6 仕事4
アレン視点です
夜、ミアの包帯を換えてやると、血はほとんど止まり、傷は治りかけていた。
血だらけのミアを見たときは息が止まるかと思ったが。
ミアは俺の前に大人しく座っていた。
ハラウェイの言葉を思い出す。
怪我の事は、オレが悪かったと思っている。でもな、ミアちゃん、ビッグマザーの事を知っているはずなのに、いっさい話そうとしない。軍でそれが通じると思っているなら、大きな間違いだ。態度も反抗的だし、ただでさえミアちゃんはいろいろな連中のやっかみをうけている。ビッグマザー回収プロジェクトでわかりやすい手柄をたてられれば、と思ったけれど、あれでは手柄どころか足を引っ張る事になる。
戦闘機にも乗せられないんだろ? 悪いことはいわない、早く軍を辞めさせた方がいい。
ハラウェイはそういっていた。
ミアに怪我をさせたのは許せないが、ハラウェイのいう事はもっともだった。それに、ハラウェイだからあの程度ですんだが、他の連中だったら話すまで殴られていただろう。
ミアは傭兵をしていた頃から、生意気な態度で有名だった。
ただ、戦闘機乗りとしての腕は確かだし、どんな危険で難しい任務も決して嫌がらなかったから、重宝されていたのだ。若年の戦闘機乗りの中では抜群の経験と実績を持っていた。
ミアの健康診断記録には良好、と書かれていたが、ミアがドラッグ漬けで戦っていたのは明白な事実だ。
ドラッグ漬けの毎日からミアを救い出したのは、俺ではない。皮肉なことに、捕虜として拘留されていたビッグマザーで、戦闘からもドラッグからも解放され、元気になっていた。捕虜というよりは、仲間として認められていたのだろう。惑星ロペへミアを迎えに行ったときに、それを思い知らされた。そのビッグマザーの連中を、ミアが売るようなマネをするだろうか?
ミアには絶対にできないだろう。
そして、ミアがどれほどささやかな抵抗をしてみせたところで、ビッグマザー計画は必ず進む。
これ以上、ミアが傷つくのは見たくなかった。
「ミア、軍を辞めるか?」
俺がいうと、ミアの肩がぴくん、と動いた。
「プロジェクトに参加するのは、もう無理だろう?」
ミアが泣きそうな顔をあげる。
「・・・役にたてなくてごめんなさい。ビッグマザー計画は無理だけど、でも」
「与えられた任務を遂行できなければ、軍は務まらない」
俺がいうと、ミアはすがるような目でみあげてくる。
「・・・でも、戦闘機乗りなら」
戦闘機乗りなら?
絶対にだめだ。
そんな、危険な仕事はさせられない。
ドラッグだって絶対にだめだ。
「戦闘機乗りはだめだといっただろう? ドラッグももちろんだめだ。軍を辞め、アースを降りるんだ」
ミアの目から涙が零れ落ちるのがわかった。
新婚早々、なぜこんなことになってしまうのだろう。
ため息をつき、ミアを抱き寄せる。
だが、俺はまだ事態の深刻さに全く気が付いていなかった。
宙軍には、本土に妻子を残してきている人間はごまんといる。
ミアが、結婚して軍を辞めて、プーランク本土で俺の帰りを待つ。
別に珍しいことでもなんでもない。
ミアが軍を辞めれば、なんとでもなる。
そう思っていた。
悪いことは重なる。
ゴドウィン・シーモアがアースを訪ねてきたのだ。
俺の叔父で、宙軍の大将を務める。
ビッグマザー計画は現段階では一応極秘扱いとなっているが、ルーナ・マクバガン議員をはじめ、一部議員の支持も受け、政治的局面から注目されている。
ゴドウィンは普段はプーランク本土の本部に常駐しているが、巡回を兼ね、様子を見に来たのだ。
「お前の嫁は、どこだ? 結婚式にも呼ばず、事後報告とはあきれた。あれだけ可愛がってやったのに、見合いも勝手に断るとは。私の面子は丸つぶれだ」
叔父は最初から機嫌が悪かった。
高官の娘との見合いを叔父からすすめられていた。
結婚を焦り、叔父を通さずに勝手に先方へ断ってしまったのは、確かにまずかった。
ミアが青白い顔で現れ、ハラウェイもビッグマザー計画責任者として呼ばれていた。
「・・・随分貧相な娘だな」
ミアを紹介した後の、第一声がそれだった。
ミアは顔色が悪く、頭に包帯まで巻いている。
「ビッグマザー計画は上手くいっているのか」
アゴをあげて、ハラウェイを一瞥する。
「は・・・。世論もあり、ビッグマザーにいきなり奇襲をかけるのも時期尚早かと。ビッグマザーに奪われた軍事技術等あることを示したうえで・・・」
「あまり悠長なことも言っていられない。対・帝都国用に空母が必要だ。ビッグマザーを少し改修工事すれば、空母として十分使える。ビッグマザーを狩った上で、理由などでっち上げればいい。中にいるのは軍を逃げ出した屑ばかりだ。レントン博士は保護依頼が来ているが、他はどうなってもかまわない」
叔父はミアに視線を戻した。
「何だ、その包帯は? 怪我をしたのか? クスリをやってラリッて転んだんじゃないだろうな? ドラッグ漬けの傭兵風情が」
叔父は吐き捨てるようにいった。あまりの暴言にさすがに叔父を諌めようとしたとき、ミアの口から細い声が漏れた。
「傭兵にドラッグを渡して戦わせているのは、誰です? クスリで恐怖を消して前線に立っている傭兵はたくさんいます」
ミアは青白い顔のまま、呟くようにいう。決して、感情的になって話しているわけではないが、今ここで叔父を刺激しても何一ついいことはない。大将とヒラという天地の階級の差においても。
「噂通り生意気な小娘だ。その体で子供が生むつもりか? ジャンキーが」
「・・・そんなこと・・・」
ミアが壊れそうだった。
「妻を侮辱するのは止めてください。失礼します」
ミアを抱き上げて、部屋を出る。
最悪だった。
最初から叔父に期待などしていなかったが、最悪の顔合わせとなってしまった。
腕の中で体を小さくして、涙をこらえているミアを抱きしめる。
叔父の毒舌には慣れたつもりだったが、こうして大切な人を傷つけられると怒りがわく。
いつまでも、こんなことをしていてもらちが明かない。
ミアを説き伏せて退職届を書かせ、元気の無い、泣きそうな顔のミアをプーランク行のシャトルに乗せた。
ミアを乗せたシャトルはあっという間に宇宙の暗闇へ消えた。
本当に、これでよかったのだろうか。
ミアを守るはずが、ミアを傷つけてばかりいる。
ミアの泣きそうな顔が浮かび眠れなかった。