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7 取材

アレンの疲れたような、悲しい顔が胸に刺さる。

アレンにはふさわしい女性がたくさんいたのよ。

私に言うでもなく、でも聞こえるようにいう職員達の言葉。

傭兵仲間の所にも、もう戻れない。


そして、何よりも不安なのは、ビッグマザーのことだった。

プーランク宙軍とビッグマザーが戦ったとして、ビッグマザーが勝つことは万に一つも無いだろう。ビッグマザーはそれなりに軍事設備が整っているし、戦闘機も多数所有している。人間さえ揃えば、かなりの防衛能力はあるように思える。が、大将やカーラ艦長をはじめ、防衛意識があまりにも低い。傭兵の命を塵のようにあつかう連中が、ビッグマザーを狩った後、中の人々をどう扱うか、考えただけでも恐ろしい。


戦って勝てるとは思えない。でも、遠く離れた所に逃げるとか、何か策はあるはずだ。何とかして、ビッグマザーのみんなに知らせないと・・・。


プーランクは一見自由な国に見えて、裏では情報規制され、監視されている、と聞いたことがある。知識の無い私には、そういった規制を免れて情報のやり取りをする術がない。

プーランクにはアレン以外、知り合いも伝手もない。

一体どうすればいいのだろう?



退職届の受理は難航していた。「ベビードール」に似た容姿、成り上がりの成功者として、私には若者を中心とした支持層がいる。軍の宣伝塔として広報の仕事に移ってはどうか、という意見が出たらしく、当の私は蚊帳の外のまま、もめている。

現在は怪我で療養のためという名目でプロジェクトからも除名されていた。



一人ぼっちの家にいても気が滅入るし、すぐ近くにある公園に散歩にいった。セントラルパークとかいう、やけに細長い長方形の公園で、木立ちと芝生と人工の小川なんかがある。アイスクリーム屋と、サンドイッチ屋の屋台がいつも出ているので、そこでハムサンドを買った。


