9 記念講演
ある日、軍経由のメール便で講演のお知らせが届いた。
しかも、わけのわからない学会の記念講演。
どうして、私に? と思って、よくみてみると、講演者の中にマッド博士の名前が入っていた。なんとか学会の賞を受賞した人達の記念講演で、場所はここからそう遠くないプーランク工科大学の講堂と書いてある。
軍を経由しているが、マッド博士本人が講演のお知らせを送ってくれたらしい。
「ビッグマザー」に乗船していたとき、私によく似たセクサロイド「N209」の治療をした博士だ。マッド博士は定住することなく、あちこちの宇宙船やコロニーなどを定期的に移動しながら生活しているトラベラーズだ。
講演内容は難しそうだけど、せっかくマッド博士が知らせてくれたのだし、行くことにした。プーランクに来てから、初めて「ビッグマザー」の知り合いに会える。嬉しかった。
学会の記念講演という先入観のせいか、会場にいる人は皆頭がよさそうに見えてしまう。ひどく場違いな気がした。講演の内容は、人工知能の情報の共有がどうのこうのと、案の定さっぱりわからず、途中で眠くなってしまった。
講演が終わり、マッド博士に挨拶に行こうと探していると、耳元で声がした。
「ミア、こんにちは」
みるとN209が立っていた。
「エヌ? 博士と一緒に来たの?」
私がきくとN209はニッコリ笑った。
「はい。私は故障が多いので、直してもらうために、博士と一緒にきました。プーランクにアンドロイドの製造工場があるのです」
博士もN209の後からやってきた。
「そうなんだよ。プーランクには馴染のアンドロイド工場があるから、学会のついでに寄って、部品をもらってN209の修理をしようと思ってね。ミア、久しぶりだね。今日は来てくれてありがとう。結婚したんだってね。本当におめでとう」
そういってマッド博士は大げさに私を抱擁する。
「マッド博士も、受賞おめでとうございます」
私がいうとマッド博士は笑った。
「実は学会でプーランクに行くっていったら、ビッグマザーの連中がミアの様子を見て来いってうるさくてね。でも、ミアの住んでいる場所も連絡先もわからないから、知り合いの軍の研究所で働いているヤツに頼んで講演案内を転送してもらったんだ。プーランクは情報規制が厳しいから、変なメール便送って検閲にひっかかってもいけないと思って、あえて講演案内にしたんだ。呼び出してしまったようで、申し訳なかったね」
「・・・いいえ」
「そうそう、ビッグマザーの連中からミアの結婚祝いを預かってきたんだよ。車に積んであるから、ちょっと一緒に取りに来てもらえないかな」
ビッグマザーと聞いて泣きそうになる。
博士は怪訝な顔をして私を見た。
車、ときいていたが、とんでもなくデカかった。
キャンピングカー以上のデカさで、トレーラー並み。
それがプーランク工科大学の駐車スペースを大きく占領していた。
中に入るとそこは、立派な研究室だった。寝泊りできる空間もある。
アンドロイドの部品と思われる手足があったりしてかなりシュールな光景だ。
「博士、もしかしてこれで宇宙をまわっているんですか?」
「宇宙船にこの車ごと乗せてもらうんだ。体一つであちこち移動できたらいいけれど、どうしても研究材料などを持ち運ばないといけないからね。だんだん荷物が大きくなって、ついには研究室ごと移動している。キャンピングカー生活が子供の頃からの夢でさあ。定住は性に合わないんだよ。一週間後には、プーランクを出て別の宇宙船に乗りこむ予定なんだ」
そういって笑う博士は無邪気で楽しそうだった。
アレン以外の人と気兼ねなくお話しするのは本当に久しぶりだった。
「これ、ビッグマザーのみんなから預かっていたお祝い。ビッグマザー製造のワインらしいよ。それからこっちはシンからお手紙と、何かプレゼント。あいつも諦め悪いよなぁ。ハハハ」
ワインと封筒と小さな包み。
小さな包みを開けると、瓶に入ったはちみつれもんだった。
私のお気に入りのやつ。シンの手作りに違いない。
手渡されたワインと手紙と小瓶を抱きしめる。
「・・・ミア? 何か、元気ないね。どうしたの? まさか、暴力夫だったとか? 借金? 女? ビッグマザーのやつら、本当にミアのこと、心配してて・・・」
博士の言葉に涙が出そうになる。
「マッド博士、ビッグマザーのみんなに伝えたいことがあるの」
思わず、私はマッド博士に話してしまった。
プーランク軍にビッグマザーが狙われていることを。
私の話を聞き終えたマッド博士はじっと考え込み、やがて、重い口を開いた。
「軍の機密をもらすのは大罪だよ、ミア。軍にバレたら豚箱一年じゃすまない。下手すれば消されるよ。プーランクは情報規制が厳しい。何気なく送っている通信にも複数のスパイ機能が働いて、監視している」
「・・・・・・」
「ビッグマザーに宇宙メール便や電話で伝えるのはかなり危険だと思う。僕は通信関係には疎いから・・・よくわからないけれど。僕からビッグマザーに連絡できればいいけれど、僕も今はプーランクからマークされている身だからなあ。」
マッド博士はそういって、首をすくめた。
「プーランクと何かあったのですか?」
私がきくと、博士はため息をついた。
「以前、プーランク工科大学と人工知能の共同研究していたんだ。そのとき、僕の研究データが勝手にプーランク軍の研究施設に流されていてね。工科大学と、軍の研究施設は裏でつながっていたんだよ。契約違反だって怒ったら、いつの間にか、プーランク工科大学とプーランク軍と僕が一緒に共同研究していることにされちゃってね。そのときの研究成果も特許も全部軍と共有する羽目になった。」
「そのときの研究は、簡単にいえば、人工知能と人間の頭脳の垣根を取り払う作業をしていたんだ。例えば、百戦錬磨の戦闘機乗りのミアの記憶や経験をデータとして人工知能に移し替える。そうすれば、ミアと同等の能力をもつ人工知能つき無人戦闘機なんかもできちゃうわけだ。あくまで理屈としては、だけどね。人間の記憶を持つアンドロイドだってできる。過去にもあったよ。死んだ娘そっくりのアンドロイドを作らせて可愛がっている夫婦とか。でも、娘の記憶すらアンドロイドの中に再現できてしまうことになる。さすがにいろいろまずいだろうと思って、研究継続や利用にあたってのガイドラインを作るべきだと学会で発表したら、研究の邪魔になるって軍に睨まれてねえ。軍と対立関係になっちゃったわけ。特許やいろいろな利権も軍と共有しているし、相当目障りだろうね、僕は。そうこうしている内に、帝都国が嗅ぎ付けて、僕に共同研究を持ち掛けてきたんだ。それを知ったプーランク軍の研究所もまたウチと共同研究しましょうと、折れてきた。帝都国と僕が組むのを恐れたのか、脅迫まがいのことまでされてさ。もう、いろいろ面倒くさくて。軍事産業に興味はないし、帝都国もプーランクもどっちも断るつもりなんだ。学会も終わったし、まずはプーランクに正式に断りの連絡をしようかな、と思っていた所だったんだよ。そういうわけで、今はちょっとタイミングが悪いんだよ。どうすればいいだろうねえ。」
マッド博士と二人、トレーラーの中で、考え込んでいた。