搭載した無人戦闘機の開発など、軍事産業の要となる人物と評されているのです。しかしながら、博士はそういった産業利用に懸念を示され、人工知能の利用制限を国際会議や学会で訴えて、プーランク軍と敵対してしまいました。その他にも、利権のからみでプーランク軍ともめていたそうです」
「・・・・何がいいたい」
「マッド博士を嫌っていたのは、アンドロイド排除団体だけじゃないってことです。軍人のあなたにわざわざ言うことじゃないですけどね」
工場長は俺の目をみて、いった。