木陰のベンチに腰を下ろすと、タワーがみえた。

大好きなアレンと一緒にお出かけした場所。

でも、そのアレンもすごく遠くにいる。


サンドイッチをくるんでいた紙を開き、もそもそ食べ始める。


「そのサンドイッチ、そんなに不味いの?」


いきなり目の前にぬっと現われた男に尋ねられて、サンドイッチを落としそうになった。


「は?」


「いや、ものすごく不味そうな顔で食べていたから」


考え事をしていたから、眉間に皺をよせで食べていたかもしれない。

男は人懐っこい笑みを浮かべ、私の横に腰を下ろしてしまった。


「ミア・アランフェスさんだよね。すぐにわかった。本当にベビードールに似ているんだね」


私はちょっと警戒してサンドイッチを食べる手を止めた。

浅黒い肌に生き生きとした黒い瞳、笑うと白い歯が目立つ。中肉中背の知らない男。

どことなく愛嬌があるというか、馴れ馴れしいというか。


「僕はフリーで記事を書いている。アル・マンセルだ。よろしく。アルってよんで」

いきなり、勝手に握手してきた。


「もし、取材なら軍を通す規則になっているんですが」

私がいいかけると、アルは頷いた。


「わかっているよ。でも、正式に取材しても、わからない事多いでしょ? ミアさんって、前は傭兵していたんだよね?」


「・・・ごめんなさい。何もお話しできることはないの」

早く話を切り上げたくて、相手の顔を見ないようにしていったが、アルは気にせずに話し続ける。


「いきなり何もかも聞けるなんて、思ってないよ。モーガン博士、知ってる?」



モーガン博士。

宗教学者だと聞いたことがある。ビッグマザーに乗っていたことは知っているけれど、お話したことはない。たまに、ちらりと姿を見かけただけだ。


「モーガン博士?」


「うん。モーガン博士が裁判にかけられた経緯とかを記事にして、それ以来プーランクには出入り禁止になっていたのよ、僕」

飄々とした態度、物言いについ警戒心が緩む。


「じゃあ、なんでここにいるの?」

思わず私がきくと、アルはすました顔をした。


「それは、いろいろな手を使うんだよ。もちろん。で、モーガン博士はなんで裁判にかけられたか知ってる?」


「・・・・さあ? 軍を批判する文を書いたとかじゃないの?」


「そう。子供の傭兵がドラッグ漬けになって戦っていることとか、批判して」


「・・・・・・」


「ね、ミアさんのこと、話して」


「・・・・無理よ」


「うーん、無理かあ。まあいいや。じゃあ、またね。今日の所は写真撮らせて」


アルは止める間もなく、私の写真を撮ると手をひらひら振って去ってしまった。



・・・・・・・・・・


アル―あのときの記者には、あの後も一度公園で会った。無理に私から話を聞きだすでもなく、世間話をして帰っていった。

彼がどういう人間かよくわからない上、私は軍にまだ籍がある身だ。

アレンにも迷惑がかかるかもしれない。

何も話せないとつっぱねるしかなかった。

外に出れば、アルに会うかもしれないと思うと、次第に外に出るのも億劫になって家にこもるようになった。


そんなある日、軍の本部に呼び出された。

退職届の手続きのことかと思って出かけたが、待っていたのはゴドウィン・シーモア、アレンの叔父だった。


こうして一対一で向かい合えば、嫌でも貫禄の差を感じる。


階級でいえば、向かい合って話すことなど叶うはずがない。

甥の嫁として話があるのだろうか。


「これは、なんだ? え?」

いきなり突き付けられた写真画像に覚えがあった。

公園を背景に、困った顔をして立っている私。


自称記者のアルが私を勝手に撮った写真ではないだろうか。


「お前は、軍の機密を記者にもらしたのか?」


「何も話していません」


いいながら、背筋が寒くなる。

確かに何一つ話してはいない。

だが、目の前のゴドウィンは怒っていた。



「クソ記者は、お前がジャンキーだった過去を詳細に綴ったファイルを持っていた。この記事が外に出てみろ、シーモア家の人間にジャンキーがいると世間に公表することになる。その前にヤツを拘束できたからよかったものの」


「拘束・・・ですか?」


「豚箱にぶち込んである。あいつは軍のブラックリストに載っている記者で、常にマークされている。それより、貴様は記者の人間と外で頻繁に会って情報を漏らしていたのか?」


会いたくて会ったわけでもないし、情報をもらしたわけでもない。


「アルが―記者が話を聞きたいとやってきたので、軍を通してくださいとお願いしただけです」


「なぜ、軍にその日の内に報告しない?」


「あ・・・」


報告なんて、思いつきもしなかった。


ダン、と机を叩き、ゴドウィンは私を睨みつけた。


「ビッグマザー計画を漏らしたのか」


「そんなこと、していません」


「じゃあ、何故ヤツはビッグマザーのことを詳細に調べ上げている? ビッグマザーのファイルも持っていた。まあいい。記事になる前にクソ記者を拘束できてよかった。ヤツはいつも単独で動いているし、他に情報が漏れることはないだろう。ビッグマザーについてここまで詳細に調べてくれてあるのは、逆に助かる。大いに利用させてもらおう」


「何が、書かれているのですか? ビッグマザー計画、どうなっているのですか」


思わず私が乗り出して聞くと、ゴドウィンは露骨に顔をしかめた。


「貴様には関係ない。貴様はこれにサインすればいい」



卓上がモニターとなり、書類ファイルが映し出された。

退職届関連の書類かと思って、映し出されたファイルを見て、固まる。


離婚届だった。

確か、教会の教えでも、離婚はできないはずなのに。



「ジャンキーは、シーモア家には要らない。アレンにはふさわしい女を娶らせる。さっさとサインしろ」


ゴドウィンはモニターを指でコツコツと叩く。


モニター上にミア、とサインし、認証欄に指を置いて光照合するだけで、私は離婚に同意したことになってしまう。




そのとき、ためらいがちにドアがノックされた。

姿勢の良い若い男がゴドウィンに来客を告げ、ゴドウィンは慌てて部屋を出て行った。


温度の下がった部屋で、私はしばらくそのモニターをみていた。

モニターには離婚届が大きく映し出されたままになっていた。

ながいあいだ、身動きできず、ただそのモニターを見ているうちに、一定時間がすぎ、自動的にモニターの画面が消えた。



私は立ちあがり、のろのろと部屋を出る。

どうやって家に着いたかわからない。

ぼんやりとソファに座っていると、電話のコールサインが鳴った。


アレンからだった。

慌ててモニターをonにして電話にでる。

モニターに大好きなアレンの顔が映った。

「はい」

「もしもし? ミア? どうかしたのか?」

一瞬の顔の表情と、はい、という声だけでアレンには全てがわかってしまう。


どうかしたのか、という問いにすぐに答えられない。

泣きそうになりながら、言葉を探す。

ゴドウィンが・・・。


「ミア? 何かあったのか?」

「・・・何でもないよ」


ゴドウィンが結婚に反対なことなど、アレンは百も承知だろう。だからこそ、二人きりで内緒で結婚したのだ。ゴドウィンのいうことなんて、関係ない。私はアレンとずっと一緒にいる約束をしたのだから。

それでも、アレンの顔を見ると、気が緩み、涙が出そうになる。

おかしい。

私はこんなに弱い人間じゃなかったはずなのに。


「・・・ミア、ちゃんと話してくれないとわからないよ」


アレンは優しくいう。

アレンはいつでも、優しい。


「記者が取材に来て・・・、私は取材は断ったのだけれど、その取材で勝手に軍の機密を漏らしたとゴドウィンに疑われて・・・」


話しながら、こんな説明じゃ、アレンには半分も伝わらないだろうと思う。


「取材? 記者が家に押しかけてきたのか?」


「そうじゃなくて・・・」


上手く伝えられないうちに、アレンの電話に緊急のコールサインが割り込んできた。


「ミア、すまない。またすぐに電話する。近いうちに必ず帰るから。」


アレンはそういってくれたけれど、私のために長期休暇をとったばかりだ。

忙しい身のアレンに、私に割く時間など無い。


アレンは軍人を輩出する名門一族の出で、宙軍エースパイロットとなり、エリートとよばれるにふさわしい人生を歩んできたらしい。

彼の人生の中で、妻が私ということだけが想定外の出来事だったのだのかもしれない。


今日も窓の向こう側でタワーが静かに点滅している。

ぼんやりタワーをみていると、赤い点滅がぼやけてにじんでいった。





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